0072.11.02.






 ・・・・・・・・・天使たちの群れ。















 だが、いつの年も、おのずと目を引く生徒がいるものである。















 朝の礼拝を終えて、教会から一斉にわっと出てくる生徒らを眺めるのは、なかなか良い気分だ。

 これから始まる未知の一日に、どの子も元気な顔を見せている。14、5歳といえば子供とは言えないかもしれない。だが、教職生活22年の私にとっては、どんなに生意気そうに見えても、ただのコドモである。

 そんな天使のような子供たちの中で、彼が気にかかるようになったのは、ごく最近。・・・たぶんこの夏で、回りの子より頭ひとつ分、ひょろりと背が伸びたせいかもしれないが、それだけではない。

 シルバーの髪も、バイオレットの瞳も、すっきりと整った顔立ちも、人目を引くが、やはりそれだけではない。



 彼の回りには、羊のごとく少年たちが群がっている。それでいて、彼の半径50cmぐらいは不思議と空間ができている。自然と輪の中に立つ彼を私の目が捕らえる。



 少年たちは笑い、彼は笑わない。

 少年たちは集い、彼は独り。





 もう冬が近いというのに、彼だけがブレザーを脱いでいる。暑がりとういわけでもなさそうだ。汗を浮かべる様子もない。

 ・・・・・・・・・涼しげに見えるその内に、熱い魂でも秘めているというのだろうか。










 彼の身上書をじっくりと読んでみる。・・・これも教師の特権。

 保護者は祖父、父母は死亡。彼の人を寄せつけ難い雰囲気は、そのせいか・・・・・・・・・その時、父親の名前に、私の記憶の何かが反応した。





 彼も天使の群れに入れるのだろうか。



 ・・・・・・・・・私は罠を張ることにした。










 私の研究室に呼び出された彼は、接点が見つからずに戸惑った顔をしている。風紀の面から生徒を指導する立場の私と彼が1対1で会うのは、これが初めてである。要するに、彼は優秀で模範的な生徒なのだ。




 「今度の学内試験でも、トップが維持できるといいね。」

 「・・・はい。」

 何気ない会話を続けながら、私は彼を観察する。ソファに足を揃えて座るのも、その背が伸びているのも、想像していた通りだ。さぁ、違う面を見せてくれ。



 「・・・・・・・・・ところで、この本は知ってるかね?」



 『二元論−コスモスとミクロ−』『地球と人類の未来』『飛ぶ−新世界−』

 彼にエサを与えてみる。



 「・・・はい。・・・・・・・・・いえ、読んだことは、ありません。」

 彼の頬に少しだけ赤みがさした。



 「君の父親の著作だね。・・・好きな学者だったよ。・・・・・・・・・惜しいことをした。」

 「・・・・・・・・・はい。」

 彼の視線が床をさ迷う。



 「君の年なら、もう難しくはないと思うが、読まないのかね?」

 「・・・・・・・・・読みたいと思っているのですが、絶版になってるとかで、手に入らなくて。」

 そう、私は知っている。

 その本は、表向きは絶版に、内実、発禁扱いになっているのだ。この育ちの良さそうな少年は、裏から手に入れることなど思いつきもしないだろう。



 ・・・・・・・・・父親の事故死がザビ家の手によるジオン派の粛清、との説があることも。



 私は、さらにエサを与えるべきかどうか、迷った。

 ・・・迷ったのだが、彼は、そっと本に手を伸ばそうとしていた。その顔は、いつもの険しさが消え、初めて14歳の少年に見えた。



 (まぁ、いい。もっといいタイミングがあるだろう。)



 彼は、私が貸し与えた本を胸に、研究室を出ていった。










 昨年、ギレン・ザビによる『優性人類生存説』が発表され、今年から公国内の学校では、公私を問わず、学年に応じた形でそれを授業に取り入れねばならなくなった。



 私はそれが息苦しかった。・・・・・・・・・私は彼に、それをぶつけたかったのかもしれない。















 噂される新型兵器の開発も、それを嫌った科学者の亡命も、・・・この国の行く末も知らずに、



 今日も天使たちの群れは、教会から教室へと向かう。・・・・・・・・・その顔を輝かせ。





















(2001.11.03)

絵:こーらぶ様











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