+ 戦士の魂 +
「少佐は子供の頃、大きくなったら何になりたかったのですか?」
「・・・パン屋さん。」
「えっ。」
「・・・・・・・・・冗談だ。」
アクシズ艦隊と合流し、贈り物を受け取った後の
わずかな休息時間。
ちょうどパイロット食のプレートに載った
パンを口に運んでいたアナベル・ガトーはカリウスの問いに
そう答えてみせる余裕があった。
カリウスの方もここが
一息つくための食堂であると心得ているからこそ
戦い以外の話題を持ち出したのだ。
「それで本当は何になりたかったのですか?」
一年戦争の頃、
かなりの時間をガトーと過ごしたカリウスだったが
聞いたことがないなあと思う。
「・・・これといって・・・うーむ。」
昔を思い出そうという風に
少しうつむき加減でガトーは考えこんでしまった。
口先でごまかすということをしない、
・・・できないガトーである。
「私は、父がジャンク屋を営んでいるので
それを継ぐことになるんだろうなと思ってました。
あ・・・家は五人姉弟なんですが、
四人目で長男なんです。」
「そうか。」
そういえば、カリウスが昔忍ばせていた写真には
同じような顔がうじゃうじゃと写っていたような覚えがある。
「戦争がなければ、」
(今頃は・・・)
言葉が続けられずに
カリウスはパック入りの栄養ドリンクを飲む。
(家族か。)
アナベル・ガトーは一人っ子の上に
両親も亡くなっている。
家族という言葉が持つ暖かい響きが
懐かしくもあり羨ましい気もする。
母の記憶はほとんど無いし
学者だった父は
本を読んでいた姿が思い出される。
物静かで
書斎によく篭っていたけれど
ガトーが声をかけると
面倒がらずに何かと相手をしてくれた。
何度が教壇に立つのを見た。
何冊か本も書いていた。
(ああ・・・そうだ。)
父のようになりたいと
思ったこともあった。
確かに。
だが、母の後に父まで亡くして引き取られた祖父の元では
もう未来の夢を見ることは許されなかった。
生粋の軍人であった祖父の敷いた道が
真っ直ぐに伸びていた。
士官学校へ。
それから軍へ。
祖父の夢が自分の夢になり、
軍人になったことを一度とて後悔したことはないが、
それでもあのまま父が生きていてくれたら
別の道があったのだろうと思う。
学者でも。
サッカー選手でも。
パン屋でも。
「・・・少佐。・・・つまらぬことを訊いて申し訳ありません。」
先に食事を終えたカリウスが、
神妙な表情で謝る。
食事の手を止め、
黙りこんでしまったガトーの姿に
話の選択を間違ったと反省しきりなのだ。
「いや、そういうわけではないのだが・・・。」
ガトーもつい考えこんでしまったとはいえ、
カリウスが気にするほど
無愛想に見えたのは
けしてこの問いのせいだけではない。
ずしりと身体に重い疲労感。
戦いの連続。
緊張を強いられ
神経を研ぎ澄まし
自らの技と知力で
三年ぶりに駆けた宇宙。
胸躍る気持ちとは別の次元で
疲れているのも事実。
コクピットから解放されて
つい上官として振る舞うことを失念してしまった。
それだけカリウスには甘えられる部分があるのだろう。
共に戦い、生き抜いてきた同志として。
「やはりパン屋だな。
あんドーナツを初めて食べた時は
こんなにおいしいものがあるのかと思ったものだ。」
「・・・少佐どの。」
口先でごまかすということをしない、できないガトーは、
冗談だとわかる冗談をカリウスに言う。
・・・甘えてみる。
カリウスは嬉しい。
大尉と伍長の関係だった時、
憧れの目で見ていた人。
今は少佐と軍曹で
階級の差が変わったわけではないが
距離は縮まったような気がする。
カリウスはそれが嬉しい。
「サイド3におすすめのパン屋があるんです。
この戦いが終わったらご案内しますよ。」
「うむ。」
この戦いが終わったら
なおさら平穏無事ではいられないだろう。
男二人で
あんドーナツを食べる図というのは
どうだろうか。
わかっていても
ガトーとカリウスは今だけ夢を見る。
・・・その夢を糧に、再び戦場へと赴くために。
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