嫌な思い出ってんのはいつまでも心の奥底に残るもんで、だから俺は一年戦争直後に、ホワイトベースを降りて就活した時の記憶なんかがよく残っている。
 就活だ。よりによって就職活動。
 俺は、当時最先端でブームで……そして活躍華々しかった『ニュータイプ』という人々の影に隠れて忘れられがちだが、実は一年戦争の時には普通に学生だった。
 ハイスクールの学生だ。そして十七歳だ。
 ハイスクールの学生で、たまたまサイド7の自分の住んでいたコロニーがシャアに……もちろんそれがシャアの率いる部隊だったなんてことは後から知った……強襲された時に、大型重機を取り扱えるなどという適当な理由でモビルスーツパイロットになってしまった人間だった。
 それも、逃げ込んだ避難民の一員だったはずの連邦軍の戦艦でだ。
 それでも何故まぁ戦う気になってしまったのかというとこれがまた皮肉な話で、自分の頬を「軟弱もの!」と引っ叩いた女性がいたからだ。
 これだけはわかる。確実に宣言出来る。
 あの時点ではまさか「軟弱もの!」という言葉と共に俺の頬をひっぱたいた彼女も……セイラ・マスも……よもや自分をここまで追いつめている相手が、「敵」が、自分の血の繋がった兄だとは思わずにいたことだろうと。
 これだけはわかる。確実に宣言出来る。



「お久しぶりね」
 女神の様に笑う彼女が十二年前と何処も変わったように思えなくて、俺は心底参っていた。
 久々の邂逅だった。
 人というのは平等に年を取るはずだ。しかし、彼女はどこも十二年前と変わって見えなくて、それで心底参っていた。
 そもそも今回も会うつもりは無かったんだってぇの。
 だが一つ事件が起これば、それなりに「事後処理」というものが必要で、そこで俺は岬の家を訪れていた。
 岬の家。正確には岬の屋敷、だ。
「やー、なんてーの、その……立派な家ですね」
「そんな話をしたくてカイを呼んだわけじゃ無くってよ」
「そりゃ解ってるけど」
 相変わらず彼女は容赦なかった。辛辣で、そして端的だった。それはもう十二年前に、俺の頬を思いきり引っ叩いた瞬間と寸分違わず。
「今回の事件はさすがにひどいのではないかと思うのよ、カイ。あなたその辺りはどう思っていて?」
「や、まぁね……そりゃ俺もとんでもねぇなとは思ってんのよ、今回の『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』はさ。でもさ」
 俺はこの女性に弱い。
 俺に限らず、当時ホワイトベースに乗っていた男は皆弱いのではないかと思っている。彼女に対して。
 そういう意味でも彼女は奇跡のような女性だった。
 後に『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』と呼ばれることになった事件が収束近くなった頃、俺は如何ともしがたい理由でセイラ・マスに連絡を取った。
 どうしても『死なせるワケにはいかない』人間が出来たからだ。
 もっとも、この手の依頼はいつも彼女に対してしていたし、彼女はそれを快く引き受けてくれる人物だった。
 むしろ彼女以外の、誰もがそれは成し得ないと言っても過言ではない。



 嫌な思い出ってんのはいつまでも心の奥底に残るもんで、だから俺は一年戦争直後に、ホワイトベースを降りて就活した時の記憶なんかがよく残っている。
 就活だ。よりによって就職活動。
 俺は、当時最先端でブームで……そして活躍華々しかった『ニュータイプ』という人々の影に隠れて忘れられがちだが、実は一年戦争の時には普通に学生だった。
 ハイスクールの学生だ。そして十七歳だ。
 十七歳で、ハイスクールも碌にに出れなかったような人間に、当然まっとうな職は無い。「じゃあ、ジオンを潰した後連邦のおエラいさんもやっつけるかい」なんて威勢のいい言葉をア・バオア・クー直前に吐いた俺の十二年後がこれだ。
 非常に食えない、フリージャーナリストなんて名前の職をやっている。
 人生なんてのはそんなもんだ。
 だからこそ、よくわかる。
 人生に思い悩んだヒューイ・ムライの苦悩とか。
 勢いで軍を辞めてしまったサットン・ウェインの今後とか。
 ……そういうものが、あれから冗談ではないくらいの苦労をした俺にはよく分かる。
 しかも、思い出すんだ。
 人生で、辛くてしんどくてもう逃げてぇな、って思う度に頭にどうしても浮かんでしまうイメージがある。
 ―――もし、あの時軍を辞めずにいたら?
 むしろ、軍に属してしまうこと無く、平凡な十七歳として一年戦争を過ごせていたら?
 一年戦争が起こらなかったら?
 セイラさんに会わなかったら?
 アムロ・レイとシャア・アズナブルの、尋常ではない心のやりとりを知らずにいられたら?
「……で、ヤツらは元気ですか。ヒューイ・ムライとサットン・ウェインだが」
「会って行かないの?」
 彼女は綺麗にそう言って笑った。そう言われてしまうと、自分としては返事をしかねる。
「や、だからその辺はさぁ……今後一切アウトローで良しとした連中とは、俺はまた違うというか……」
「ご立派ね」
 セイラ・マスは、本名をアルテイシア・ソム・ダイクンという彼女はそう言ってまた笑った。俺はその笑顔に見惚れるしかない。
「セイラさんこそ、今回は珍しく良く顔をだしているじゃないか」
 俺はそう言ってみた。
 実際、セイラ・マスという女性は常に事件に関わりながら、常にフィクサーであることを選んだ女性だった。
「そうね。……いずれにせよもう時間が無いわ。決着がつこうとしているのでしょう。だったら、隠れていてもしかたないもの」
 そう言って、彼女は三度笑った。
 その瞬間に、俺は気づいた。
 そうか、本当にもう時間が無いのだ。
 血の繋がった、ニュータイプである実の妹が思うほどに、実感するほどに時間がないのだ。
 ……シャアとアムロの二人には。
 宇宙世紀0092、十月末。



「俺がヒューイ・ムライや、サットン・ウェインに会わないのはだからまだ、俺が途中だからですよ。俺の成すべきことが途中、俺にはまだやるべきことがあって、だから会えない、幸せなリタイア組には、ってとこか」
「そうね。それと同じくらい自分の事情で、私も会いに行かずにはいられなくなっているわ。何処に着地したいのかしら……つまり、兄とアムロは」
「……」
 そんなのはわからない。セイラにも解らないことが自分に解る筈がない。心底、そう思った。
「セイラさん」
「なによ」
 そこで思うがままに言った。
「……俺を困らせないで貰えます?」



 嫌な思い出ってんのはいつまでも心の奥底に残るもんで、だから俺は一年戦争直後に、ホワイトベースを降りて就活した時の記憶なんかがよく残っている。
 就活だ。よりによって就職活動。
 俺は、当時最先端でブームで……そして活躍華々しかった『ニュータイプ』という人々の影に隠れて忘れられがちだが、実は一年戦争の時には普通に学生だった。
 ハイスクールの学生だ。そして十七歳だ。
 ただ、彼女の顔を見ているとそう嫌な思い出ばかりでもないような気持ちになって来てしまうからそれこそ不思議だ。
 あの頃、本当に必死だった。
 あの頃、本当に生きることに必死で、食って行けるならなんでもやった。「フリージャーナリスト」なんてうさんくさい職にも就いた。
 アムロとは違う方向で、確かに俺も戦い続けて来た。
 しかし、そうか終わるのか。
 血の繋がった、ニュータイプである実の妹が思うほどに、実感するほどに時間がないのだ。
 ……だったら。
「もし、全てが終わったら。俺もリタイア組に晴れてなれたら、ここに来てもいいですかね……そんな人生も悪かないね」
「仕方の無い子ね」
 そう言ってやはり彼女は微笑んだ。



 俺は、この物語の終息を願っている。
 それもシャア・アズナブルとアムロ・レイの穏便で平和な終息をだ。
 目標はなかなかデカい。
 しかし、今回の事後処理の為に訪れたその岬の屋敷で、俺の目標はもう一つ増えた。
 デカい目標があった上に更にもう一つ増えたのだ。
 俺は、全てが終わったら絶対にここに来る。



 ……そして彼女の、呆れたような溜息を聞くのだ。
 その、美しい笑顔に叱ってもらう。そうしてのんびり生きるのだ。これまでの物語を嵐の中の雷の様に、時折思い出しながら。



 俺は、見届ける人となる。











2009.08.09.







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