「……機雷除去?」
「そうだ。」
 地球に降下し、怪我を負って帰って来たので実に二ヶ月ぶりとなる作戦会議に、アムロは出席して居た。
「専門の部隊があるだろう。」
「それで間に合わないので我々が呼ばれた……ということらしい。」
 時に、0091十月末。



 その日、ラー・カイラムの会議室には艦隊の全ての艦から作戦士官が呼ばれて居た。作戦士官というと響きはいいが、要はモビルスーツ隊の隊長達のことだ。アムロ自身は旗艦の作戦士官である。
「場所は?」
「サイド3と月の間。……第二マジノの辺りだな。」
 第二マジノとは、旧世紀の第一次世界大戦でドイツとフランスの国境に存在した「マジノ線」にひっかけて名付けられた、連邦と旧ジオン公国の国境線のことである。
「あの辺りは確かに一年戦争以来、機雷が多い宙域です。……しかしまた何故、今になって。」
 機雷とは地上でいうところの地雷だ。すぐには爆発しないのだが触れると炸裂する為、主に敵の足留めをしたい箇所に大量に布設される。
「十二年経っても片付かないくらい、量が多いということなのだろう。それに、この宙域の再開発にコロニー公社が乗り出したのも最近だ。」
 ブライトはさして疑問に思わないらしく資料を差した。
「第二次世界大戦で全島が艦砲射撃を受けたオキナワの不発弾処理に百年。……空から蜂の巣にされたベトナムの修復に百五十年。地雷の仕掛け合いになったカンボジアの復興に二百年を、人類は要した。」
「……」
「そしてイラクは未だに地雷の巣だ。……確かに十二年では片付かんよ。」
「……気に入らないな。」
 他の作戦士官達はしかつめらしくブライトの話を聞いていたのだが、アムロは不満を口にした。
「上層部には他の魂胆があるんじゃないのか。……サイド3の周辺が機雷で埋め尽くされているのは昔からだし、今になって掃除を手伝えだなんて、きっと今回の事は裏がある。」
「裏があるとしてもだ。」
 ブライトはめげずに言った。
「サイド3がテロリストの温床なのもまた確かな事実だ、そこへの快適な航路が開けると言うんだ。……そう無駄な作業でもあるまい。」
「……」
 アムロは黙った。……宇宙艦隊が『戦闘』では無く『作業』をする時点で、既に無駄じゃ無いのか。他の作戦士官達は少しハラハラしてそんな二人を見て居た。大隊長のブライトにこの艦隊でこれだけ言いたい放題の事を言えるのはアムロくらいのものだ。しかしブライトの中で、今回の『機雷除去作戦』への参加は決定しているらしい。それでは俺が反対したところで全く無駄なのだろう。
「……ま、それじゃ、参加したら。」
「よし。……では、部隊を派遣する。ラー・エルムとラー・ザイムの二艦はイチゴーフタマルをもって現任務を解除。サイド3宙域に向かい、以下は現地司令官の連邦宇宙軍所属第二軌道艦隊アイオン隊、ファーギー・ウィクロフト中将の指揮下に入れ。」
「……女ですか。」
「女だ。期間は二週間。」
 ラー・エルムの作戦士官が少し嫌そうな顔をしたが、ブライトはさっさと話を進めた。
「次の議題。……なんだこれは。」
 議事録を見たブライトが面喰らったようでそこで言葉を詰める。
「なんだ。」
 アムロは聞いた。……すると、ブライトが自分の方を見て首を竦める。
「次の議題。『アムロ・レイ大尉の快気祝の提案』……だそうだ。」
「……」
 アムロは呆れて他の士官達を見渡しだ。
「……誰だ、会議にこんな議題を出したの。」
 ……三秒ほど顔を見合わせてから、ブライトとアムロ以外の、全員が手を上げた。



「……ブライト!」
 艦長室が深夜の来訪者に襲われたのはその日の深夜である。
「入れ。」
 言う前に既にドアが開いて居た。……アムロである。あからさまに酔ったような、頬の赤い顔をしている。そのまま部屋に転がり込むと、執務室のソファに勝手に座り込んだ。……それから大声で叫ぶ。
「……水!」
「……」
 艦長室の前に立つ警備兵が呆れたような顔で部屋の中を覗き込んでいることに気づき、ブライトは手を振ってそれを下がらせた。
「飲んだな。」
「……そりゃあもう、大量に飲んださ!」
 提案があった『アムロ・レイ大尉の快気祝』は食堂で華やかに行われたはずだ。……自分が許可を出し、作戦士官達は舞い上がって喜んでいたのだから。しかし、ブライト自身は参加を遠慮した。……全艦の作戦士官と、それから旗艦のパイロットまでが一斉に参加する飲み会に自分まで参加してしまっては、有事の時にあまりに無防備だと思ったからだ。
「今何時だと思っている。」
「さて何時でしょう。」
 アムロはとろんとした目でブライトがもって来た水差しを受け取った。……しかし、それを手に取ったまま動かない。コップはテーブルの上にある。
「……めんどうくさいな、このまま……」
 と、次の瞬間アムロが水差しからそのまま水を飲もうとした! ブライトは慌てて水差しを取り上げた。
「……馬鹿か、お前!」
「ばかでけっこう!」
 水まで私がコップに移してやらないといけないのか! ……そう思ったが仕方が無いので注いでやった。
「飲んだら出て行けよ。」
「いやです! まあ聞いてくれよ、ブライト……」
 何だと。大体誰だ、と思った。アムロはかなり酒に強い方だ、それを誰だ……ここまで泥酔させたのは!
「何次会までやった。」
「……たぶん四次会くらいまで? そうしたら、最後は俺の部屋で飲むって言って、聞かないんだ……」
「誰が。」
「……誰だっけ。三人くらいが。」
 アムロは水を飲み干すと、ソファーの上で今にも眠りそうな様子に見えた。
「おい! だから寝るなら自分の部屋で、」
「それがダメだから来たんだろう! なんか、俺の部屋で飲んだ奴らが勝手に寝ちゃってみんな、それで俺のベットが占領されていて……!」
「だからと言ってここに来るな! 迷惑だ、仮眠室の簡易ベッドが幾らでも空いているだろう……おい、アムロ!」
 アムロは本当に眠りかけていた。既に部屋着に着替えて居たブライトは慌てて脇に座るとアムロの首筋を掴んで起き上がらせた。
「アムロ! ……おい、アムロ!」
「眠い……おれ、寝る場所がないんだよ、ブライト……」
 ダメだこれは。……ブライトは盛大に溜め息を付き……それから内線で設備部に連絡を入れた。
『アイサー、こちら設備部。』
「私だ。……至急、艦長室に簡易ベッドを一つ。」
『……アイサー。』
 かなり訝しく思っているだろう施設部との連絡を切って、ソファの脇に戻ってくるとアムロは既に完全に寝ていた。
「……くそっ、」
 ブライトは舌打ちをした。……やられた。



 ふんわりと浮び上がって、大きなベッドに転がされる感覚があった。……ようし、俺の作戦は成功だ、とアムロはブライトの香りに埋もれながら思う。この艦で一番上等なベッドは何処だ? と言われたら、間違い無くそれは艦長室のベッドだ。……きっとそうだ。



 ……ああこのままこの優しさに埋もれてしまえたなら。



「……今回だけだからな!」
 呟きながらブライトが部屋を出て行くのが分かった。……アムロはにんまりと笑いながらベッドの中で丸くなった。……ブライトの香りがする。……一番上等なベッド、



 簡易ベッドで一晩過ごした為、翌日には体中が筋肉痛になった『紳士』なブライト艦長から当分の間「艦内での宴会」は自粛、というお達しが出されたのは、ラー・エルムとラー・ザイムが艦隊を離れ、機雷除去に出発した次の日の朝のことである。











2006.10.08.







しゅうかさんのリクエストにより、この話は『ベル&アムロ』ではなくて『ブライト&アムロ』になりました(笑)。……ベルの話も面白かったんだけどな(言いたい放題)。







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