タンタンタン、と幾つか銃声の様な音が響いて、次の瞬間ぱあっと空が何色もの光線に染まる。
「……良くやる」
 そこでようやっと、先ほどの音は花火の鳴る音だったのだと気付いた。コロニーの中で花火を上げるだなんて酔狂にも程が在る。ましてや、ここは難民の多い決して裕福とは言えないコロニーだ。……いや、だからこそ、人々には憂さ晴らしが必要なのかもしれないが。
「明けましておめでとうございます、大佐」
 脇に控えるナナイにそう言われて、やっと私は年が明けたことに気付いた。
「あぁ……新年か、なるほどね」
「興味ないの?」
 その日、ギュネイは近くに居なかった。ナナイがこの新しい家で私と二人で過ごす為に彼を街に放したらしい。放すというのも大概な表現だが、実際そのようなものだろう。彼は今頃古巣の貧民街に戻って、旧友達と楽しんでいるはずだ。
「このコロニーには中華系の移民が多いのか?」
「どうかしら。……何処にだって中華系の移民は多いわよ、ただここは坩堝ですから。……有りとあらゆる人種がいるとは思うわよ」
 銃声のような音に変わって今度は幾分高い、バチバチという軽く響く音が周囲からは聞こえだしていて、それが爆竹の音だと気付いてそう言ったのだが、ナナイの返事は冷めたものだった。
「……それで、君はどうしたい」
 窓際で外を眺めるのをやめて、部屋の中程まで戻って彼女にわざとらしくそう聞いてみた。
「ギュネイは昼過まで戻りません」
「うん、それはさっきも聞いた。……それで、君はどうしたい」
 ナナイの、女らしい円やかな腕が自分に向かって伸びて来た。私はその指先を捕らえると、丁寧に丁寧に口付けた。
「……明けましておめでとう」
「そうね、素敵な一年になると良いけれど」
 ---0092、一月一日。



 この屋敷に越したのは昨年の本当に末で、仕事は日々多くなって行く一方だった。丸一日の休み、などと言うのも久しぶりだ。
「……そう言えばこの間手に入れたガンダリウムだが」
「何も今そんな話、」
 ナナイが嫌そうな声を上げながら隣で寝返りをうったが、私は構わず続けた。
「こちらの新型機に使う予定だとは思うのだが」
「もうアナハイムとその方向で調整に入っています。……起きた方が良いのね?」
 彼女は身を起こすとローブだけを羽織り、寝室に設えられたバーカウンターに向かう。私はその後ろ姿に「カナディアン・クラブのダブルをロックで」と声を掛けた。
「カナディアン・クラブ? ……そんな安いお酒あったかしら」
 言いながらも律儀に彼女はそれを探しているようだ。カウンターの下から覗く彼女のふくらはぎを眺めながら私は続けた。
「で、そのガンダリウムだが。……100tだと何機くらいのものだろう」
「作れて三、四機ね。……メカニックに明るくは無いけど、全てが装甲に使える訳じゃ無いでしょう。壊れた時の予備パーツなども居るのだろうし」
 心配しなくても、とナナイは戻ってくるとベッドの縁に腰掛ける。時計を見てみたら午前二時を回り、とうに年越しの大騒ぎも終わったらしく屋敷周辺は静まり返っていた。私は身体を起こし酒を受け取る。
「……心配しなくても大佐の専用機の分はきちんとありますよ」
「おや、私はそんな事を心配する、小さな男に見えるのか」
 返事は無く、かわりに首を竦められる。……可愛く無いな。……そして耳が痛くなるくらい辺りが静かだ。
「……ギュネイは何時帰ってくるんだったか」
「昼過よ、さっき言ったじゃない」
「ナナイが飲んでいるのはなんだ」
 ナナイはついに肩を震わせて笑い出した。
「キール・ロワイヤルよ。……素直にキスしたいって言ったら?」
 私達は飲みかけのグラスをヘッドボードの上に置くと、もう一度ベッドに沈み込む。
「……小さな男じゃない」
 顎を仰け反らせながら彼女の呟いた呟きは無視する事にした。



「……もうちょっとしたらそちらに行くから、それまで静かに待っていなさい。……返事は?」
「……」
 翌朝、と言っても夜深くまで起きていたので数時間後と言えないこともなかったが、ともかく次に目を覚した時、コロニーの人工的な照明が煌々と点っていたので安易に昼間と知れた。
「……そう。それでいいのよ、暫くそこで待機していなさい。すぐに行くわ」
「……ギュネイか?」
「徹夜で元気に帰って来たようです」
 私を目覚めさせたのはナナイとギュネイの扉越しのやり取りだった。ベッドの上に起き上がり数度頭を振る。ナナイはローブをひっかけただけの格好で、寝室の戸口に立っていた。……その姿でギュネイに対応したのか?
「帰ってくるのは昼過じゃ無かったのか」
 時計を見たが、まだ午前八時を回ったばかりの時刻だ。
「早く家に帰りたくなったのかしら。……良い子ね、ほら、私がここにいたら六番街の家には入れないでしょう」
「……」
 いいや、良い子ね、と呟く彼女の方が驚きだ。……そう思ったが口には出さず、私もローブを羽織ってクローゼットに向かった。
「一人で着替えられます?」
「君は私を馬鹿にしているのか?」
 そう呟きながらクローゼットの扉を開くと、その小部屋は信じられないほどの光に満ちていた。角度の関係だろうか。寝室より、このウォークイン・クローゼットにはミラーの光が良く入るらしい。……私は一瞬目が眩んだ。そして、その光を浴びた瞬間に覚醒した。
「……大佐?」
 ナナイから訝し気な声が掛かる。……いいや。違うんだ、
「……新年だな」
「ええ、そうです。……ちょっと、大丈夫?」
 さっさと着替えたらしいナナイがクローゼットの扉を叩くが私は窓に目が釘付けになっていた。……なんてことだ。……新年だな。
「大丈夫だ」 
 辛うじてそれだけを答え、簡単に身支度をするとクローゼットを出る。



 目が眩んだ。



 ……唐突に、自分がやるべき幾つものことが脳裏を過った。
「……『明けましてオメデトウゴザイマス、大佐』」
 上目遣いに私を睨み付けながら部屋に入ってくるギュネイを、笑顔で見つめる。
「ああ、おめでとうギュネイ。……昨晩は楽しかったか?」
 そうだ、年が明けた。



「……今年は忙しくなるぞ」
「そうね」
「……なんであんた達そんなに楽しそうなんだよ」
 すっかり素に戻ってしまったギュネイがボソリとそう呟く。しかし、私は楽しくて仕方なかった、



 だってこの一年は、きっと自分の生涯で忘れ得ぬものになる。











2008.02.28.







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