小さなモニターを大の男が二人で覗き込んでいた。薄暗い部屋の中でそのモニターから出る光だけが奇妙に青白く、不思議な光彩を放っている。
「……おい。煙草いい加減にやめろよ、狭いんだからさ」
「お? すまねぇな、これが無ぇとどうもなー……」
「それでこのディスク、どこから」
「二課からだ」
ボギーとカイが覗き込んているのはどうやら隠し撮りらしい、一つの病室の光景だった
「……こいつ生きてんのか」
「これでも昔よりは良くなってる、って話だ」
「延々この調子か」
「まあな。五分程この調子だ」
「……見るの面倒くさくなってきたな」
「そう言うなよ、わざわざ持て来てやたんだからさ」
しかしカイは画面の脇から立ち上がると、窓辺にカーテンを開きにゆく。ついでに窓も開いた。ボギーの煙草の煙を換気する為だ。
「……チッ、やっぱ明るいと良く見えねなあ……それでお前、『カミーユ・ノート』は読んだのか」
「一応」
カイは眉間に皺を寄せながらそう答えた。……せっかく窓を開けたというのに、ボギーがまた新しい煙草に火をつけようとしたからだ。
「ふぅん。……どうだった。お前、カミーユ・ビダン本人に会った事は?」
「それが、実はある。グリプスの時に、カラバのアウドムラで」
「それは初耳だ」
カイの無言の抗議も空しく、ボギーは煙草に火をつけてしまった
「俺は会った事が無い」
「画像を見る限り、今のカミーユ・ビダンに会ったところで何の情報も得られないような気はするがな」
「しかし、この世に『カミーユ・ノート』が存在する事は確かだ」
そうしてそれがテロリストにとての精神的支柱となっていることも。難儀な話だな、と思いながらカイはもう一つ窓を開いた。
「……ベルファストの件なんだが」
「あぁ?」
「結局どうなった」
カイがそう聞くとボギーが面白そうに肩を竦めた
「何だ、気になってんじゃねぇか。……うちの駆け出しが潜入したよ。おかげで、実行直前に大規模テロは阻止出来た。ただ……」
「ただ?」
少し前、コロニー主義者のテロが何故か地球上で計画されているという情報があった。自分が組織への潜入捜査を断ったので、その後どうなったのだろうなあと思っていたのだ。
「駆け出しは死んだ。……まあ軍人だからな、そういうこともある」
「……」
カイは無言で視線を小さなモニターに戻した。そしてふと、あることに気づいた。
「……おい」
カイが急にモニターの元に戻ったので、ボギーは訝しく思ったらしかった。
「どうした」
「これだ、このクセ。……これ無意識か」
「そりゃそうだろう」
モニターの中ではカミーユ・ビダンが、ベッドの上にぼんやりと座たまま小さく爪を噛んでいる。
「……」
「……これがどうかしたのか。……おい、カイ?」
「……いや」
カイは無言で、じいっと画面を見つめ続けていた。
最悪だ。……最初に頭に浮かんだのはそんな台詞だった。俺はニュータイプの定義など知らない。何故人より「分かってしまう」人間がいるのかなど分からない。……でも、
「……最悪だ」
ついにカイは口に出してそう言った。急に真剣に写りの悪いモニターを覗き込み始めたカイを、ボギーは訝しく思ったらしかった。
「おい、何がだ」
「……カミーユ・ビダンに会いに行くか」
「ああ、まあそのうちにはな」
厳密にはカミーユ・ビダンはもう子どもではない。グリプスから数年が経っている。今はもう二十歳は超えているはずだ。しかし、カイは気持ちの悪さが治まらなかった。
「いいか、会ったら伝えてくれ……爪を噛むのなんか止めるんだと」
「……意味が分からん」
ボギーが煙を吐き出しながら首を竦めた。カイも自分で何を言いたいのかよく分からなかった。
「……爪を噛むくせがある子どもなんかをモビルスーツに乗せて苦しめるのはもう止めるんだと。……誰にでもいい、伝えてくれ」
「……」
ボギーは黙して、もうなにも言わなかった。静かにモニターを切るとディスクを抜き出す。
「……伝えるよ」
余程経ってから、ボギーはそう言った。心底困った様に頭を掻いていた。周囲に埃が舞う。
「俺が生きている限りは必ず……誰かに伝える。伝え続けるよ」
ボギーはそれだけ言い残して部屋を出て行く。ああそうだ、今のは俺が悪い。カイは自分の苛立ちをそのままボギーにぶつけてしまったことに多少の気恥ずかしさ憶えた。しかしそれ以上に煮え切らない思いを腹の底に感じて思わず唸る。
ああそうだ、俺も一年戦争の頃はただの子どもだった。当時の思い出が嵐の様に蘇って来る。辛かった。そして自分よりもと辛い子どももたくさん見た
……例えば爪を噛むクセのあるガンダム乗りであるとか。
「……くそっ!」
カイはついに壁を蹴り飛ばした。
……誰も幸せになどなれないのに、何故人類は戦うことを止められないのだろう。
2009.05.25.
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