「……なあ、なんでそんなに怒ってるんだ」
「……これが怒らずにいられるか」
ちょうど秋口ほどの気温に設定されたコロニーの中を、色気の無い軍用ジープでアムロとブライトは走っていた。ロンデニオンも郊外に向かうと森林や野原も多く、明媚な風景が広がっている。
「そんなに俺とドライブするのが嫌なら、素直に一週間休みを取って地球に降りて来れば良かったじゃないか」
「……」
正論を言われてブライトが黙った。……そうは見えないかもしれないがアムロとブライトの二人は実に珍しい事に『休暇を楽しんで』いたのだった。
ラー・カイラムが定期メンテナンスに入るという事で、本拠地であるロンデニオンに昨日から帰航していた。整備は当然整備兵が行うので艦長が艦に居続ける必要は無い。丸一週間も戦艦が足止めになることは珍しく、それだけ平和という事なのだからアムロはブライトに「地球に帰って来たらどうだ」と提案した。ブライトは地球に家族が居る。言うなれば単身赴任だ。
「馬鹿を言え、そんなことが出来るか」
しかしブライトの返事は色よいものでは無かった。頑固というよりは仕事中毒の嫌いがある。アムロ自身も似たようなものなのでそれ以上強くは言わなかったのだが、ミライさんも寂しいだろうにね、と嫌みは一言付け加えてやった。
ともあれ、艦長は明らかにオーバーワークである。
他の連中も寄ってたかって宥めすかし、それでも寄港中は軍の戦略研究フォーラムに顔を出す等と言い張ていたブライトの、納得した休暇がなんとたった「一日」だった。
……それでアムロは、ブライトを連れ出して郊外にドライブに行くことにした。
「……思ったんだけどもっと凝た車を借りれば良かったな。アンティークのオートモービル風とか。その方がドライブらしくなっただろう?」
「お前と出かけるのに何故そんなに『決め』なきゃならん」
「……そりゃそうだ」
市街地から随分と走った。湖脇の道路に差し掛かったあたりで、アムロはジープを止めた。
「風景がいいぞ。ブライト、ちょっと降りてみよう」
「……ビクトリア湖だな」
デートに乗り気でなかったブライトがしぶしぶと降りる。……なんだ、少しは俺が気を使っていることに気づいてくれてもいいのにな、とアムロは肩を竦めて昼食の入たバスケットを降ろした。
「アムロ、お前楽しそうだな」
「……あぁ? まあ、それなりに。ブライトの私服なんて滅多に見ないしさ」
「それはお前もだろう」
「似合わないな、私服」
「お前もな」
湖の周りを半周ばかりもしてしまった。アムロはこんなにもブライトとのんびりした事が、これまでの十二年間であったものだろうかと少し思った。
「……そう言えば」
「何だ」
「『ロンデニオン』って何語だ? 元が『ロンドン』らしいのは俺にも分かるけど。ブライト、知らないか」
「……」
ちょうどいい場所にベンチがあったので、アムロは座り込んだ。さっそく、馴染みのホテルで用意して貰った昼食を広げる。中身は定番のサンドイッチだった。
「……実は」
すると驚いた事にブライトがこう言った
「私にも分からない。ロンデニオンが何語なのか」
これは珍しい。……アムロは色づいた木の葉が大量に舞う遊歩道を見ながら思った。
「何だって?」
「『ロンデニオン』というのは、何処の言葉だろうな」
ブライトの事だからそんなことは知っているとばかり思っていた。隣に座ったチノパンに紺のベストという実に見慣れない服装のブライトを見る。
「ブライトお得意のラテン語とかじないのか」
紅茶の入ったカップを渡すと、ブライトが受け取った。
「いやラテン語で『ロンドン』を示す言葉は『ロンデニウム』だ。『ロンデニオン』じゃない。つまり、ギリシャ語か何かかな……?」
ブライトは妙に考え込んでしまったようだ。
「何でもいいけど」
アムロは結局、綺麗な湖と、その向こうに見えるコロニーの円形フレームを眺めながらさっさとサンドイッチに手をだした
「……ブライトでも知らない事があるんだな」
さああああ、とコロニにしては珍しく、湖の上を、気の利いた風が吹いてゆく。
「アムロ、お前楽しそうだな」
しばらく二人は黙り込んでいたが、結局ブライトがもう一回そう言った。
「……あぁ、まあね、それなりに。そのベストミライさんの手編み?」
「そうだ」
「ふーん……俺も頼んだら編んでくれるかな」
「……」
ブライトは首を竦めた。それから、卵のサンドイッチに手を出した。
「編んでくれるさ」
「そうか」
「アムロは家族の一人のようなものだから。……いい休暇になったな」
さて、二人は美しい景色の中をまたドライブしてロンデニオンの街に戻った。
……本当に、あますところのない、休暇だったのである。
2006.12.13.
もともと2006年冬コミのペーパーのおまけ小説だったもので、Ericaさんとせんださんと前日に一生懸命折って、そして遅刻した記憶があります・・・(笑)。
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