+ 別れ +





その時、302哨戒中隊の母艦である
ドロワのMSデッキは、ある種の活気に包まれていた。



「・・・あれだ。」

「ほう・・・・・・・・・。」

ドロワの外壁に寄り添うように、もうふたつ・・・いや、ひとつの艦影。

独特のシルエットを持つ、パプワ級補給艦。

そこから・・・



「これが?」

「・・・ああ、新型だ。」

09R(リック・ドム)が無重力空間を移動してくる。受け入れ作業だ。



ジオン軍の首脳部が当初見込んでいたように、
早期に決着・・・もちろんジオン側の勝利で・・・とは、いかなかったこの戦争は、
戦えば戦うほど、MSの性能及び重要性がクローズ・アップされ、
ひたすら、開発競争が進んでいた。

先行型・試作型との名をもらったタイプに至っては、
実戦と同時に、データ収拾まで兼ねる始末。

高い開発費用をかけて、わずか一機しか作られないことすらあった。



そんな中、ここドロワにも、3機のリック・ドム、つまり小隊一個分だけだが、

とにかく新型MSが運びこまれて来たのだ。



「まあ、内、ニ機は、俺とガトーで決まりだな。」

その様子をキャット・ウォークから眺めていた、
ケリィ・レズナー大尉が、涼しい顔で言ってのける。



「羨ましい、です。・・・レズナー大尉。」

隣に並ぶカリウス伍長が、ポツリと言う。



「ははは、俺が死んだら、お前に回るかもな。」

豪快に笑うケリィに、

「?!・・・そんなの、イヤです!!!大尉が戦死だなんて。」

「・・・バカだな、カリウス。
下手な感傷は、身体にも、戦場にも良くないぞ。」

「・・・はい。」

もちろん、カリウスの気持ちもわかる。

少しだけ真顔で、年下の新米伍長を見つめながら、
ケリィは、ポンッとその肩を叩いた。





その頃、『俺とガトー』とケリィに名指しされた、アナベル・ガトー大尉は、
MSのパイロットや整備兵が群がっている新型には目もくれず、
整備用ハンガーに固定されている、06Fの側に立っていた。

・・・・・・・・・ガトーの愛機である。



「大尉どの!」

大きく開いたコクピットハッチに上半身を突っ込んでいた整備兵が、
ふとその姿に気づいて、こちらに降りてくる。

主にガトーの率いるMS中隊の整備を担当している、軍曹の一人だ。



「どうだ・・・直りそうか?」

7時間ほど前の連邦との小競り合いで、
ガトーの愛機は深手を負っていた。

戦いそのものは、ジオン側の勝利であったが、
伝達回路に故障をきたしたカリウス機をバックアップして、
なんとかドロワに着艦させたものの、流れ弾をいくつか受けていた。

・・・身を挺してカリウス機をかばったのだ。



「よく燃えずに、たどり着いたものです。
今度ばかりは、大尉の運の良さに感心しますよ。」

装甲のあちこちが損傷し、
ジェネレータにも破損が見つかった。



「そうか・・・ジェネレータがな。」

MSの心臓とも言える主要な部分。それが、いかれたということは・・・



「バラして、補給用の部品にするしかないですね。」

「・・・うむ。」

気のせいだろうか、頷くガトーが寂し気に見える。



「パイロットの補充が遅れてますから、程度のいい06が、まだ2機ほどあります。」

かつて誰かが乗っていた機体。



「いや、さっき大隊長から聞いたのだが、あの09が、私に割り当てられるそうだ。」

「ああ、当然ですね。」

二人ともちらりと、リック・ドムが搬入されたスペースを見る。



黒と紫の装甲には傷ひとつ無く、
その輝きで回りの人間を吸い寄せるかのように立つ新型機。

そして、幾度かの過酷な戦闘をくぐり抜け、
大小さまざまな傷跡とともに、いつの間にか黒ずんだ装甲が、
パイロットと共に歩んできた時間と道程を感じさせる眼前の機体。



・・・・・・・・・生命を預けてきた、この機体。





「よし、まずは、大まかなパーツごとにバラすか。
・・・危ないから下がってください。ガトー大尉。」

整備兵はさっそく仕事に取り掛かる。



「・・・?。大尉?」

だが、ガトーが相変わらず、ザクの足元に立ったままで、
動こうとしないのだ。

・・・そして、その口から発せられた言葉は、



「・・・私も手伝おう。」

「とんでもありません!大尉殿は、休んでいてください。
それに、これは我々の仕事ですよ。」

ガトーの意外な申し出に、驚きつつも、
ほんの少しだけ、感情を害されたように、軍曹は告げる。



整備班には整備班のプライドがあるのだ。

もちろん、『慣らし』等、パイロットの手を必要とする時もある。

だが、これから行なわれる金属の塊の解体作業には、必要とは思えない。



「・・・・・・・・・もう、これが最後だから。」

そのガトーの表情は、たとえようもなく、おだやかで、
ドロワのMSパイロットの中で、一、ニの腕を持つエースとして、
一目置かれている男のものとは、思えなかった。



何か、愛しいもの、を見つめているような・・・



「あ・・・いや・・・こいつには、ずいぶんと世話になったからな。」

まるで照れ隠しのように、言葉を付け加える。



この男が、このザクに抱く気持ちが、軍曹にも伝わってくる。



・・・自分たちが、一生懸命、整備した機体、それがこんなに大切にされているのだ・・・



それがわかると、途端に、整備兵の機嫌が良くなった。



「わかりました。・・・でも、私の言うことは聞いてくださいよ。危ないですから。」

「・・・ああ、指示に従おう。頼むぞ。」



ガトーはザクの足に手を伸ばして、そっと触れた。





新型機と旧型機とが整然と居並ぶ、ドロワのMSデッキ。



その片隅で、解体されたザクの頭部に再塗装をしながら、アナベル・ガトーは静かに微笑んでいた。














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