士官食堂で本を広げていると、話しかけて来たものがいる。
「……アムロ」
顔をチラリと上げるとブライトだった。
「珍しいな。お前が端末じゃなくて本を広げているのなんか初めて見たぞ」
「初めてとは失礼だな。……たまには読むよ、本くらい。艦長こそ珍しいじゃないか、ちゃんと食堂で食事なんて」
ラー・カイラムの艦長は仕事に熱心すぎるきらいがあって滅多にきちんとした食事を摂らない。
艦長席で配給食(コンバット・レーション)を口にしている姿はよく見るのだが、食堂でトレーを持っている姿はアムロも久々に見た。
「まあな、ある程度きちんとしていないとミライに怒られるからな」
目の前の席にトレーを置いたブライトは肩凝りがひどいのだろう、かぐるぐると首を回している。
「ミライさんに? いくらミライさんでもブライトが今何をしてるかなんて分かりしないだろ、」
「それがどうもバレバレなんだ。……この間荷物が届いたんだが『あなた食事はきちんと摂てます?』という手紙が入ていてだな……」
アムロは本を広げたまま、つい吹き出してしまった。そんな艦長と作戦士官のやり取りを、少し面白そうにあたりにいた一般の士官達が眺めている。
「……バレバレか」
「バレバレだな」
「……そりゃどうもごちそうさま」
アムロは久しぶりにあの穏やかなミライの笑顔を思い出した。それから艦長の持て来た食事のトレーを見て、美味しそうなデザートに気づく。……さっき俺が食べた同じランチにはこんなデザート付いてなかったな。……艦長用か。
「……ブライト」
「何だ」
アムロは本を少し下げて、首を延ばしてこう言った。
「そのケーキ、美味そうだな」
「……」
ブライトはトレーの隅にある四角くて小さなレアチズケキをしばらく眺めていたが、やがて豪快にフォークを突き刺した。
「……やろう」
「ありがと」
アムロは口を開いてありがたくそれを頂く。周りの士官達はもうやれやれ、と言った風情でその光景を眺めていた。アムロにケーキを食べさせて満足したらしいブライトは食事に手をつける。
「……で、お前何を読んでる」
「詩集だ」
アムロが答えると、ブライトは少し訝しげな顔になった。
「……医務室はレベル4のCブロックだ」
「そんなのは知っている」
アムロは口をもごもご動かしながらそう答えた。するとブライトは盛大にため息をつく。
「誰の詩集だエリオット? ヴェルレーヌ、ウィリアム・ブレイク?」
「バイロンだ。ジェームス・ゴードン・バイロン」
「……」
ふと視線を上げたアムロは、ブライトがまったく呆れ果てた顔で自分を眺めているのに気づいた。
合う視線。
「……医者に行け」
「断る。十分正気だ」
「だってロマン派だぞ」
「何が。……ああバイロンが?」
自分でもバカらしいと思っている。……しかしバイロンの詩集を自分に届けた更に馬鹿の為にも、自分はこれを読み切ろうと思っていた。
「……なあ、俺は正気だ」
「知っている、だからこそ……絶望的なんじゃないか」
「……」
どこまで分かっているのか知らないが、ブライトはそんなことを言いながらランチのトレーにやっと手をつけた。
0091十一月末。
ラー・カイラムは順調な航海を続けている。
2009.04.06.
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