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・・・・・・・・・天使たちの群れ。
だが、いつの年も、おのずと目を引く生徒がいるものである。
朝の礼拝を終えて、教会から一斉にわっと出てくる生徒らを眺めるのは、なかなか良い気分だ。
これから始まる未知の一日に、どの子も元気な顔を見せている。14、5歳といえば子供とは言えないかもしれない。だが、教職生活22年の私にとっては、どんなに生意気そうに見えても、ただのコドモである。
そんな天使のような子供たちの中で、彼が気にかかるようになったのは、ごく最近。・・・たぶんこの夏で、回りの子より頭ひとつ分、ひょろりと背が伸びたせいかもしれないが、それだけではない。
シルバーの髪も、バイオレットの瞳も、すっきりと整った顔立ちも、人目を引くが、やはりそれだけではない。
彼の回りには、羊のごとく少年たちが群がっている。それでいて、彼の半径50cmぐらいは不思議と空間ができている。自然と輪の中に立つ彼を私の目が捕らえる。
少年たちは笑い、彼は笑わない。
少年たちは集い、彼は独り。
もう冬が近いというのに、彼だけがブレザーを脱いでいる。暑がりとういわけでもなさそうだ。汗を浮かべる様子もない。
・・・・・・・・・涼しげに見えるその内に、熱い魂でも秘めているというのだろうか。
彼の身上書をじっくりと読んでみる。・・・これも教師の特権。
保護者は祖父、父母は死亡。彼の人を寄せつけ難い雰囲気は、そのせいか・・・・・・・・・その時、父親の名前に、私の記憶の何かが反応した。
彼も天使の群れに入れるのだろうか。
・・・・・・・・・私は罠を張ることにした。
私の研究室に呼び出された彼は、接点が見つからずに戸惑った顔をしている。風紀の面から生徒を指導する立場の私と彼が1対1で会うのは、これが初めてである。要するに、彼は優秀で模範的な生徒なのだ。
「今度の学内試験でも、トップが維持できるといいね。」
「・・・はい。」
何気ない会話を続けながら、私は彼を観察する。ソファに足を揃えて座るのも、その背が伸びているのも、想像していた通りだ。さぁ、違う面を見せてくれ。
「・・・・・・・・・ところで、この本は知ってるかね?」
『二元論−コスモスとミクロ−』『地球と人類の未来』『飛ぶ−新世界−』
彼にエサを与えてみる。
「・・・はい。・・・・・・・・・いえ、読んだことは、ありません。」
彼の頬に少しだけ赤みがさした。
「君の父親の著作だね。・・・好きな学者だったよ。・・・・・・・・・惜しいことをした。」
「・・・・・・・・・はい。」
彼の視線が床をさ迷う。
「君の年なら、もう難しくはないと思うが、読まないのかね?」
「・・・・・・・・・読みたいと思っているのですが、絶版になってるとかで、手に入らなくて。」
そう、私は知っている。
その本は、表向きは絶版に、内実、発禁扱いになっているのだ。この育ちの良さそうな少年は、裏から手に入れることなど思いつきもしないだろう。
・・・・・・・・・父親の事故死がザビ家の手によるジオン派の粛清、との説があることも。
私は、さらにエサを与えるべきかどうか、迷った。
・・・迷ったのだが、彼は、そっと本に手を伸ばそうとしていた。その顔は、いつもの険しさが消え、初めて14歳の少年に見えた。
(まぁ、いい。もっといいタイミングがあるだろう。)
彼は、私が貸し与えた本を胸に、研究室を出ていった。
昨年、ギレン・ザビによる『優性人類生存説』が発表され、今年から公国内の学校では、公私を問わず、学年に応じた形でそれを授業に取り入れねばならなくなった。
私はそれが息苦しかった。・・・・・・・・・私は彼に、それをぶつけたかったのかもしれない。
噂される新型兵器の開発も、それを嫌った科学者の亡命も、・・・この国の行く末も知らずに、
今日も天使たちの群れは、教会から教室へと向かう。・・・・・・・・・その顔を輝かせ。
次
(2001.11.03)
絵:こーらぶ様
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