前回地球に降りた時よりは余程早く、そして順調に宇宙に戻ってくる事が出来た。
「……お帰り、大尉!」
「やりましたねぇ、シュバリエ撃墜!」
「ありがとう、皆のおかげだよ」
「またまた〜」
 三日ほど前、意図せずして北米への降下を余儀無くされたアムロだったが帰艦の命令は早々に来た。今回の『サンタクローズテロ』(という名称で呼ばれる事になったらしい)の後始末にラー・カイラムは何故か回されず、ロンデニオンにすぐに帰投することなったのだが、その途中で地上とのランデブーに都合の良い場所を通るからそこで拾ってもらえというのである。艦隊自体が事後処理に回されなかった理由はおそらく、ボギーあたりが裏で暗躍したからだろう。動き回ったのは手駒のアムロ達だが重要なところは我々が片付けますよ、という実に連邦上層部らしい理論だ。
 ともかく、そのおかげで二十七日の夜には無事ラー・カイラムに戻る事が出来た。落っこちた先が同じ連邦の基地だったから、ということもあるだろう。オークリーにはアムロを、壊れたリガズィと共に宇宙に送り届ける十分な設備があった。
「大尉、地球土産はないんですか!?」
 相変わらずふざけた事ばかり言っているサットンの頭を軽く小突いてから、まずは艦長室に向かう。ブライトは休息中で、艦橋から降りていると聞いたからだ。
「……ただいま」
 艦長室の前に立つ警備兵に軽く目で合図して、いきなりそう言う。
「お帰り。……開いている、勝手に入れ」
 部屋の中からいつも通りのブライトの声がして、ああ、戻って来たな、と実感した。



「身体は何処も悪く無いか」
「……」
「悪いのか」
「……いや、ちょっと筋肉痛が……」
「年だな」
 休む直前だったらしくブライトは部屋着の前を整えながら寝室から出て来る。アムロは少しむっとした。まあこれは、地上でウラキに同じ事をさんざん言われた後だったから、ということもある。しかしウラキは同い年だからまだ我慢出来るが、ブライトは僅かとはいえ年上だ。……つまらない顔のまま、それでも一番に報告しなければと思っていたことを伝えた。
「後は、ちょっと、またリガズィを壊しちゃって……」
「そんなことは気にするな、と何度言ったら分かる。だからこそ新型機の話も進めている」
「アストナージ、また怒るだろうな」
「いや、あれはきっと喜ぶぞ?」
 執務室から繋がる居間のソファを勧められ、そこにようやっと腰をおろすとブライトは酒を持ち出して来た。
「一年戦争の頃にガンダムと一緒に家出した人間の台詞とは思えないな。ずいぶんと周りの人間に気を使うようになったものだ」
「ガンダムと家出したのはセイラさんだろ?」
「お前もだ」
 蒸留酒よりは発酵酒の方が好きなブライトがグラスにワインを注ぎ、アムロに差出す。アムロはそれを受け取った。目の前のテーブルの上には、差し掛けのチェスボードがあった。
「……で、どうだった」
 ブライトが向側に座り、随分と抽象的な質問をする。……アムロは長い事沈黙した。



「……オークリーの飯はかなり不味かったな」
「そういう事じゃない」
 もちろんそれはアムロも分かっている。……一口ワインを飲み、それから肩を軽く竦めてこう続けた。
「シュバリエを追ってた時にはな。……テロの真っ最中には、シュバリエを止める事にあまりに必死で大して考えもしなかったんだが……地上も、酷いもんだった」
「……」
 ブライトはゆらゆらとグラスを回し、そう思いつめた風でもない顔でアムロの言葉を聞いている。
「……降りてみたらさ、本当にウラキ大尉しか残って無かったんだ。オークリーって言ったら北米でも二、三の指に入る大きな基地だぞ? それが、勝手にしろよとばかりに基地司令以下全員が逃げ出しててさ。残ってたのはウラキ大尉と、その周辺の若手の整備兵達と、何故かアナハイムからやって来た民間人だ。だけどそこで、阿呆みたいにコウが笑ってんだよ。……分かるか? 大丈夫だ、こっちは何とかするからお前は安心して落ちてこい! ……ってさ、」
「……」
「本当に阿呆みたいに立ってたんだ、あいつ。焼け野が原の真ん中にたった一人で、手をぶんぶん振って。……なあ、ブライト」
「……何だ」
「『軍』って何だ。……『地球連邦軍』って、一体何だ。最後の最後に個人の判断に任せて皆裸足で逃げ出す、『地球連邦軍』ってだから何だ」
「……」
「宇宙も地上も大して変わらない……こんな風だから」
「アムロ」
 ワインのグラスを空にして脇のボトルに手を出そうとしたアムロをブライトが止めた。
「……こんな風だから、シャアに馬鹿にされるんじゃないか……!」



 ブライトは長いこと何も言わなかった。ただ、チェスボードからポーンの駒を取り上げ、掌の上で二、三度転がし……それから言った。
「手紙が届いてる」
「……は?」
 立ち上がると彼は、執務室の机に向かい、そこから一通の封書を取り出す。
「お前が留守だったので私が受け取っておいた」
「遅れて届いた『クリスマスカード』……って訳じゃなさそうだな」
 その返事を聞いてブライトは面白そうに「随分旧世紀の風習について勉強したな」と笑う。
「渡そうかどうしようか迷っていた。今どき、封書で手紙が届く時点で充分怪しいからな」
「……」
 アムロは無言でその手紙を受け取った。……アナログ媒体で時たまに、ふっと届く手紙。妙に既視感がある。
「が、まあ。……私にはこの手紙を止める義務も、検閲する権利も無い。受け取れ」
「……」
 その場で、ブライトの目の前で手紙の封を切る。
「今の台詞を聞く限り、妙に絆されて情を覚える事なんか無いだろうと確信出来た」
「……」
 アムロの掌には、おそらく市販されているのであろう安っぽい『引っ越し案内』のグリーティングカードが載っていた。書いてある言葉もたった一言だった。



---引っ越しました。 シャア・アズナブル---



 綺麗な青いインクの、手書きの文字。それには本来在るべき旧住所も、そして一番重要な新しい住所も書かれていない。簡潔な事実だけが書かれていた。冗談の様な引っ越し案内状だ。……伝えてどうする。
「……寝る」
 アムロはそれだけ答えると、ソファからゆっくり立ち上がった。……だから俺に、それを伝えてどうする。
「一人で寝れるか? ……寂しくて泣き出すんじゃないか」
 ブライトが妙に面白そうに、艦長室の戸口まで見送りながらそう返す。
「眠れるさ。これまでもそうしてきた。……俺はシャアとは違う」
 ああそうだな、とブライトが呟きながら扉を開く
「……アムロ」
「何」
 アムロがカードを握りつぶしているその左手を見ながらブライトがもう一度言う。
「おかえり」
「……ただいま。……さっきも言った、ブライト、物忘れが酷いな。……年じゃ無いのか」
 ブライトは声をあげずに、だが心から楽しそうにまた笑った。



 艦長室を辞して自分の部屋に向かう途中でアムロは一瞬、医務室に寄る事を考えた……が、止めた。落ち着け、俺はただの筋肉痛だ。
「……くっそ……っ!」
 エレベーターの中で、誰も見るものが居なくなって初めて拳を壁に打ち付けた。……もらった手紙をぐしゃぐしゃに丸め、握り締めたまま。
「いいかげんにしろよ……!」
 手紙はもう原形を留めない。
 しかしこの胸の奥に残る、
 異様に燃え滾る感情は何だ。
 ---0091年、十二月二十七日。











2008.02.10.







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