少佐の最後の時を見ることはできなかったが、少佐が最後の時にどんな顔をして何を思っていたのか、わかるような気がした。














鬼神















 地球圏での滞在許可期限を過ぎ、元来た航路を帰りつつあるアクシズ先遣艦隊の旗艦グワンザンのブリッジで、モニタースクリーン内に広がるいくつかの光点を見つめながら、どうして私はこんなに冷静でいられるのだろう、と考えていた。

 ・・・・・・・・・光点。そのひとつひとつが、誰かの命のあかし。とうとう帰ってこなかった見知った顔が幾人も脳裏に浮かんでは消えていく。だが、涙の一滴も出ない。なぜだ?



 それは、たぶん、隣に激しく泣きじゃくっている女がいるせいではないのか。誰はばかることなく、思いのままに、泣く女。ガトー少佐に頼まれて、カリウス自身がここに連れてきたのだが。それにしても・・・、



 女だけが、この場で浮いていた。まるで狂言回しの様に。



 『連絡艇をお貸ししよう。好きにしていいのですよ。』

 ユーリ・ハスラー艦長の思いやりのある一言が、ちゃんと耳に入っているのだろうか。女はゆっくりと顔を上げて、止まらぬ涙と共に、窓の向こうを見る。帰るべき場所がそこにある人間は帰るべきだ。カリウスは女の決断を助けてやる。

 「もうガトー少佐は帰ってきません。・・・アクシズには何もありませんよ。」

 そうして女は帰っていった。

 いったい少佐とどういう縁があったのだろう。・・・・・・・・・もう酒にまぎれて聞くこともできないのだな。















 宇宙世紀0083年11月13日01時19分、コードネーム『ヴァルフィッシュ』ことガトー少佐の駆るノイエ・ジールを意味するサインがモニターから消えた。



 カリウスは、女が消えて急に静かになったブリッジで立ったまま目を閉じ、重傷を押してまで戦いに挑んだガトー少佐のことを考えていた。



 (一緒に帰ってくれば、アクシズに向うこともできたのに、少佐はそうしなかった。)





 コロニーは落ちる。誰にも止めれはしない。私は使命を果たした。

 ・・・となれば、この身をあの男に与えてやってもいいのではないか?



 与える・・・いや違うな。

 確かな戦いぶりだった。油断すればこちらがやられるかもしれない。



 アクシズで私は何年待てば良いのだろう。

 人々がそれと気づくまで。



 ああ・・・戦いたい。



 我が力のすべてを振り絞って。

 そんな風に戦えたのはいつのことか?



 ぶつかって、ねじふせて、悪夢を。





 (ガトー少佐は、鬼神の如く戦い、そして逝かれたのだ。・・・間違いなく。)















 私は、少佐の最後の時を見ることはできなかったが、少佐が最後の時にどんな顔をして何を思っていたのか、わかるような気がした。



 (だから、生きるしかない。)



 木星圏であろうと、敗軍であろうと、この思いを、後の世に・・・・・・・・・繋いでいくために。





 やがてすべての光点がモニターから消え、青い地球そのものも消えていった。カリウス軍曹はひとり胸の内でガトーに誓う。



 (・・・繋いでいくために。)















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