新型機の予算が通った後、初めてのミーティングということで十二月初旬にアナハイムエレクトロニクス本社を訪れた。そしてそこでなかなか異様な光景に出くわした。
「……まてよ!」
「やだね!」
……廊下の向こうから凄まじい勢いで走て来る三人の子ども達である。全員男の子だった。しかし気のせいでなければここは大手企業の会議棟で、未修学児童が遊ぶような場所では無い。
「……おおっと、」
「騒がしいな」
三人の子ども達は容赦なく、通路を歩いていたアムロとブライトの足下に絡み付く。子持ちのブライトは少し目を細めていたが、アムロはあまり子どもが得意ではないので苦笑いしてしまった。……カツ達を思い出すな。ホワイトベースの頃の。
「……こら! また保育所から抜け出して来たのね、ママは仕事だって言ったでしょ!」
すると奥の会議室の扉が開き、一人の女性が顔を出す。アナハイム社の制服を着ている。この子ども達の母親らしい。
「エイパー! サウス! お兄ちゃんなんだから勝手に抜け出しち駄目でしょ!」
「だってママ、」
「つまらないもの、あそこ!」
三人の男の子のうち上の二人は双子らしかった。全く同じ声で反論する姿が可愛らしい。
「申し訳有りません、騒々しくて……ほらケリィも離れなさい」
「……」
これだけの子どもがいるということは妙齢なのだろうが、豪奢な金髪のなかなかの美人だった。促されて最後までブライトの足に捕まていたもう一人の男の子も手を離す。この下の子は少々ひっこみじあんのようだった。
「三人とも、自分たちで保育所まで戻れるわね? ママは仕事だから付いて行かないわよ」
「はぁーい……」
子ども達が自分から離れたので、ブライトは咳払いをして挨拶をする。
「初めまして、元気なお子さん達ですね。私はロンドベル隊のブライト・ノア大佐。……お子さん達を保育所まで送って来て下さっても別に構いませんが」
「あら、そういうわけにも行かないわ。……あなた方が今日のミーティングのお相手だと分かったから」
女性はそういうと笑顔で右手を差し出した。
「第一企画開発部主任のニナ・パープルトンです。新型機の開発のお話でいらっしゃったのでしょう?」
続いて手を差し出され、アムロも自己紹介をした。ではこの女性も今日のミーティングに参加する人物か。
「作戦士官のアムロ・レイ大尉です」
「まあ、あなたが。……先日は主人がお世話になりました」
「……?」
そこで一気に話が分からなくなった。
「……すいませんパープルトンさん。ご主人に心当たりがないのですが……」
アムロが正直にそう言うと、女性は急に慌てた風になった、……あ、結構可愛いかもな、澄まし顔じゃないと。
「あら! じゃあ私嘘をつかれたのかしら、ずいぶん自慢されたのに……『あのアムロ・レイに会ったぞ!』って。ひどい人ね……!」
「失礼ですが、ご主人のお名前は?」
ブライトが助け舟を出した。三人の子ども達はまだ保育所には向かわずに、面白そうに大人達の話を聞いている。
「ウラキです。……オークリー基地のコウ・ウラキ。こうなったら私が自慢するわ、『あのアムロ・レイに会った!』って……!」
ニナ・パープルトンは関係ないところで盛り上がっているようだ。
ブライトとアムロは顔を見合わせた。
……少し抜けてるけど、確かに美人だな。
それに子だくさんだ。
「……やるな、ウラキ大尉……」
「パープルトンさん。……話が繋がりました、そういう事でしたら確かに先日ご主人とお会いしましたよ。こちらこそお世話になりました」
「あら、え? そうなんですか? 私ったら一人で納得していて御免なさい。じゃ、そろそろ会議室に……」
ニナがやっと自分の仕事を思い出したようにそう言うと、ずっと黙ていた一番下の男の子が初めて口を開く。
「……あの、」
「……なんだい?」
足下で自分を見つめる男の子に気づいてアムロはしゃがみ込む。他の人々はもう移動を始めてしまった。
「……パパのともだち?」
「そうだよ」
アムロがそう答えると、彼は小さなてのひらをアムロに向けて広げた。
「……うちゅうぐんのせいふく……さわっていい?」
「……」
意味が分からなかったが、アムロは苦笑いしながら頷いた。
「いいよ」
小さなてのひらがぺたり、とアムロの青い制服に触れた。……それはつつましやかに。……男の子は心から嬉しそうな顔で笑う。
「……ありがとう!」
「ケリィ! いつまでいるの、お兄ちゃん達は行っちゃったわよ!」
「アムロ、会議が始まるぞ」
「……あぁ」
手を振りながら駆けてゆく男の子に手を振り返して、アムロも会議室に向かう。
……不思議に暖かな気持ちになっていた。
やるな、ウラキ大尉。……今度会ったら子だくさんであることをからかってやろう。アムロはそう、心に決めた。
2009.05.16.
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