+ 偉い人 +





「『グワデン』が着艦したって?」

「ああ。例の式典で本国に戻る途中だそうだ。」

302哨戒中隊の母艦ドロワは補給のため、要塞ソロモンに戻っていた。



港口が見渡せる通路の一角で、
アナベル・ガトー大尉とケリィ・レズナー大尉が立ち話をしている。



『グワデン』はグワジン級の大型戦艦で、
ザビ家の者かそれに近い筋の人間にしか与えられない、
ある意味象徴的な希少艦であった。

間近に、その姿を見れる機会は、そうそうないという訳である。



「おお。降りてくるぜ。デラーズ大佐だ。」

遠目に、金モールの軍服と、禿げ上がった頭と、整えられた口髭が確認できた。

ケリィは、着艦港に面した手摺に片肘をついて寄りかかり、
ガトーの方は、両腕を胸の前で組んだまま背筋を伸ばして立っている。

どこまでも、対照的な二人だ。





「ザビ家の親衛隊長に任命されたらしいじゃないか。・・・出世コースだな。」

「うむ。それでグワデンを拝領されたらしいが。」

「・・・俺は、ギレン閣下は、どうも性に合わん。」

「ケリィッ!!!」

辺りに構うことなく、そう言うケリィに『口を慎め』との意を込めて、
ガトーは、ほんの少しだけ語気を強めた。



性に合う合わないは、人間なのだから、確かにあるだろう。
だか、ケリィは一般市民でなく軍人なのだ。
・・・口に出すべきことではない。

ガトーは、そう考える。



「・・・誰も聞いてないさ。」

ガトーの気持ちはイヤというほどわかっている。

だが、ケリィは言葉を続けずにはいられなかった。



「俺は、ドズル閣下になら忠誠を尽くせるぞ。」

地球方面軍司令官だったザビ家の末弟、ガルマ・ザビが戦死したとの報が、
ここソロモンにも伝わっていた。

開戦当初は、ジオン軍圧倒的有利と言われなかったか?
それは俺たちを鼓舞するだけの飾言だったのか?

長引く戦争がもたらす影が、兵士たちの一部を覆い始めている。



「・・・ギレン・ザビ閣下は、すばらしいお方だ。」

ケリィの感じていることは、理解できる。

ガトーは、半分は真実だと思う言葉を述べた。



「ジオンの理想を実現するために、この戦いを勝利に導いてくれるだろう。」

だが、後の半分は・・・・・・・・・





ガトーの言葉に含まれる躊躇を読み取ったかのように、ケリィは重ねて言う。

「俺は、『ジオンの理想』という形のないものに、忠誠は尽くせない。
だから、ドズル閣下を、そのものだと思うのさ。
その方が戦うにも張りが出るしな。」

「ケリィ・・・。」

ケリィの言ってることが、正論に聞こえるのは、何故だ?

・・・だが、それでは、困る。

軍人としては、困るのだ。



「お前は、王道を往けばいい。親衛隊からもお呼びがかかるかもしれん。
・・・貧民街出身の俺には、無縁な話だ。」

「・・・。」

ガトーは、ますます言葉が継げなくなる。



それは、事実だった。

人類は、新しい世界と未来を目指して、地球を飛び出したはずなのに、
宇宙世紀においてさえ、階級社会が作られつつあるのだ。

移民のため、高額な借金を背負わされ、
無料で得られない空気を買うために、一生働き続ける人々。



支配し、支配される社会にこそ、安定を感じる一面があることも真実で、
人の本性が、それを捨てさせないのだろうか。



ジオンの理想は、それらとどう折り合いをつければ良いのだろう?



「親衛隊に、入る気はないぞ。
・・・・・・・・・私も、ドズル閣下を尊敬している。」

それが、今のガトーの精一杯の表現である。

ケリィは、口の端を持ち上げて笑ってみせた。皮肉っぽく。





二人のエースパイロットの鬼神のような働きにもかかわらず、

ここソロモンで、

宇宙攻撃軍司令官、ドズル・ザビ中将が、戦死を遂げたのは、

およそ、2ヶ月半後のことである。














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