「サットン・ウェイン少尉。……何故自分が呼び出されているのか分かるな?」
「分かりません!」
「……少尉には、納得出来ないかも知れないが……」
「ええ、全く納得来ませんね!」
「……」
アムロは先ほどからブリーフィングルームの中で、一人の年若い士官と向き合って居た。
「……年は幾つだったっけ。」
「今年二十歳になります。」
……ってことは、まだ十九歳か。アムロは溜め息をつきつつ、テーブルの上の紙切れを持ち上げた。
「いいか、ウェイン。これが何だか分かるな?」
「『始末書』です。」
「……そうだ。そして、これは提出しないといけない事になっている書類……」
「だから、嫌です!」
サットン・ウェインは、先月の地球降下作戦の時にリガズィを操って居たパイロットだった。
……そして地球連邦軍は『破損時に搭乗していたパイロット』の始末書を添付しないと、モビルスーツの修理が始められない仕組みになっていた。
「勘弁してくれよ、ウェイン。……このままじゃ何時まで経ってもリガズィが修理出来ない。」
「だから、嫌です! ……大尉を助ける為に地球に降りたんですよ!? なのに、始末書って何ですか!」
「それが、組織というものだよ!」
思わずアムロも声を荒げてしまった。……年甲斐も無く。ハッと気づいて目の前の若いパイロットを見ると、やはり傷付いたような瞳で自分を見ている。
「……納得出来ません!」
「……あのなぁ!」
彼は頑固だった。……そして、何にこだわっているのかも痛いほど分かった。自分も昔そうだった。だからこそ分かるのである。……アムロは頭を掻いた。
「……納得出来なくても、サインくらい出来るだろ?」
「嫌です!」
「……」
押し問答とはまさにこのことだ。……アムロは暫し考えた。
「……どうしても嫌だというなら……艦長に報告するぞ。」
その際には、自分の隊長としての『管理不行届』も問われてしまうだろう。
「言えばいいじゃないですか。……でも、俺はサインしませんからね!」
「営巣入りになっても?」
「構いませんよ、」
「下手をすると除隊だぞ、二度とモビルスーツに乗れなくなるぞ!」
「……」
ウェインの頑なさは想像を超えていた。彼は黙ったが、それでもアムロを睨み付けて来た。
「……参ったな。」
アムロは天井を見上げた。……十代の血気盛んなパイロットというのはこんなにも扱いづらいものだっただろうか。かつての自分自身を思い出してブライトの辛抱強さが身に染みた。
「……これまでの経歴は。」
ブリーフィングルームは五分ほど沈黙に満ちていたが、やがてアムロは思い出したようにウェインにそう聞いた。
「……旧北米、カンザス出身、ナイメーヘン就業後、陸軍オークリー基地で実地演習。訓練終了後、第四軌道艦隊に所属。」
ウェインは、パイロットとしてはかなりのエリートコースを辿っている。もちろん、そんなことは当に知っていた。ロンド・ベル隊が増強される際に、選びに選んでスカウトした優秀な要員だったからである。しかし改めて確認したかった。
「……宇宙軍を志望した動機は。」
「子どもの頃の夢が『シャア・アズナブルになる』ことだったので。」
「……」
もちろんそれも知っていた。……今十九歳なら、一年戦争の頃は八歳にも満たない。そういう人間も増える頃だろう。
「……なあ、ウェイン。」
「何ですか、大尉。」
「……これが『大人の現実』だ。……始末書にサインをするのはどうしても嫌か?」
「……」
ウェインは黙った。……アムロは肩を竦めながら、もう一つだけ質問をした。
「……訓練教官は誰だった?」
「……コウ・ウラキ大尉。……オークリー基地の、コウ・ウラキ大尉です。」
やはりかなりのエリートコースだ。オークリー基地のウラキ大尉と言ったら、連邦軍のモビルスーツ訓練教官としては右に出る者の居ない逸材として有名だ。アムロも名前くらいは知っている。会議で二、三度会ったような気もする。
「……分かったよ、もういい。サインはしなくていい。」
アムロは遂にそう言った。……ウェイン少尉は驚いたように顔を上げた。
「……でも……」
「勝手にしろ。……俺はもう諦めた。」
「……でも……!」
彼は食い下がった。……しかも、変なところに。
「……これで軍を辞めなきゃならない、ってんなら大尉に聞きたいことがあります! ……カイ・シデンさんが言ったんです。『後方支援型』のガンダムに乗ってた、って。……そんなの昔、あったんですか?」
「……」
ああ、そりゃ『ガンキャノン』のことだろう……と言いかけてアムロは口をつぐんだ。
「……馬鹿か、お前。」
彼は頑固だった。……そして、何にこだわっているのかも痛いほど分かった。自分も昔そうだった。だからこそ分かるのである。……アムロは頭を掻いた。……こういう人間は、嫌いじゃ無い。いや、嫌いになれない。
……十代の血気盛んなパイロットというのはこんなにも扱いづらいものだっただろうか。しかも、俺はそういうのが嫌いじゃ無い。……むしろ好きだ。
部屋に戻ってすぐ、連邦軍のデータベースから『コウ・ウラキ大尉』のメールアドレスを探し出して手紙を書いた。北米、オークリー基地宛てに。
『サットン・ウェイン少尉が言うことを聞かない。 アムロ・レイ』
一時間も待たずに返事が届いた。
『彼はセロリが食えない。 コウ・ウラキ』
ウェイン少尉の食卓に、その後三日間立て続けにセロリが並んだのは言わずもがな、である。
……三日後、ウェイン少尉から『始末書』が提出された。
2006.09.21.
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