引き上げられたRe-GZ(リガズィ)は惨々たる有り様だった。
報告を受け、格納庫への呼び出しを食らったアムロは、頭が痛くなるのを憶えた。
……どうしたらアストナージに最小限しか怒られずに済むか。
「大尉! アストナージがお待ちかね!」
「やあケーラ。今日も美人だね。」
格納庫の入口あたりでケーラ・スゥ中尉と擦れ違う。大尉もね! と笑いながら、ケーラは通路の方に流れて行った。アムロは恐る恐る格納庫に顔を出した。
「……大尉、それは俺の女だ。」
「知ってるさ。」
出来るだけ遠慮がちに格納庫へ出る。……今、艦はロンデニオンに帰港している。そこで、一ヶ月ぶりに引き上げられたリガズィと対面することとなった。
「……足周りがベッコベコだ。」
「パイロットは誰だったっけ、」
アムロは頭を掻きながらリガズィの前に立つ。
「ウェインだ。」
「……重力下仕様にして降ろしたんだよな?」
「当たり前だ。……大慌てでやったさ。ブライトがリガズィを降ろす、って聞かないもんだからな。」
俺を助ける為にな。……一ヶ月ほど前の大騒ぎを思い出して、アムロは居たたまれなくなった。
「ウェインなら、そんなに変な使い方はしなかっただろう?」
「しなかった。ただ奴は若くて、地上戦の経験が無さ過ぎた。それでこの有り様だ。……俺はもう知らないから、後はブライトと相談してくれよ。」
チベットの屋敷にモビルスーツ三機を降下させて、回収出来たのはこの一機だけだった。……残りのジェガン二機も、別に壊れた訳では無い。ただ、金が掛かるのだ。
「……分かったよ。」
モビルスーツを宇宙に上げるには、それだけ金が掛かるのだ。手を回して、「Zなのだから」と上層部に頼み込んで、それでもリガズィ一機を引き上げるのが精一杯だった。たかがジェガンを宇宙に上げるくらいなら、新しく宇宙で補充しろと言われた。
「……」
アムロは肩を落しながら無言で格納庫を出た。……ブライトに何と言って切り出せば良いだろう。
「……入れ。」
格納庫から繋ぎを着たまま艦長室に顔を出すと、ブライトはデスクで書類に目を通しているところだった。
「……どうした。」
「ブライト、俺のこと愛してるか?」
「……予算の話か。」
ブライトは呆れたように目を上げて、書類を閉じた。そして、目の前のソファを指差した。
「……リガズィは直りそうなのか。」
「まあな、直るだろう。……だが……」
「その金でジェガンが五、六機買えてしまう、というのだろう。」
「……そうだ。」
アムロがソファに座ると、コーヒーが運ばれて来た。ブライトはコーヒーが好きだ。
「……仕方が無い。お前をジェガンに乗せても意味が無い。」
「いや、まったく意味が無いとは思わないが。」
そこでコーヒーがあまりに熱くてアムロは叫び声をあげた。そして少しこぼした。ブライトは呆れたようにハンカチを差出す。いや、機体がジェガンだったら、『ジェガン程度』に、俺も働けるはずだ。
「私は、勿体無いことはしない主義だ。」
「……プラスは残って無いか。」
「ZPlus(ゼータプラス)? ……リガズィより性能が劣るぞ。というよりそもそもプラスは重力下仕様だろう。」
「プラスを宇宙用にリファインした方が……今回のリガズィの修理代より安いかもしれない。」
「……なるほど。」
ブライトは少し考えた。……アムロは下を向いて居た。こういうのは苦手だ。予算折衝とか。コーヒーの染みが腿のあたりに出来た。でもまあ、いいか。どうせ作業用の繋ぎだし。
「お前はどうしたい。」
「……」
「リガズィを直したいのか、それとも、もっと性能の劣る、他の機体で我慢出来るのか。」
「……」
答えは分かり切っている。……だが、ここで俺が我が儘を言っても予算は通らない、と思った。
「……今回の降下作戦だがな。」
「なんだって?」
すると、ブライトが話の切り口を変えて来た。
「降下作戦だ。……お前を取り戻す為に、チベットにモビルスーツを三機降ろした、あれ。」
「……あぁ。」
アムロは曖昧に答えた。……分かってるよ、それでリガズィは壊れたのだから。
「三倍掛かった。」
「……は?」
アムロは顔を上げて聞き直した。
「……何の三倍?」
「この前の演習の三倍、予算がかかった。」
「この前の演習……って、例の総合演習の事か?」
「そうだ。……あの演習の三倍金がかかった。……もう何処にも行くな。乗りたいモビルスーツにくらい乗せてやる。それより、取り戻すのに金がかかって仕方ない。」
「……」
アムロは絶句した。……何だって? あれだけ申請して、頼み込んで、準備をした演習の三倍かかっただって? ……俺一人を取り戻すのに?
「……ば、」
「馬鹿じゃ無いのか? と言いたいのだろう。……馬鹿で結構だ。……長く艦長をやって来た。しかし、お前の代わりは何処にもいない。……始末書くらい何枚でも書くさ。」
挙げ句の果てにブライトはこう言った。
「……作った方が早いのだろう。」
「……その通りだよ。なんで分かった。」
「……とりあえずリガズィは修理しろ。……その上で、新しい機体の開発用予算を、改めて申請すればいい。……シャアのおかげで、予算がついた。」
宇宙世紀0091、十月末。地球連邦宇宙軍、第四軌道艦隊所属ロンド・ベル隊から『新規機体開発の為の経費申請』が、経理に対して正式に行われた。
「……そこまで予算を分捕ってくるとは、思わなかったよ。」
「なんだ。……誉めてるのか、アストナージ?」
アムロは面白そうに首を傾げる。アストナージは苦笑いしながらスパナを放った。
「一つ聞きたいんだが……カミーユの設計は……そんなに頂けなかったのか?」
「まさか。」
修理を手伝っていたアムロは、愛おしそうにリガズィを撫でる。リガズィはZガンダムの汎用型だが、Zガンダム自体の設計がそもそもカミーユ・ビダンに因る。
「Zはいい機体だ。……ただ、細くてヤワすぎる。」
「何だって?」
二人ともパネルに顔を突っ込んでいて、今一会話が繋がらなかった。
「……柔らかすぎる、と言ったんだ。……俺にはもっと、無骨なガンダムが向いてる。」
「……そんなもんか?」
「……そんなもんだ。」
アムロ自身の設計に因るRX-93……『νガンダム』が完成するまであと二年。
2006.09.11.
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