部屋に戻って久しぶりにハロのスイッチを入れた。今、手元にあるのは三代目である。
『……アムロ、ゲンキカ』
「……まあね」
 答えながら部屋着に着替えて、今日は一日のんびり過ごそうと決めた。



 この一週間ずっと外回りだったので存外に疲れた。出来たらアナハイム社への挨拶回りなど誰かに替わてもらいたいのだが、自分が企画開発に関わる機体となったらそういうわけにもいかない。多くの人に会い、気も張ったし普段使わないような顔の筋肉も使った。愛想笑いというヤツだ。
「ハロ」
『ハーロ!』
 呼ぶところころとハロが転がって来た。……変わらないよなコイツ、と思う。もっとも作ったのは自分だし、十二年前からさして機能も追加していないのだから当たり前と言えば当たり前だが。
「お前、元気だね」
『アムロ、ビョウキカ』
「いや、まさか。ただ面倒くさいから寝てるだけ」
『んもうアムロったら! しゃきっとしなさいよね!』
 とたんにハロが、フラウ・ボウの声でそう答えてアムロは吹き出した。……ああそうだった、フラウが仕込んだのだった。アムロが「面倒くさい」と言うとハロが自分の声で怒るように。それは、十二年前のフラウの声だった。
 アムロはハロに、とんとん、と自分のお腹の上を指差してみせる。ソファに寝転んだ自分の上にハロがポーンと飛び乗って来た。
「お前、どこか出掛けたいか?」
『アムロ、デカケル、アムロ』
「俺は一日ボーっとしてたいな……」
 寝転んだソフから窓の向こうの青空がよく見えた。四角い枠に切り取られた空は、だがしかしそれでも綺麗だ。手を伸ばせば届きそうに見えたが、空に手が届くことはない。それにコロニーの空は偽物ですぐに色も移ろい、よく見ればその向こうに更に偽物の大地があることをアムロは良く知っていた。
「……」
 眠くなってきた。身体の上に乗たままのハロに手をやる。お腹の上にのったハロは、アムロが話しかけないのでじいっとしている。これは改良を重ねた結果だ。一年戦争の頃は無駄に動き過ぎだった。子ども相手にならそれでもいいのかもしれないが、今の自分にはうるさすぎる。……窓の向こうの青空が見える。思えばシャイアンにいた頃見ていた空は「本物の」空だった。……だがしかし、思えば笑ってしまうような理由なのだが、シャイアンに居る間中ハロのスイッチを入れなかった。
 ……あの場所で、友達がハロだけになってしまうのはあまりに辛過ぎた
「……ハロ、お前改造してやろうか?」
 アムロが身体をずらすと、ハロはころりと転がり落ちて跳ねた。
『ハーロ!』
 いいのか悪いのか知らないが、手を伸ばすと何故か逃げる。
「あ、おいこら! ハロの分際で逃げるな!」
『ハーロ! アムロ、デカケル、アムロ』
「出掛けないって……」
 言いかけてソフの上に起き上がてしまったアムロは窓を振り返った。……いい天気だな。見えているのは偽物の空だ。……だけど、
「……分かったよ。少し出掛けるか」
『ハーロ!』
 ハロが足下に転がって来た。アムロはジャケットを取りにベッドルームに向かう。玄関の扉を開くと、ハロがころころと先に飛び出した。



 見えているのは偽物の空だ。だけど、今は伸ばせば届く場所にある。それを満喫しない手はない、と思った。











2009.05.25.







HOME