モーラとキスして初めてわかった。
(俺は生きて帰りてえ。)
愚か者
0083年11月12日14時過ぎ。補給中のGP-03デンドロビウムに定位置を譲り、チャック・キース少尉の乗るジム・キャノンIIは、右舷側のモビルスーツデッキに格納されていた。ほとんどの武器を撃ち尽くしたデンドロビウムの整備が優先され、思わず空いた貴重な時間。キースは、モーラ・バシットの姿を求めて、左舷側のモビルスーツデッキの後方へと向う。そこではモーラが忙しそうに指示を出していた。ここは戦場で、・・・そして時間は乏しい。そんな中、きびきびと落ちついた表情で疲れを見せることなく働くモーラに、キースは落ちつくものを感じた。考えてみれば、年上のモーラは一年戦争を『兵士』として経験済みであり、デラーズ・フリートと先輩たちとの両方に振り回されているような自分とは、雲泥の差である。ひよっこの自分といっぱしのモーラ。その違い。だが悔しい、という感情はない。何もかもが目まぐるしく、ばたばたと足掻いている間に、物事が動いていく中で、モーラのような人と会えて良かったと思う。今この時にモーラの顔が見れて良かったと思う。・・・それに悔しいのは、むしろ・・・、
「キース!どうしたのさ?」
モーラが気づいて声をかける。同時に浮かぶ笑顔。だが、戦場には不似合いと判断したのか、意識して顔を引き締める。
「ちょっと・・・ね。」
さすがに、君に会いたくて・・・なんて軽口は出ない。そう言った方が俺らしいってわかってるんだけれども。
「な・・・なに?」
無重力をいいことに、キースは楽々とモーラの腕を引っ張って、少し離れた補充部品でいっぱいの棚の影に連れて行く。モーラの背よりも高い棚は二人を、整備チームの目線から遮ってくれる。向って立つと、モーラを見上げることになる。・・・でも悪くない。
「モーラ。」
「・・・・・・・・・」
いつになく真剣な声とそれ以上に真剣な表情を、モーラは黙って受けとめる。
「今度出撃したら、もう帰ってこれないかもしれない。だから・・・・・・・・・、」
(行け!キース!!)
・・・心の声。
背を伸ばして、モーラと唇を重ねようとするが・・・、
(なんてこったー!)
・・・・・・・・・やっぱり心のこえ。
届かないのだ!・・・ぴんと全身に力をみなぎらせても届かないのだ!・・・カッコ悪ぅ、俺って。
「バカだね。」
しかし天の恵みはちゃんとあった。一呼吸遅れてモーラが、その身体をぐいと曲げてくれた。あれよと思う間に、唇に柔らかい感触。ほんの一瞬だったけど、確かに。・・・そして二人の顔が離れた後の、こっ恥ずかしいような照れ。そして激しく思ったのだ。
(俺は生きて帰りてえ。絶対生きて帰りてえ。生きて帰ってモーラを抱きてーーー!)
デンドロビウムの補給は順調に進んでいた。コウ・ウラキはコクピットに座ったままで、その時間を休息に当てていた。モニターはオフにしてあるから、顔を見ることもできない。
(コウ!・・・降りて来いよ!!!)
人が変わったような親友をキースは気遣う。ひとつ戦いを終える都度、たくましくなっていくコウ。ひとつ試練を越える都度、厳しくなっていくコウ。ひとつ死を見る都度、余裕が無くなっていくコウ、遠くなっていくコウ。同じように士官学校に入って、同じように勉強して、同じ基地に配属されて、同じように戦ってきたつもりで・・・、それは悔しくないと言ったらウソになる。だが、
(おまえは、肝心なことをわかっちゃいない!)
「生きて帰りたいと思ってるか?」
ソロモンの悪夢と呼ばれた男を追うコウは、まるで死を追ってるみたいで。・・・それじゃだめだ。
「生きて帰らんなきゃ!」
ニナさんとやっときゃ良かったんだよ。愚か者め。・・・いや今からでも遅くない。その気があるなら、誰にも邪魔されないようにしてやるから。
生きて、帰ってきたいと、思えるように。
(絶対に。)
・・・・・・・・・この戦いを、チャック・キースもコウ・ウラキも、そしてモーラ・バシットもニナ・パープルトンも生き延びた。ただソロモンの悪夢と呼ばれた男は帰って来なかった。・・・が、キースには何の関係も無い人である。
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