ジャーナリストを厳密に定義すると『印刷メディアの為に記事を書く人』、となるのだそうだ。語源は旧世紀、それも十九世紀初頭のチャールズ・ディッケンズにまで遡る。
チャールズ・ディッケンズと言ったらむしろ記者の側面より小説家としての側面の方が有名だ。代表作で言ったら『クリスマス・キャロル』であるとか。
初めてその事実を知ったとき、カイ・シデンは少し呆れた。
新聞に載せるべき『ジャーナル』を書くからジャーナリストと……いう定義よりなにより、宇宙世紀に『印刷メディア』もクソも無いからだ。
しかし言葉だけが歴然と残っているのも面白いことだと思いつつ、適当にこれまでその名を語り、仕事をし、食い繋いで来た。
食い繋いで来た。まあ、印刷メディアの為に仕事をすることは殆ど無かったが。実に十三年間。
後に一年戦争と呼ばれることになった、ジオン独立戦争の終結が宇宙世0080の一月一日なので、本当に十三年間だ。
宇宙世紀0079年の十二月三十一日の時点では、自分は確かに『軍人』だった。ア・バオア・クー攻略戦、つまり星一号作戦の発動が十二月三十一日のフタマルフタマルで、自分はガンキャノンに搭乗し、確かにその戦場に出撃した。
そうして戦争は終わり、少なくともカイにとっての最初で最後の戦争は終わり、ホワイトベースで共に過ごした人々は、それぞれの道を歩みだすことになったのだ。
ブライト・ノアは当然の様に軍に残り、多少日和見ではあったのかもしれないが立派に軍人を続けていた。出世コースに乗った方と言える。ホワイト・ベースに当時乗っていた人間で士官学校を出ていたのは彼くらいだった。一年戦争後、苦い飯を食う場面も多かっただろうが。
ハヤト・コバヤシは辛うじて軍に残り、戦争博物館の館長という閑職に回されてはいたが、密かに反ティターンズ組織であるカラバを導いた。そして軍人のまま散った。初志貫徹して。
セイラ・マスは『シャアの妹』というミステリーと共に、歴史の表舞台から華麗に姿を消した。
ーーーアムロ・レイは、一年戦争直後には『ニュータイプ』として祭り上げられ、その後の数年はほぼ幽閉に近いような状態でありながら、それでも軍人であることを諦めなかった。諦めさせてもらえなかったとも言える。
そしてカイは。
カイは一般人として生きる道を選んだ……つまり先述の『ジャーナリスト』である。一般人であることに誇りを持ってすらいた。
しかし一筋縄ではいかなかった。最近では『ジャーナリスト』としてよりむしろ『工作員』として各所に尊ばれているような気がする。ジャーナリストは辛応じて一般人の気がするが、果たして工作員は一般人だろうか。0087年にエゥーゴの片棒を担いで、放棄される寸前のジャブローに潜入した辺りから、どうも横道に逸れたような気がした。
「……それでもねぇ」
カイは、目の前の端末に映る幾つかの情報を眺めつつ、さてどうしたものかと考え込んだ。
宇宙世紀0092、十二月一日午前十一時半。地球、オーストラリア、旧シドニー海上。
地球、オセアニアでこの時間ということは、宇宙時間では日付をちょうど越えた頃だろうか。十二月に。
「俺の根っこはジャーナリストなんだよね、というよりそれを自分で選んだんだ……だとしたら、この現実はどうしたモンかね?」
カイがこの一ヶ月ほど掛かり切りになっていたのは、三つの大きなテロ組織の事件データだった。この一ヶ月ほど、というのはその前の三ヶ月は『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』に費やしたようなものだったからだ。これはまた別の意味合いを持つ事件なので、今回は多くを語らないでおく。ともかくこの一ヶ月ほど、カイは分析を続けていた。地球圏の各所で起こったテロ事件の、データの比較分析を。
グリプス戦役以降のテロ集団は主に三つに分派する。
『自由コロニー同盟』と『反地球連合』と『新興・ネオ・ジオン』。
これら三つの組織を裏で……いや、宇宙で……纏め上げているのはおそらく、『新興・ネオ・ジオン』の長たるシャア・アズナブルで間違いないのだが、そこからが難しかった。
黒幕たるシャア。一年前には薄らとした予想でしか無かったそれは、この一年で確固たる確信となった。
情報を分析すればするほど、それを脅威に思う。
全く無秩序にただただ小さな破壊活動を行っていると思われたテロ組織、それらの起こした事件が、実は有り得ないほど巧妙に張り巡らされた駒の一部だと気づくのだ。そうしてそんな細部に至ってまでイニシアティブを取れ、行動を統一出来るカリスマはそうは居ない。
一年と少し前、シャア・アズナブルは実に抽象的な言葉をアムロに向かって語ったそうだ。
『君達が思う以上のスピードで、』
『宇宙の再編が進んでいるとしたら?』
カイがそのシャアの言葉を知ったのは、おおよそ半年ほど前、三ヶ月を費やすことになる大事件の直前にアムロと交わしたメールでだ。地球上で無作為にテロを行っていると思われた組織の背景を掴もうと、場末の飲み屋あたりで必死になっていたカイにとって、それは天啓のような一言だった。
「今年の一月には月に十一件だったテロ事件が、月を追う毎に十六件、二十一件、二十七件……って、ネズミ講じゃねぇんだからさぁ」
『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』がその片鱗を見せ始めた0092年の七月には、この三つの組織が起こすテロ事件だけで大小五十件近くにもなっていた。
もはや三日に一度どころではない。日に二件は地球圏の何処かで、何かが起きている。
何か、というよりテロが。反政府ーーーつまり反地球運動が。
こうなると、勘ぐりたくもなる。
一年と少し前、アムロと「本物かどうかわからないシャア・アズナブル」が交わした、その言葉を。
『君達が思う以上のスピードで、』
『宇宙の再編が進んでいるとしたら?』
『コロニー制御プログラム連続ウィルス汚染事故』はシャア・アズナブルの思惟とは別の次元で起きた事件だと、とある理由でカイは知っている。
それでも勘ぐりたくもなる。
あの事件に振り回された三ヶ月、ひょっとしてあの三ヶ月すらも、実は宇宙の長たるシャアの本当の目的をはぐらかす為に仕組まれたものでは無かったのか、と。
「だとしたら、やってらんねぇわ」
カイはコーヒーを煎れ直そうと、そこで一回端末から離れた。
窓からは厭味ったらしい程に、青い海が見える。
旧シドニー海上というだけあって、今カイが居るセーフハウスは船だった。傍目には実に呑気な、まるで金持ちがリゾートの為に浮かべた様に見えるこの小型のクルーザーを、カイは存外に気に入っていた。まあ近寄ってよく見れば、船体はくたびれているし、船室の屋根には何処の軍の指揮車だよ、というようなレベルの巨大パラボラが乗っていたりするのだが。それでも気に入っていた。移動しながら各所と連絡が取れるからだ。自分の居場所を誤摩化しながら、情報を収集するには最適だ。
いや待て。
幾つか持つ地球上のセカンドハウスを、セーフハウス(隠れ家)と呼ぶあたりで自分は既に駄目じゃないのか。セーフハウスという言葉自体が、本来は諜報機関が使うものだ。真実『隠れ家』の意味として。
「……戦争か」
カイは煎れ直したコーヒーを片手に、船の針路を確認し、空を見上げ……旧シドニー海はコロニーが空けた穴だけあって浅くは無かったが、代わりに遺物も多かった……それから覚悟を決めて判断を下した。
データの観察と分析、その先にある判断、を。
「始まるのか」
どちらの側に付くのかを。
「……もしもし。あぁ俺だけどよ、」
ーーーさあ、自分はどこまで『ジャーナリスト』として在れるのだろう?
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2010.07.06.
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