「……大尉! 大尉、大尉、結婚するって本当ですか!」
「……落ち着け少尉。お前がどうしようもないのは分かっていたつもりだが、さすがに今回の話題には付いていけな……」
アムロはそこまで言いかけて、無重力の格納庫に飛び込んで来たサットンに足を攫われた。
「うわっ……」
「大尉、何で言てくれないんですか! 水臭いじゃないですか!」
「……アストナージ! ロープ!」
リガズの調整を手伝っている途中だった。繋ぎ姿のままサットンと一緒に宙に放り出されてしまったので焦てそう叫ぶ。
「……なにやってんスか」
アストナージが呆れた風情で下からロプを放って来た。それを掴み自分にしがみついているサットンと一緒に何とか床に辿り着く。
「サットン・ウェイン少尉! いい加減にしないか、お前……!」
「でも!」
……サットンは全く反省していないようだった。ああ、こいつをロンドベルのモビルスーツ隊に引き抜いたのは間違いだったかもしれない。アムロは何度も思た事を今日また思った。
「……で。誰がそんな話をしていたんだ?」
「通信兵の連中です。デキに来る途中で聞いたんですが大尉に婚約者がいるって……」
「婚約者?」
仕事にならないな、と思って格納庫からは退散する事にした。ラー・カイラムのモビルスーツ隊は平時は三交代制でシフトされており、今はケーラの隊が哨戒任務に出ている。
「……待てよ? 仮に婚約者が居るにしてもだ」
「居るんですか、やっぱり!」
「……居るにしても、だ。何で急に結婚なんて話になる。それにお前がシクを受ける理由も分からない」
二人は士官食堂に来ていた。食事時でないそこに人はまばらで、落ち着いた木立の風景が壁に映し出されている。アムロはサットンにコーヒーを差し出した
「地球に婚約者がいて、今度戦いになるとなったら、その前には結婚するんだろうなあって、通信兵の連中が……」
やれやれ、と思いながらアムロは溜め息をついた。地球に、という話をしていたのなら、
「……そりゃ、ベルトーチカのことだろう」
「それが婚約者の人の名前ですね!?」
とたんガバッと食いつきよく、サットンが顔を上げたのでアムロはもう一回溜め息をついた。間違いだったかもしれない、じゃない。
「……まあ、そうだな。結婚するかどうかはともかく、大事な人なのは確かだな。だから精子バンクの鍵を彼女に預けてある」
絶対に間違いだった、こいつを引き抜いたのは。
「……」
すると何故か目の前のサットンは驚いたような顔でアムロを見ている。
「少尉?」
「可哀想じゃ無いですか! なんでそんなに冷たいんですか! 子どもくらい普通に作ればいいじゃないですか!」
「……冷たいか?」
アムロの方も驚いて続けた
「俺は明日死ぬかもしれない。一緒に子どもを育てることも、住むことすらも出来ない。……だったら子どもを作るか作らないか、選ぶ権利くらいベルトーチカにあっても間違っちゃいないだろ」
「……」
サットン・ウェイン少尉は少し考え込んだようだった。……グリップから手が離れ、ふわり、とプロジェクターの方に流れて行く。そして緑の木立の画像を眺め、何かを心に決めたようで振り返った。
「……分かりました、大尉。すぐにその人、宇宙に呼びましょう!」
「は?」
「大丈夫ですよ、艦を上げてお二人をお祝いしますよ! そうしたら明日死んでも悔いは無いでしょう!?」
「はい?」
「バチュラー・パーティも結婚式も、ここでやればいいんですよ! きと彼女も喜びます!」
アムロはついに絶句した。……つまりなんだ。
「……多分ベルトーチカは喜ばないな」
「何故です! 結婚式の嫌いな女の子なんてこの世にいませんよ!」
「……会ったことがないからそんなことが言えるんだよ」
もう放っておくことにした。さっさとダストシュートにコーヒーのパックを放り込むと食堂を後にする。
「あっ、大尉! 何ですかひどいですよ大尉! バチュラー・パーティやりたくないんですか!」
「お前はやりたいのか、俺のバチュラー・パーティ」
「めちめちやりたいですよ!」
「それが本音か……」
「大尉!」
サットンはうっとおしい、サットンは思い込みが激しい。サットンは……本当に引き抜いて失敗だった。
「大尉! 俺がバチュラー・パーティ企画したら最高のストリッパー、大尉のところに送りますから!」
サットンがまだ後ろで何かを叫んでいるが、アムロは聞かないことにする。……本当に失敗だった。
なのに嫌いになれないのだから、自分がどうしようもないよなあと思うのだった。まあでも、本当に結婚することにでもなったらバチュラー・パーティの幹事はヤツに任せよう。
*バチュラー・パーティ
結婚式の前日に新郎が行う独身最後のバカ騒ぎのこと。
2009.04.06.
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