・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・互いに放つ。
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 再会の週の金曜日、約束通りにディアス・ニボラことアナベル・ガトーとコウ・ウラキは遅い夕食を共にした。オークリーは小さな町だ。それなりに舌が喜ぶものを食べさせてくれる店は限られている。知った顔がいくつか見うけられるレストランで、ボックス席に向い合って座ったガトーとコウは、本日のおすすめ『牛スネ肉の赤ワイン煮込み』を食した。ガトーは地球産の牛肉の美味しさを認めないわけにはいかず、コウも皿の中のソースがきれいなるほど食べきった。食事に夢中、とは少し違う。・・・手を止めれば顔を上げて反対側に座る男の姿を、かつての敵の顔を見なければならず、自然と皿の上の料理に集中した。会話にならないほどぽつりと当たり障りのないことを語るだけの二人。それでも深刻な雰囲気にならなかったのは、コウが選んだレストランが正解だったからだろう。子連れの家族に若いカップル、落ちついた老紳士のグループ。豊かで暖かな笑み。談笑する声。家庭的なこじんまりとした造りの。・・・・・・・・・とても、何かを話しこむような店ではない。
 ともかく『無事に』食事を終えた二人は、話の流れでまだ夜の10時過ぎという時間もかんがみて場所を変えて飲むことにした。やはり選べるほどの店はなく、東に200メートルばかり歩いて、町はずれの小さなプールバーに落ちついた。ミュージックボックスが陽気なアメリカンポップスを奏でていた。
 カウンター席に二人で座る。・・・・・・・・・それが失敗だったのかもしれない。隣というのはあまりに距離が近すぎて。こんなにも近過ぎて。まずはガトーが選んだ冷酒で喉を潤した。コウには慣れない味だったが、舌の上から胃の中に落ちていく感触は思ったより悪くない。青と緑のグラスが仲良く並び、二人の口元に運ばれていく。
 そうして、なぜそんな話になったのか。酔いが十分に回った頃、ガトーが、ケリィの名を出した。・・・それが、先陣だった。
 「おまえは、ケリィ・レズナーという男を知っているか?・・・知らないだろうな。・・・・・・・・・ヴァル・ヴァロのパイロットだった。」
 (・・・・・・・・・え?・・・ケリィさんのこと?)
 コウは返答しない。右肩がガトーの左脇に触れる。生きているガトー。ほんもののガトー。よほどのエースパイロットを除いて、戦場で戦った相手の名前など知らないのが普通だ。識別できるのは、小隊のマーキングか異名ぐらいのもの。だが、コウはケリィを知っている。わずかな邂逅だったが、大きな出会いだった。くしゃくしゃの金髪に無精髭の、片腕を無くしてなお力強かった人。
 「フォン・ブラウンの郊外で、ガンダムと戦ったモビルアーマー。・・・貴様だろう?あのガンダムに乗っていたのは。」
 「・・・・・・・・・そうだ。」
 
 やっと声が出た。この男は何が言いたいんだ。同胞を倒したことへの恨みごとか。それならお互いさまだろうに。
 「・・・ケリィは、私の親友だった。・・・だがこうして貴様と杯を傾けて、・・・・・・・・・ごくっ・・・ごくっ。」
 グラスに1/3ほどの冷酒を一気に飲み干すガトー。
 (ケリィさんが、・・・・・・・・・ガトーの親友?!!!)
 そんな、偶然が。・・・いや、今ならわかる気がする。どこか似ていた。俺を拾い上げ、俺を殴りつけ、俺を諭し、俺と戦い、俺を残して逝った。
 「・・・・・・・・・知ってた。俺もヴァル・ヴァロを直すのを手伝ったんだ。」
 (なに?!)
 ガトーは、コウの言葉の意味を計り兼ねた。空になった青いグラスにマスターの手で代わりが注がれる。・・・これで四杯目。
 「・・・フォン・ブラウンで酔っ払って倒れていたところを助けられたんだよ。・・・それで、一夜のお礼というか・・・、」
 さすがに、袋叩きにあったところを、とまでは言えない。言いよどんだ分、ガトーの眉間の皺が深まる。コウが言わんとすることは・・・、
 「で、お礼に、わざわざヴァル・ヴァロを直し、直しておいて撃破したと?」
 何様のつもりだ?!!!・・・叫びかけた台詞を飲み込むガトー。
 「・・・あの時、俺は、ちょっと悩んでた。・・・迷ってた。目の前のヴァル・ヴァロを直すことだけが、俺にできる唯一のことだった。・・・あとでケリィさんと戦うことになるなんて思ってもみなかったんだ!」
 「・・・・・・・・・そうして、倒したんだな。貴様の手で!」
 「俺だって、ケリィさんを倒したかったわけじゃない!・・・けど、ガンダムと戦いたいって。俺がパイロットだって知らなかったみたいだけど、知ったあとも怯まなかったよ!ためらわなかったよ!!戦いたがってたよ!!!・・・敵だったんだ。敵として俺の前に立ったんだ。・・・どうしろって言うんだ?!」
 戦うしかなかったんだ!!!・・・と、ひどく苦しそうにコウが叫ぶ。
 「・・・・・・・・・敵、だったんだよ。・・・まさか、あんたの親友だなんて・・・。」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだ。・・・敵だったんだな。」
 二人のただならぬ雰囲気に、辺りがシンとなる。ちょうど途切れたBGMが二人の声だけを浮かあがらせる。かつて敵であった二人。
 二人は、その時、もしかしたら、同じ場面を思い浮かべていたのかもしれない。・・・隣というのはあまりに距離が近すぎて。こんなにも近過ぎて。
 再びBGMが流れ出したタイミングを捕らえて、マスターがコウの緑のグラスを新しいものに代えた。・・・こちらも四杯目に追いつく。
 「なぜ、あの時、俺に止めを刺さずに行ったんだ?」
 ・・・やっと訊けた。この一年、胸の中で繰り返した問い。だが、ガトーの答えは、
 「ふっ・・・」
 その笑いだけだった。・・・むかつく。・・・・・・・・・なんかむかつく。
 「・・・じゃぁ、あんたはいったいなんで帰ってきたんだよ。本当のこと言ってないだろ?」
 (なんで・・・なんでか・・・その答えが、貴様に会えばなにか見つかるかもしれないと思ったからだと言ったらば・・・、)
 ただガトーは無言のまま、グラスを口元に運ぶ。ごくりと喉が上下した。むかつく。やっぱりむかつく。なんで俺、こんなとこで、こいつと、酒を飲んでるだ!
 「・・・親友か。・・・・・・・・・俺も大切な人をたくさん亡くしたよ。あんたのせいで。ジオンのせいで。」
 石頭の上層部のせいで、・・・これは、ガトーには言えない。
 (俺を認め導いてくれた上官、一から面倒みてくれた先輩、無茶を受けとめてくれた艦長、たくさんの人が、あの戦いで・・・、)
 なのに、ガトーともう戦えないのか!・・・俺はどうしたら!!!・・・・・・・・・一瞬の決断だった。いや考えてさえいなかったのかもしれない。本能が、感情が、コウを動かす。不安定なスツールから降りて、座ったままのガトーを見下ろし、
 「表へ出ろ!」
 言った。・・・そうだ、こいつの隣に座ったのが間違いだったんだ。・・・・・・・・・これでやっと息ができる。
 「・・・一矢報いようというわけか。・・・・・・・・・いいだろう。・・・言っておくが、私は喧嘩に負けたことはないぞ。」
 ガトーも立った。今度はコウが見下ろされる。これから騒ぐ分のチップ込みで、カウンターにお金を置くと、マスターと10人足らずの客に見送られて、二人は店を出た。
 店の幅と同じだけの駐車スペース。半分ほど車で、それも軍用ジープで埋まっているが、男が二人暴れるだけの空間はありそうだった。薄暗い街灯と月明かり。窓際に連なる顔は、これから始まる騒動に期待大で、片手にビール瓶やグラスを掲げて外を見る。先を歩くコウが後ろのガトーの振り返った途端、
 「うっ?!」
 腹に衝撃。突然の左フック。ガトーの不意打ち。
 「な・・・卑怯な・・・ゲフッ。」
 「喧嘩はスポーツじゃない。どんな手を使っても、勝った方が勝ちだ。」
 (そう言ったな、ケリィ。)
 昔、ケリィに先手を取られて、言われた言葉。そんな時代があった。だが今は、懐かしむヒマはない。茶色い皮のジャンバーを脱いで、脇に放る。11月の風が火照った身体に心地よい。
 (ガトーが、・・・こんな・・・、)
 コウが勝手に描いた中のガトーは、決してこんなことはしない。・・・しないはずだ。不足気なコウに、
 「モビルスーツでの戦いと、ただの喧嘩を同等に考えているなら、ひよっこに逆戻りだぞ!!!」
 「おおおおおおっーーー!」
 心の中で何かが切れた。倒したい。ガトーを倒したい。この目の前でひよっこなんて呼びやがった男を、俺は倒したい。畜生っ!畜生っー!!!闇雲に突進し、右の拳をガトーの頬に伸ばす。・・・掠る。身長差のせいで、上を狙っても、力が十分には伝わらない。・・・そうだ腹だ!
 「やーーーっ!」
 でかい体の真ん中めがけて右を突き出す。が、フットワークも軽く、ガトーの身体が避ける。代わりに、右ストレートが頬に来る。ガツッ、と不気味な音がする。
 「・・・っ。」
 口に広がる血の味。だからなんだって言うんだ。俺は、俺は・・・、
 「うおおおっ!」
 「・・・ちぃっ。」
 懐に飛び込む。士官学校時代に習ったはずのテクニックは、どこかに吹っ飛んだ。両手で必死にガトーのシャツを掴む。めちゃくちゃに引き寄せようとする。・・・・・・・・・どすん、とコウの身体が宙を舞って落とされた。腰の辺りをはらわれた気がする。・・・そうだ投げられたんだ。くっそおおおっ!
 「だあああぁぁぁっーーー!」
 「・・・んんっ。」
 全身にゆっくりと広がっていく打撲の痛みにもめげず、立ちあがるや、またも飛びかかっていく。組む。・・・足を引っ掛けられて倒される。
 「・・・はあっ・・・はあっ・・・はあっ。」
 背中にごつごつとした地面の感触。下から見上げるガトーの顔。・・・悔しい、・・・・・・・・・悔しい、悔しい、悔しい!
 「・・・いい加減、あきらめたらどうだ?」
 この生意気な野郎を・・・、こんな時も堂々と、そうまるで、百獣の王みたいに立ってる男を、俺は倒したい!コウは、身体を起こす。
 「ライオンだって、老いたらハイエナに食べられるっていうぜ。」
 俺は、あきらめない。倒す、倒してやる。
 「・・・私がライオンなら、誰にも見つからないところで、一人逝くさ。」
 コウの戯れ言に付き合ったつもりだった。・・・・・・・・・が、突然のフラッシュバック。
 真っ白な光。
 爆発。
 痛み、痛み、痛み。
 いつ助け出されたのかもわからない。
 その上、こうして・・・・・・・・・、
 (生きているではないか、アナベル・ガトーよ!)
 ガトーの隙を感じ取ったコウが、
 「バニング大尉のーーーっ!」
 初めて腹に入った。前屈みになるガトー。低くなった顔を狙い、アレン中尉の分、と叫びながら、左フックを叩き込む。少しふらついた身体に右のキック。これは、カークス少尉の分だ。ガトーが二三歩、後ろに下がる。酔いがダメージを倍増する。
 「・・・はーーーっ。」
 大きく息を吸って、唾を吐く。油断した。だからといって、倒されてやる義理はない。胸元に両の拳を掲げ、反撃の機会を待つ。・・・ストレート、ストレート、ジャブ。ほら、もう限界だろう?
 続けざまのパンチに立っているのがやっとのコウが、また全身をぶつけてくる。避けるだけだ。・・・だが、
 「ケリィさんのーーーっ!」
 「なぜ貴様がケリィの名を語る!」
 (倒したのは貴様だろう!)
 「・・・ケリィさんは、一生懸命ヴァル・ヴァロを直そうとしてたよ。・・・あんたのせいだろ!・・・あんたと一緒に戦いたかったんだろ!!!」
 ケリィの、皮肉っぽい笑顔。懐かしい姿。きっとぼやきながら、修理していたに違いない。もう一度戦場に立つ事を願って。
 (・・・・・・・・・ケリィーーーッ!)
 
 ガトーの懐に潜ったコウが、力任せに伸び上がる。ガトーの顎に、頭の天辺がぶつかる。がつん、という衝撃が互いに走る。・・・二人とも腰から崩れ落ちる。
 「はぁはぁはぁ・・・。」
 「はっはっはっ・・・。」
 続きはできそうにない。寝転がった二人の上に、星がぽつりと輝く。前に戦ったのは、あそこだ。宇宙だ。・・・なんと遠い。
 くっ。・・・涙が幾筋か、コウの頬を伝った。ガトーは、ただ目を閉じた。・・・・・・・・・しばらくして、マスターが熱いおしぼりを渡しにきた。受け取って、顔を拭いて、・・・そして宇宙をまた見上げた。・・・・・・・・・ずっと見ていたかった。
 「・・・・・・・・・痛ぇ。」
 ジープのハンドルを握りながら、コウが呟いた。せっかく飲んだ酒は、ほとんど道端に吐いてしまった。・・・もったいない。が、ガトーが払ったんだった。・・・・・・・・・痛ぇ。
 基地まではほとんど真直ぐな道だ。道幅も広い。多少ふらついても、なんとかなるだろう。・・・そういうわけで蛇行しながら、ジープが走る。
 「痛ぇよ・・・・・・・・・。」
 痛み、だが、何かが少しだけ満たされたような。・・・いや、自分が何かひどく飢えていたことに気づいたとういうか。飢えて?・・・あー、もうなんだかどうでもいい。・・・胸が痛い。
 「・・・ベラズモーテルまで。」
 ルート40沿いのモーテルの名をタクシー・ドライバーに伝える。・・・後部座席の堅いクッションが、ありがたい。ふかふかの椅子になんて座りたくない気分というか。・・・ええぃ。
 顔面の痣は一目でドライバーにも喧嘩の跡だと知れただろう。だが、遠慮なしに飛ばしてくれる。揺れる。振動が、身体に、なんだか・・・・・・・・・、
 「着いたよ、お客さん。・・・・・・・・・お客さん?」
 ことり、とも物音がしない。ドライバーが後ろを振り向くと、銀髪を乱したお客が、右肩に顔を乗せるようにして目を閉じている。・・・ひどく殴られたようだったが、まさかな。
 顔にかかる前髪の下の顔は・・・、
 「やれやれ。・・・幸せそうな顔で眠ってくれるよ。」
 お客さんっ!!!の大声で、ゆっくりと目を開けたガトーは、タクシーを降りる。
 ・・・・・・・・・放たれた拳の、胸の痛みが、くりかえし、くりかえし、現実だ、生きているのだ、と告げているような気がして、ガトーは、あの戦いの後、初めて、その生を実感していた。
+ END +
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初エッチ話の前に、どうしてもどうしてもどうしてもガトーさんとコウにがつんとさせたかったのです(まじ)。
が、頭の中で二人がずっと戦ってるのは、ひじょうに疲れました。
・・・・・・・・・そんなわけで、樹さんを尊敬しなおしてみる(笑)。
管理人@がとーらぶ(2002.07.23)
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