誓い










 宇宙世紀0077年7月のその日、ジオン第一士官学校を包む空はきれいに晴れ渡っていた。気象管理局がそのように操作したからなのだが、その裏にはザビ家の意向が働いていることは明らかだ。校庭で行なわれる卒業式に雨風の邪魔が入らぬよう、今日という日に相応しく。しかしいくらエリート校の卒業式とはいえ、ニュースチャンネルの取材陣までやってきているのは、ザビ家のご子息がこの卒業生の中にいるからだった。

 戦時特令のため、わずか一年半で繰り上げ卒業となる学生達の胸には複雑な思いがあるだろうが、見せている顔はどの顔も誇らしげなものだ。



 卒業証書の授与や、校長の訓話、来賓祝辞に答礼、そしてお決まりの宙を飛ぶ帽子と歓声・・・。式典終了後、いよいよ大人の社会へと踏み出す息子たちを取り囲む父、母、家族らの嬉しそうな喧騒の輪を離れ、ひとりシャア・アズナブルは、グランドを出て、食堂、寮の前を通り、・・・別にどこへ行こうという気があるわけではなかったが、卒業を祝ってくれる家族もいない身では、ただそうするしかなかった。校舎に別れを告げながら、これでこの学校も見納めになるのだろうな、と足の向くままに歩いていたわけなのだが、サスロ・ザビ記念聖堂前にたどりついたところで、ふと、あの樹のことが心に浮かんだ。

 聖堂の奥には不幸にして在学中に亡くなった学生や教官たちの(軍人になるための実習があるということはそういう危険もあるのだ)墓地や追悼館があるのだが、年一回の追悼式典以外、訪れる者もほとんど無く(ここに墓があるのは、身寄りのない者であるから)、この緩い傾斜のついた一群の墓標の先に80フィート近い高さの一本の樹があることを気に留めている者はなおさら少なかった。

 墓の間の小道を通って、樹の元へと歩いていく。幹に触れると、ごつごつした感じが手の平に伝わる。見上げるとこれでもかというぐらいに濃い緑の葉が揺れている。幹に寄りかかると、眼下に白い墓標。・・・それから聖堂の壁、窓のステンドグラス。向こうに霞むは校舎。それに一年半の家でもあったリンダーゲルン館とエトバスカルテス館とグリューネバルト館。・・・もう懐かしく感じるような。・・・錯覚?それとも感傷??



 (・・・あの二人も、・・・ここでこうしてこの光景を見ていたのか・・・?)

 シャア・アズナブルが緑さす樹の下で、そんな目立たない樹が心に残ることになった記憶に浸りかけていると、

 「ここにいたのか、シャア!」

 それをさえぎる声。・・・聖堂の脇からのぞいた顔が、丘を駆け上がって来る。紫の髪を乱し、頬をかすかに紅潮させて。白い礼服の胸元に飾られた赤い薔薇とリボンが風になびく。シャアを見つけた嬉しさにか笑顔が浮かぶ。

 ガルマ・ザビとてここでは一学生に過ぎなかったが、今日という日をもってそれも終わる。現に卒業式が終わった途端、兄二人に挟まれたガルマにテレビ局がカメラとマイクを向けていた。無骨な軍人そのものの兄たちと違ってルックスもまぁまぁなガルマをザビ家のアイドルにでも仕立てるつもりか・・・とシャアは苦笑し、そんなガルマから離れてここに来たのに、あっさりと見つけてられてしまうとは。





 まっすぐに私を見つめる無邪気な君。

 ・・・・・・・・・疑うことも知らず。





 「何をしてたんだ?」

 そばにきて、ためらわず、その両手でシャアの両腕を握る。

 「・・・・・・・・・思い出していただけさ。」

 そうしてシャアはガルマにこの春に見た印象的な光景を、二人の上に緑の影を落とす樹の元で交わされていた会話を語りはじめた。










 4月の半ば、季節感の少ないコロニーの中で、それでも春と呼べた頃。急に繰り上げ卒業が決まった最上級生たちの不安を和らげようと、士官学校が用意したプログラムは、一足先に軍人となった先輩たちの生の声を聞かせることだった。

 ぴかぴかの少尉の肩章を光らせた軍服に身を包み、数十人の先輩らが学生たちの前に現れた。技術士官、航海士、MSパイロットにオペレーター、・・・知ってる顔もあれば知らない顔もある。なるべく色んな分野の先輩たちを派遣してもらったのだ。シャアが自らも進むことになるであろう教導機動大隊所属のアナベル・ガトー少尉の話を聞くことにして302教室へ入ると、すでに満員に近い状態だった。モビルスーツ乗りが最も人気が高いからであるし、一学年上で主席卒業だったガトー先輩を慕っていた者も多いからである。



 教壇に立ったガトーは、後輩たちに自分が知りえた軍隊というものを話して聞かせた。

 ・・・・・・・・・日々の任務や暮らしぶり、仲間とのいざこさ、上官の厳しさ、それでもホッとするひととき、必要とされる場所で、必要とされる力を、信じられる友と一緒に発揮したいと願い。・・・もっと上の自分に成れるのではないかと思い。

 「心配することはない。・・・最初は力の差を感じるかもしれないが、ここで培ったものがあればすぐに追いつける。もちろん、へこたれる時もあるだろうが、きっと仲間が支えてくれる。・・・同期の友が一生の友となるだろう。」

 隣に、こいつさえいれば、何の愁いもなく戦える。・・・それを言葉には出さず、ただちらと見るだけで、そこに感じる信頼。

 「この学校で過ごした時間は、今では宝物のように感じている。・・・それを大事に、諸君らも自分の信じる道を進みたまえ。」

 そんな言葉でガトーの講演が終わると、満場の拍手が鳴り響いた。ガトーの少し張り詰めたような表情が緩み、いくぶん恥ずかしげな笑みを浮かべて、退室していく。

 とたんにわーっと話し出す学生たち。・・・すっげーよな。かっこよかった。絶対モビルスーツのパイロットになる!・・・興奮さめやらぬ間に、誰もがやっぱりパイロットだよ、そうだよなーと叫ぶ。シャアとて気分は同じであったが、学年で二番の成績を維持してきた自分は希望通り教導機動大隊に配属になるであろうと信じて疑わなかったので、いくぶん冷静だった。それよりもガトー先輩に一言挨拶を・・・と、教室を抜け出す。

 ・・・風紀委員であったガトーには、なんどもお目こぼしをしてもらったのだ。知らぬ仲ではない。それに教導機動大隊でまた先輩後輩となることだし・・・・・・・・・。



 その頃、アナベル・ガトーはケリィ・レズナーと一緒に、墓地に眠る同期の友に向けて祈りを捧げていた。垂れた頭の上に薄紅色の花びらがひとつ・・・ふたつ・・・と降ってくる。長い沈黙の後でそろって顔を上げ、狂ったように存在を主張している樹の下へゆっくりと歩いていく。



 「・・・あっ?」

 聖堂の影を外れた二人の姿が、まだ遠いシャアの視線に入った。・・・その特徴的なガトーの髪型から一人はガトーだと推測できたが、もう一人は誰だろうかとシャアが小走りに近づいていく。

 「・・・・・・・・・ちっ。」

 どうやら相手はケリィ・レズナーらしい。・・・ガトーと違って酸いも甘いも噛み分けたようなケリィは、苦手な先輩だった。・・・このまま引き返そうかとも思ったが、早足をゆるめただけで、少しずつ二人との距離が縮まっていく。・・・表情が見てとれるようになると、ますます声がかけにくい雰囲気があるようで・・・・・・・・・。





 たたずんでいた。

 満開の桜の樹の下で。

 かけがえのない友と。





 二人は優等生と不良のコンビで回りから面白がられていたが、ともに腕は一級品。

 花びらを散らす風に銀色の髪がなびいて。金色の髪が逆立って。



 (何を話しているのだろうか。)

 シャアは悪いと思いつつ、足を止めることができない。・・・あまりにも激しい薄紅色の渦が、きれいで、はかなくて、・・・吸い込まれていくようで・・・・・・・・・。




 「なぁ・・・もし死ぬようなことになったら、・・・・・・・・・この桜の下で再会しようか。」

 「そうだな。・・・だが先に待っててはやらんぞ。」

 もれ聞こえた声。・・・・・・・・・シャアは、これこそが『事実』なのだと知った。



 言葉を尽くして後輩たちを励まそうとも、戦場の事実はそうなのだと。宣戦布告に向けて、着々と準備を進めているジオン軍を、先輩たちは肌身に感じているのだと。





 今日を生き延びても

 明日死ぬかもしれないと

 明日を生き延びても

 明後日には・・・・・・・・・、



 そう、思いながら。










 「シャア、・・・そんな風に言うなよ。」

 ガルマの声に時が引き戻される。





 「シャアは死なない。・・・他の誰が死んでもシャアは死なないよ。」

 白い礼服の袖をぎゅっと掴み真顔で語る君。

 ・・・・・・・・・疑うことも知らず。

 だからこそ君を殺さねばならない。





 「・・・そうだな。私は死なない。君を守らないといけないからな。」

 ・・・・・・・・・そう言うと、たちまち表情を変える君だからこそ。










 ああ、坂道を駆け上がってきた無邪気な君。・・・・・・・・・疑うことも知らず。



 その姿はもしかしたら自分だったのかもしれない。父ジオンさえ生きていたら。



 (君が憎くて。・・・いとおしくて。)



 だからこそ・・・。殺さなければ・・・・・・・・・。



 (無垢で純粋で私を信じている君を。)










 「春になったら、この『サクラ』の下で会おうか。」

 そんなセリフぐらいいくらでも吐いてやる。・・・・・・・・・『いい友人』の仮面をかぶるために。










 今はまだ、ガトーの、ケリィの、シャアの、ガルマの、誓いは果たされぬまま、生きていく者の上にあり続け、



 ・・・・・・・・・桜は、春に、ただ咲き、ただ散っていく。















+ END +










戻る















+-+ ウラの話 +-+



このお話は、こーらぶさんちの『儚くもくだらない』を読んで、
なら私はジオンだよ!ジオン!!と思ってしまったからできたものです(笑)。

・・・どうせ桜の季節は終わってしまってるので、
遅れついでに7月に合わせてみました。

管理人@がとーらぶ(2004.07.31)











Copyright (C) 1999-2004 Gatolove all rights reserved.