たとえば、それは、











 「ウラキ。」

 ・・・一年ぶりに聞いた彼の声。

 "Keep Out"の札の掛かった鉄条網の向こうに立つ男のシルエットは、確かに見た記憶がある。



 「なぜ・・・だ?」

 その"なぜ"が何を指したものなのか、突然のことに混乱する俺自身にも、わかってはいないのに。



 なぜ、ここにいるのか。

 なぜ、俺を呼ぶのか。

 なぜ、そんな格好で。



 そして、なぜ、あの激戦を生き延びたのか。



 たっぷり10分は黙ったままだった。俺もそれ以上は訊かなかった。


 二人の間を静かに流れる、しかし、気まずくない時間。



 ようやく、

 「敵を知らねば、戦いようがない・・・」

 それだけが、彼の口から出た。



 前は、口から生まれてきたような男じゃなかったか。

 苛烈だが真実の言葉を吐く舌は、どこへ消えた?





 二人で初めて飲んだ酒は、極上だった。

 もちろん、選んだのは彼だ。

 それまで、あまり好きじゃなかったはずの冷酒が、喉を通って、胃に達し、全身を暖かくする。



 ・・・ああ、酔うってのは、こういうことか。悪くないかもしれないな。



 酔った勢いで、訊いてみた。


 「なぜ、あの時、俺に止めを刺さずに行ったんだ?」

 わかりきったことだ。

 気を失った俺を、そのまま討てる男じゃない。

 それに、ソーラ・システムで味方まで狙い撃ちするような上層部の腐った連中と、俺とを、一緒には考えなかったってことだろ。



 だが、彼は、

 「ふっ・・・」

 と、まるで、あの時の戦いのことを懐かしむかのように、目を閉じて鼻白んだ。そして、何も、答えなかった。



 この笑い方は、間違いなく彼だ。腹が立つほど。





 表面上は理由もなく、付き合いが続いた。

 細くて切れそうな糸が二人の間に張っている。

 鋏を握っているのは、どっちだ?俺か、それとも彼か。



 大儀を見失った男と信じるものを無くした男。

 どっちの方が、より苦しいのか。





 夜風で酔いを醒ましながら、何回、二人で歩いたっけ。

 ちょっと遠くの酒場から基地までの道、だが彼は車に乗りたがらない。

 地球の大地を、自分の足で踏むことを、楽しんでるようだった。

 彼の落としたコロニーで荒れ果てた土地なのに・・・それは、納得できない光景だ。





 「私は、二度、死に損ねた男だ・・・」

 ふと漏らしたその言葉。



 「三度目の死に場所を求めて生きているだけかもしれんな。」

 聞きたくなかった弱音。彼の本音。



 俺は彼をどんな男だと思っていたんだ?



 「死ぬために生きるなんて、おかしいよ、絶対!」

 咄嗟に俺が言えたのは、それだけ。その大きな背中に向けて。



 ・・・振り返った彼が、笑った。ああ、こういう笑い方もできたんだ。

 戦場でさえなければ。



 俺が、引き込まれそうになるほど、無邪気な笑顔。





 足元を掬う暖かい波。

 夕日でオレンジ色に染まった海岸を裸足で歩いていく。



 気付いた時には、俺の右手は彼に握られていた。安心感のある大きな彼の左手。堅いような、柔らかいような、男の手。



 「手をつなごうか」なんて言う訳ないだろ。


 黙って歩き続けていて、砂の重みを足が感じるようになった頃、寄りかかるように、自然とつながれた二人の手。



 俺たちの間にあるものは、何だ?

 友情か。

 無くしたものへの哀惜か。

 あの時間を共有した相手への信頼、いや反対に、許しがたい憎しみか・・・・・・・・・















 それは、ベットの中。



 彼を知る誰もが、休みの日ですら、目覚ましの鳴る5分前には、起きていると思っているに違いない。

 でも、彼は、朝のまどろみが好きだ。



 眠りと目覚めを行ったり来たりしながら、珈琲を沸かそうとせっせと動く俺を見るのも好きらしい。

 ・・・時々目をやると、柔らかな視線が、俺に向けられているのだ。





 それは、一枚の絵のよう。



 雪深いフィンランドへの逃避行。

 いや、逃避行とは、飾りすぎだな。別に、本気で逃げようと思ったわけじゃない。休暇旅行さ。



 ただ、できるだけ日常でない場所へ行きたかっただけ。



 コロニー生まれの彼がポツリと言った言葉。

 「・・・雪、が、見てみたい。」



 銀色の景色に銀色の空気が漂う中、雪を手に受ける彼。



 その見事な銀色の髪が辺りに溶け込んで、俺は言葉に詰まった。



 たとえ一時でも、日常を捨てたかったはずなのに、こうして消え入りそうな彼を見ると、再会してからのすべての事が幻だったような気がして。



 彼が現実の人間でないような気がして。










 たとえば、それは、決して変わらないもの。



 口論でもキスでも殴り合いでもセックスでも変えられない。

 だから・・・・・・・・・





 もしもこれから先、でも、そう遠くない未来、俺たちが戦場で向き合うことがあったら、彼は全力で俺を倒しにくるだろう。



 そうしてもしも俺の方が倒れたら、俺のために心から泣いてくれるだろう。



 倒れたのが彼の方だったら、やはり俺も泣くだろう。





 でも、今は、頼むから、俺たちを・・・離させないで。















+ END +










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細かいシチュエーションとか、わざと書いてません。
先入観なしに読んでもらいたいなぁって。
実は、カップリングも明記したくなかったのですが・・・でも名前が出てるし(^^;)。

「ルナ・・・」とは、別設定の二人の話です。
・・・全然進んでないにも関わらず、ルナのラストは決まっているので、
それと違う結末の物語に、ふらふらと流れてしまいました。
すみません(><)。

管理人@がとーらぶ(2002.06.25)











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