かつて彼に語った事がある。というか、飲んで打ち砕けた時など自分の性質だろうか、よく人を説教してしまうのだった。私は彼に良く言った。
 もっと『普通の人々』を思いやるべきだと。
 そして、その人々を導くべきだと。
 その素養があなたにはある、いやそういう運命の人なのだと。
 ……そういう人物がその任務をまっとうしないのは私に言わせれば職務怠慢だ。
 すると彼はそういう時に限ってサングラスを外し、その綺麗な瞳を私に見せて言うのだった。
「……それは無理だ」
 彼は静かに笑った。
「それは無理だ、だって私は『普通の育ち方』をしていない。……だから『普通の人々』というのがどういうものか思い知れない」



 士官食堂で一人酒を飲んでいるブライト・ノアに気づいたのはアストナージだった。
「……何やってんです、艦長」
 彼は艦長の背中に声をかけた。……艦長ならばこんなところでちびちび酒を飲まずとも、自身の部屋でこころゆくまで好きな酒を飲むことが出来るはずだ。
「……アストナージ」
 ブライトは振り返った。
「情けないことに最近寝付きが悪い。……今日は『クワトロ大尉』のことを思い出してしまってな」
「シャア・アズナブルではなくて『クワトロ大尉』のことを?」
 アストナージは当直だったが、端末をポケットに押し込むと面白そうに艦長に近づいて行った。
「一体何を思い出したりしてたんです? ……そうだな、確かにこんな夜更けには俺も時々そんな気分になるな」
「お前もか?」
 ……そうなんだ。二人は思った。……こんな夜には、眠れない夜には、不眠症だった『彼』のことを思い出す。
 それだけだ。……ただ、たぶん、それだけだ。
 二人は酒を、この場にはいない『クワトロ大尉』の為に掲げた。



 その様子を、アムロは士官食堂の入り口で耳をそばだてて聞いていた。
 ……入って行けないような気がする。
 『クワトロ大尉』の為に乾杯している、二人の中には入って行けないような気がする。いや、入って行ってはいけないような気がする。自分も眠れなくて食堂に顔をだしたのだが、また通路を引き返す事にした。……自分はさほど『クワトロ・バジーナ』について知らない。ブライトや、アストナージほどには。実を言うと『シャア・アズナブル』についてもそれほど知らない。
 ……ただ、今日眠れなかったのだけは事実だ。
 部屋に帰って考え始めたら、よけい眠れなくなった。
 ……アムロはベッドの中で、身体を丸めて思った。



 何故あのとき、自分はシャアに触れようなどと思ったのだろう。真夜中の森の中に、パラシュートで降下した直後だった。
 あの時は、生きていることが嬉しくてそうしたのかと思っていた。
 生き残っていることが嬉しくて。
 それで湧いて出た性への衝動かと。
 シャアは、それは優しい手で自分に触れ返してきた。
 自分は、それ以外なにもいらない、くらいにその時は思った。
 ……だのに今日は、自分よりシャアを知る人々の談笑を聞いただけで考え込んでいる。
「……っ……」
 よりいっそう、身体を丸めた。
 自分とシャアの交わりについて考える。
 ……何なのだろうな互いに、と思う。こころはいつも互いを思っている互いのことを考えている。しかし、その引き切った弓が跳ねた瞬間くらいしか、互いには触れ合えない。……残酷だ。少しそう思った。



 次の日、任務に就いたとたんに格納庫から定期便で荷物が届いたと連絡が入る。アムロが出向くと、若手のサットン・ウェイン少尉が「これ大尉宛の荷物ですよ!」と飛びついて来た。荷物を見た。
 「品名」の欄に「誕生日おめでとう」という適当な言葉が書かれてあった。
「……爆発物の検査は」
「しましたよ! 本みたいでしたけど」
 アムロはその場で封を切った。……そして、封を切りながら思い出した、そうか、今日は十一月四日か。……俺の誕生日だ。
 中には、一冊の詩集とそれから一枚のカードが入っていた。詩集のタイトルは『J・G・バイロン全集』。手紙にはこう書いてあった。



『あなたの為に、たとえ世界を失うことがあっても、
 世界の為に、あなたを失いたくは無い。
 ジェームズ・ゴードン・バイロン』



 ……自分の言葉で。
 アムロはその場に崩れ落ちが。悔しくてたった今死ねそうだった。
「大尉!?」
「……自分の言葉で、」
 アムロは床を殴りつけた。
 シャアは、それは優しい手で自分に触れた。
 自分は、それ以外何もいらない、くらいにその時は思った。
「自分の言葉で愛くらい語れないのか、貴様は……っ」
 ……同じように。
 同じようにあなたを想っているよ、ああ。



 こんなにも心を乱されたのが久しぶりだとアムロは想った。さらに、やや寝不足だった。
「アムロ?」
 アストナージが何やら言葉をかけてくる。だがしかし自分は部屋に戻って、今すぐ一人になりたいと思った。
 ……これまでで。


 これまでで一番泣きたい気分の誕生日だと。











2006.11.04.







「U.C.」用の書き下ろしだった気がします。そんな事情を『1104』にも書きました。







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