くっ・・・
 まぶしい・・・
 光?
 ・・・・・・・・・真っ白な・・・・・・・・・
 ・・・?
 (チガウ・・・シロイ・・・テンジョウ、ダ。)
 「少佐?!」
 「ガトー少佐!!」
 (ナ・・・ニ・・・)
 「あぁ・・・また眠ってしまわれた。」
 「しかし、はっきりと目が開いたじゃないか。」
 「そうだな・・・良かった。」
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 それは、目が焼きつくかと思わせるほどの光だった。
 大気を通さずに光が届く宇宙空間での戦闘に備えて、MSもMAもモニターには機械的処理が施してある。つまりはパイロットの目に支障が出るような映像は、コンピュータが自動で明るさを加減してくれるということだ。
 それでも、爆発的に膨れていくその光は、自分を、そして今や自分と一体となっている愛機を捉え、灼熱の輝きで何もかも焼き尽くすに違いないと・・・
 白く輝く一面の光・・・
 ソーラ・レイ。
 そうだ。連邦の放った。
 私は、あんなものに倒されたのか。
 ・・・倒された?
 私が?!
 私は・・・死んだのか。
 ここは?
 真っ白で、何も見えん。
 ・・・話と違うでは、ないか。ふっ。
 ・・・・・・・・・くぅっ!無念な!!
 ホシノクズ、は・・・
 ・・・?
 誰だ?!
 唇を噛み締め、
 悔しそうな顔をした、
 黒髪の・・・
 貴様も、倒された者か?
 志し半ばで。
 ・・・ん?白いノーマルスーツ?
 連邦の?
 貴様、貴様は・・・
 「・・・コウ・・・ウラキ。」
 それは、かすれた微かな声だった。四六時中、この男が目覚めるのを、今か今かとすぐ側で待っていた者にすら聞き取れない程の。
 「少佐!」
 (・・・・・・・・・?)
 さっきまで目の前に、顔を歪めるほど計り知れぬ悔しさを堪えている男がいた。いや、いたはずだった。見たような顔だったが、輪郭がぼやけてはっきりしない。
 ・・・誰かが私を呼んでいる?
 「少佐ぁ!!!」
 「カ・・・カリウスか。」
 だんだんと固まり、一人の男の顔になる。カリウス軍曹。一年戦争時からのアナベル・ガトー直属の部下だ。
 (お前、か・・・)
 「わかりますか?ガトー少佐?!・・・あ、早く軍医を。」
 最後の一言は、ベッド脇に備え付けられているモニターへ向って発せられたものだ。
 (・・・・・・・・・)
 意識がはっきりしてくるにつれて、カリウスが真上から自分の顔をのぞき込んでいるのに気づいた。その後ろには白い天井が目に入る。身体の下がふかふかだ。たぶん、何か柔らかいものの上に寝かされているのだろう。
 ・・・ベッドの上、か。
 私は・・・・・・・・・助かったのか?
 シュッっと機械音がして、病室のドアがスライドして開いた。現れたのは、この艦専属の軍医だ。もっとも首ひとつ動かせないガトーからは、確認できなかったが。
 「おお・・・気が付かれましたか?」
 かなり年かさの、だが、大尉待遇の軍医は、丁寧に話し掛ける。
 「・・・あ・・・こ・・・」
 だが、応えようとしたガトーの口は自由に動かなかった。カリウスの名を呼んだ時も、肝心の相手には聞こえてなかったのかもしれない。
 「応えなくても結構ですよ。ちょっと身体を・・・失礼。」
 軍医は、ガトーの水色の患者服の胸をはだけて、聴診器を当てた。原始的な方法に思われるが、宇宙世紀でも触診はかかせない。腹部には白い包帯が幾重にも巻かれているのが、ちらりと見える。
 ・・・・・・・・・そうだ。
 モニターの光が収まった後、白い奴が、宙を漂っていた。
 近寄っても、何ら反応しなかったな。恐らくパイロットが、死んだか、いや、気を失うかでもしたのだろう。
 その機体は焼け爛れ、見るも無残なほどの・・・
 ・・・私の手足となって戦ってくれたノイエ。おまえの美しい姿も、あの時、
 「ノイエ・・・ジール、は?」
 何とか、声らしきものが、喉から出た。
 「どう・・・なったのだ?」
 「少佐・・・・・・・・・」
 カリウス軍曹は、言葉に詰まった。あの時、意識不明のガトー少佐を助け出すのに遣わされた5機の09のメンバーであった彼は、MAノイエ・ジールの最後を見届けた一人だったからだ。
 「少佐、一度に話しては、いけません。あなたは、ひどい傷を負われたのですよ。」
 カリウスの沈黙を見てとった軍医が、助け舟を出す。
 「そうです、ガトー少佐。今は、身体を直すことをお考えください。」
 ガトーにウソを言えないカリウスは、ごまかすこともできず、ただそう告げた。
 「ノ・・・イ・・・エ。」
 「大丈夫ですよ。これならすぐ元気になりますから。」
 触診を終え、ガトーの身体から伸びた導線の先にあるモニターをチェックしている軍医が、求められている答えとは、違うことを言う。
 (・・・・・・・・・うぅ。)
 ガトーの意識が再ぎ遠のき始めた。
 (・・・ああ、そうだ。コウ・ウラキ・・・と、いったな。・・・あの男。)
 「先生!大丈夫なのですか?これで!」
 「うむ、様態は安定しておる。これなら、もう心配はいらんな。後はもう少し回復してからでないと・・・軍曹も少し休みなさい。倒れても戦傷扱いには、ならんのだから。」
 睡眠時間を削ってまで、ガトーに付いていたカリウスを、軍医が冗談めかしてたしなめる。
 「はい。でも、いま少しだけ。」
 少佐の、側に・・・
 しばらくカリウスは、尊敬する上官の側で、静かに佇んだままだった。
 緑の草原。
 柔らかい光。
 駆け回る子供。
 跳ねる銀色の髪。
 ・・・・・・・・・私だ。
 ああ、夢だ。
 これは、夢だ。
 こんな夢は、もう何年も、見てない、な。
 だが、この後は・・・
 辺りを見回し、
 不安げな表情を浮べ、
 急に何かを探す子供。
 そうだ、いつもこの夢は、いやな夢なのだ。
 広い広い草原の真中で、自分は一人ぼっちだと、気づかされて、
 ・・・・・・・・・泣く。
 「くだらぬ。」
 突然、ガトーの口から発せられた言葉に、カリウスが顔を上げた。
 アナベル・ガトーが意識を取り戻してから、3日あまり。遥かアステロイドベルトの向こう、要塞アクシズを目指す艦列は、粛々と宇宙を航行していた。その艦の一室で横たわるガトーの逡巡など、思いやるべくもなく。
 眠ったり起きたりを繰り返していたガトーだが、大分起きている時間の方が長くなってきた。そしてカリウスはといえば、軍医の忠告を無視して、なるべく少佐の側に張りついていた。そうはいっても、最初の緊張が解けたせいか、傍らの椅子に座ったまま、眠る時間も増えている。
 「身体が動かぬとは、不自由なものだな。」
 「少佐・・・」
 昨日は、病状の説明を受けたのだ。後日、もう少し回復してから、と思っていた軍医が、命令口調で話す彼に負けてのことだったが。
 腹部の銃創。鎖骨を含む右肩部の骨折。左足脛部の圧迫骨折。多量の失血からくる脳の損傷の疑い。・・・明らかに重症だった。
 右手と左足、身体の両側を固定されて、動くこともままならない。だが少しも、心乱れた様子を示さぬその姿に、カリウスも軍医も、さすがはソロモンの悪夢と呼ばれたエースパイロットだと思わずにはいられなかった。彼は、やはり特別な男なのだと。
 「・・・カリウス、私はもう大丈夫だ。教えてくれ、あの時のことを。・・・恥ずべきにも覚えておらんのだ。怖い目にあったとでもいうのか、この私が。」
 わずかに回るようになった首を動かして、カリウスを見、いささか自嘲気味に問う。
 「少佐。それだけの傷を負われたのですから、記憶が無くても、不思議ではありません・・・」
 「連邦の追撃艦隊に終われ、包囲網をなんとか突破しようとした・・・それは、間違いない、な?」
 「・・・そうです。」
 カリウスは、今度こそ答えなければならないと思った。少佐の回復も順調なようだし・・・
 「その後が・・・はっきりせんのだ。だが、こうして生きているということは、アクシズ艦隊までたどりついたのだな?私以外に、何名助かったのだ?」
 「少佐・・・だけです。」
 「なんだと?」
 ガトーの顔が驚きに歪んだ。私・・・私は・・・
 「それ以前に、機体の損傷が激しいため、早々に艦隊に収容されていて助かった者はおりますが、あの最後の戦いを生き延びたのは、少佐だけでした。」
 「私は、部下を見捨てて、自分だけが逃げたのか?」
 「それは、違います。少佐!」
 (あなたが、そんなことをするはずがないでしょう、ガトー少佐!!)
 少佐を苦しめるのは、本意ではない。カリウスは続けて説明する。
 「ノイエ・ジールは、各部にひどい損傷を受けていたようです。もう少しで戦闘外宙域というところで、ジェネレータに異常が発生し、スラスターが膨大な推力を得ました。結果として、一時的に規定以上の加速が発生したのです。それで・・・」
 「それで、皮肉にも猛スピードで包囲網を突破したわけか?私だけが。」
 状況が見えてきたガトーは、自分から言葉を繋いだ。
 「・・・そうです。ハスラー艦長の許可を得て、我々は09を緊急発進させました。満足に動ける機体は5機のみ。ノイエ・ジールはあれだけの質量ですから、慣性を殺すのにそれでもギリギリの数でした。」
 「・・・・・・・・・」
 「5機で何とか機体を押さえ、コクピットから少佐をお助けしたのですが、多量の出血のせいで、すでに意識を無くしておられました。」
 「・・・ノイエ・ジールは?今度こそ教えてくれるな?!」
 苦々しい表情で聞くガトー。その声は、カリウスの耳に、いつもと同じに低く揺らがず響いた。
 「はい。損耗率は80%を越えていました。誘爆の危険も高く・・・回収は、断念いたしました。」
 「そうか・・・それでは、あの宇宙を漂っているのだな。今も。」
 その目は遠くを見ているようだ。まるで、無重力の海を往くノイエ・ジール姿を懐かしみ、愛おしみ、見ているかの如く・・・
 「・・・はい。」
 カリウスは知っていた。ガトー少佐を回収して艦に戻った頃、ひとつの光がモニターに写ったことを。
 恐らく、ノイエ・ジールは、耐えられなかったのだ。負荷に。そして塵と・・・いや、星屑となった。他の多くの友と同じに。
 「フッ、フフッ・・・」
 ガトーは、急に笑いたくなった。なぜだ。なぜ自分だけが、こんな・・・
 「少佐は運が良かったんですよ。アクシズ艦隊の進路方向へ飛ばされたのでなければ、とても回収は不可能だったでしょう。」
 その笑いの意味がわかったかのような、カリウスの言葉。
 「運が良いだと?!こうして生き延びた、私がか?いっそ放っておいてくれれば!!」
 激情がこみ上げ、目をカッと見開いて、大声で叫ぶ。
 「少佐!!」
 柄にもなくカリウスも大声を出した。
 「はっ?!・・・すまん、カリウス。私は・・・」
 「いえ、いいのです。一気に喋りすぎました。少佐には、まだ休養が必要なのに。」
 カリウスは、心底ガトーのことを心配しているといった顔だ。
 「・・・カリウス、お前がここにいるということは・・・」
 (ニナ・パープルトンも無事なんだな。)
 ふと、そう訊こうとして、言葉を切った。
 恋愛感情は、一片も残ってはいない、かつての恋人。ただ思い出したのだ。あの時、カリウスに託した女性がいたことを。だが、多くの者が死んだというのに、そんなことを聞くのは、不謹慎に思われた。
 「・・・ニナさんは、無事、だと思います。あの後、連邦側に戻られましたので。」
 が、カリウスは飲み込まれたはずの言葉にちゃんと答える。
 「・・・」
 ガトーは、黙ったまま、僅かにうなずいた。
 「・・・しばらく、一人にしてくれないか。」
 ずいぶんと時間が経ってから、ガトーが静かに告げた。
 「はい・・・少佐・・・」
 カリウスは、心配だった。が、一人にしたからといって、こんなことで自壊する男ではないと、よくわかっている。席を立って、静かにドアの向こうへ消えようとした。
 その時、
 「おおおおおおぉぉぉ!!!」
 それは、魂の咆哮だった。
 男が、真にやり場のない思いを抱えた時に、全身で上げる唸り。
 怒りの、哀しみの、苦しみの、叫び。
 ・・・それが聞こえたはずのカリウスは、しかし、戻っては来なかった。
 アナベル・ガトーの頬は濡れたのだろうか。
 涙で。
 ・・・白い部屋だけが、知っている。
+ END +
注:09=MS09R(リック・ドム)、話によっては、他のドムを指すこともある。
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バカみたいな話ですが、私は本当にアナベル・ガトーが好きみたいです。
この話を書きながら、ちょっとだけ泣いてしまいまいした(T-T)。
こんな目にあわせて、ごめんね。ガトーさま(><)。
・・・犬にするのは、平気なのになぁ(爆)。
ニナは出したくなかったのですが、あの話があって、その後・・・にしたかったので、
名前だけ登場してもらいました(苦笑)。この後は出さずに済めばいいんですけど(^^;)。
管理人@がとーらぶ(2000.07.12)
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