ナイチンゲール【Nightgale(英)、Nachtigall(独)、小夜鳴鳥(日)】





・・・愛を囁き、



・・・・・・・・・死を告げる鳥。











 コロニー・スウィート・ウォーター、その高級住宅地の中に建つ瀟洒な住宅のひとつで、シャア・アズナブルは休息の時を過ごしていた。



 ・・・・・・・・・外の雑音を遮る奥まった一室、絹のシーツが掛けられたベッドの中、盛り上る人の形がふたつ。



 (・・・う、ん。)



 この夜はなぜか眠りが浅く、シャアは何度も寝返りを打った。隣に眠るナナイ・ミゲルの体温がひどくうっとおしい。

 必要だからそばに置き、それでもなおかつ、うっとおしいと感じてしまう自分の性に、シャアは我ながら苦笑したくなる。



 ・・・目がますます冴えてきた。

 このままベッドに横たわることをあきらめて、シャアはそっと右足を床に降ろす。次いですべるように身体をそこから出すと、室内履きにナイトガウン姿で、リビング・ルームへと向かった。



 オールバックにできるほど伸びてしまった前髪を撫でつけながら、緋色のガウンを羽織ったシャアが廊下を歩く。そこに面した防弾性のガラス窓に、揺れる木々のシルエットが写る。それこそが高級住宅地の証でもあった。広い森の中に、邸宅個々が離れて点在している。コロニーという大地も緑も限られた空間において、それはかなりの贅沢といえた。



 彫刻が施された重厚な扉を開けて、リビング・ルームに入る。

 派手すぎもせず寂しくもなくこの家の主人が落ち着けるようにと、ナナイが見立たてたソファやテーブルのセットが並んでいる。それは確かにシャアをリラックスさせるものだが・・・時には、そんなナナイの心遣いまでも鼻につくことがあった。・・・・・・・・・どうしようもなかった。悪いのは、自分だ。





 クワトロ・バジーナの時代に知ってしまった蜜の味。

 誰も届かない場所へ到達できるという身を熔かす浮遊感。たとえ行きつく先が地獄でもかまわない思うほど。





 『君さえ一緒なら・・・。』





 だが、最後に待っていたのは、拒絶、だった。彼は、宇宙とシャアから逃げた。



 あの時以来、ずっとシャアは誰かを必要としていた。忘れさせてくれる相手を。・・・たとえセックスの間だけだとしても。



 求めては身体を重ねる日々。

 しかし誰と寝ようが、そんなのはほんの一瞬に過ぎにない。引換えに費やす時間・・・気を使ったり、世辞を言ったりの余計な手管は、どうにも割に合わないと感じ、だんだん態度が冷たくなる。女も男も長続きしない中で、ナナイ・ミゲルだけが賢い女性だった。

 邪魔にならない範囲をわきまえており、こうしてシャアが通う家のひとつをあてがわれている。





 キャビネットから緑色したブランデーの瓶とグラスとを取り出してソファに腰を埋めようとする。



 「・・・!」

 シャアは思わず顔をしかめた。座った瞬間、ナナイの香りが立ち昇ったのだ。シャアの身体を受け止めたクッションに、その香りが染み込んでいた。・・・・・・・・・なんのことはない、そこで何度もナナイの身体を求めたせいだった。



 この場所もこの家すらも、うとましく感じてしまう。少しでもソファから離れようと、ブランデーをいっぱいに満たしたグラスを掲げたまま、シャアは窓際へ近寄った。

 外が見えるように、少しだけカーテンを開ける。庭の木々と遠く門の外灯が目に入った。高い塀の向こうには警備の兵が交代で立っているはずだが、もちろんここからは見えない。





 ・・・・・・・・・欠陥品、だからな、私は。



 アムロ・レイと邂逅したその日から、いやになるほどそう思い続けてきた。もう長い間、心の奥に沈殿し腐食しこびりついて取れない。

当の本人と寝ても寝ても決して消えはしない・・・・・・・・・。





 「?」

 ・・・すーっと眼の端を黒いものが横切ったような気がして、シャアは顔を上げた。



 黒い影は右に左に時には旋回しながら、庭で一番大きな唐檜の周りを動いている。この闇では種類まではわからないが、鳥が巣でもかけているのだろうか。



 『ピー、ピピー、ピピピー』

 防音の効いた造りのせいで微かに聞こえるだけの、高音の透き通った鳴き声。



 「・・・ああ。」

 聞き知った音。





 「なぜ、鳴いているのか。・・・・・・・・・教えてくれ。」



 その鳥の消えた梢の辺りを見つめながら、シャアは問うた。










小夜鳴鳥











 鳥の声に怯えて泣くような子供だったよ、と言ったら、君は信じるだろうか。










 シャア・アズナブルが、キャスバル・レム・ダイクンでいられた頃、暮らしていた家には、お気に入りの場所があった。



 使わなくなった家具が白い布に覆われて雑然と置かれ、中身が何なのか誰も覚えていないような古びたトランクが並び、低い天井が子供だけに入ることを許しているような空間、・・・・・・・・・屋根裏の物置部屋。



 部屋の東西2個所にある出窓には、ちょうど子供ひとりが座れるだけのスペースがあって、西側の窓が特にキャスバルのお気に入りの場所だった。

 裏庭に面している窓の向こうには、一本の唐檜が立っていて、背が高いこの木は地上からではつるんとした幹にしか触ることができない。が、3階の高さにあるこの部屋からは生い茂った枝が正面にとらえられる。



 そこには色んな鳥が遊びに現われた。

 窓辺に寄りかかりなるべく動かないようにしているだけで、鳥たちのダンスが見れたり、きれいでにぎやかな歌声が聞けたり、鮮やかな色彩をじっくり観察することもできる。



 窓に格子があるわけではない。落ちたら運が良くて大怪我、悪ければ即死しそうなこの場所に入り浸っていることを、大人たちに知られたら叱られることぐらい、子供でも何となくわかるものだ。



 僕だけのひみつ。・・・・・・・・・アルテイシアにもないしょ。





 『ピー、ピピー、ピピピー』

 『チョース、チョース、チョース・・・・・・・・・』



 ある日、その危ない窓辺で午後の温もりの中、いつのまにかうたた寝をしていたキャスバルは、頭の奥を通りぬけていく音に目を覚まされた。

 甲高くどこまでも響き渡るような、それでいて透明で人には決して出せない鳴き声。



 「なんの鳥かなぁ・・・。」

 襟足で丸く切り揃えられた金髪を風に揺らしながら、キャスバルはしばらく美声に聞き惚れていた。



 「・・・まあ!ぼっちゃま!!!」

 「あっ?!」

 家政婦の大きな声で、我に返る。手にはモップやバケツが握られていた。どうやら掃除に来たらしい。



 「危ないですよ・・・降りてくださいまし。」

 白いエプロンをしたふくよかな身体が近づいてくる。



 「う・・・うん。」

 大切な場所を汚されたようでキャスバルは不愉快だった。



 ・・・・・・・・・ひみつはひみつだからひみつなのに。





 『ピー、ピピー、ピピピー』

 鳥がひときわ大きな声で鳴いた。・・・このすてきなひみつも家政婦に知れちゃうのか。



 「まあ、ナイチンゲールですねー。・・・懐かしい。」

 「・・・・・・・・・ないちんげーる?」

 まだ高い子供の声をしたキャスバルが、尋ねる。



 「ええ・・・あの鳥ですよ。私は地球のケルンという街の出身で、むかしは森でよく聞いたものです。」

 「ふーん。」



 なんだ、とくべつな鳥でもなかったのか・・・と興味が半減する。こんなにきれいな声で鳴く鳥は、きっと珍しくてだからひみつに値すると思ったのに。



 「・・・・・・・・・あのナイチンゲールはね、その鳴き声で大切な人の死を伝えるとも言われてるんですよ。」

 「・・・うそだー。そんなことが、どうして鳥にわかるのー?」



 「どうしてですかね、・・・きっと神様の使いなんでしょうよ。・・・・・・・・・さあさ、もうここから出てくださいね。掃除ができませんから。」










 『あのナイチンゲールはね、その鳴き声で大切な人の死を伝えるとも言われてるんですよ。』



 ・・・その夜、寝つくまで、ナイチンゲールが窓の外で鳴き続けていた。うるさいほどに。





 そして、ジンバ・ラルから父の死を聞かされた。





 もう二度と、ナイチンゲールの鳴き声を聞きたくないと思った。





 耳を塞ぎ駆け出して死を告げる声から逃げたいと思った。










 「・・・おや?」

 懐かしい記憶に浸っているうちに、ナイチンゲールの鳴き声は止んでいた。

 何度か口に運んだせいでグラスの中も空になっている。ナイト・キャップの適量はとうに過ぎているが、もう一杯呑みたい気分だ。窓辺から離れて、ブランデーの置いてあるテーブルの方へ戻る。



 ニ杯目を手に持って、今度は一人がけのソファに座った。この椅子では情事の記憶がない・・・と思うシャアだ。





 『このコロニー、スウィートウォーターは密閉型とオープン型をつなぎ合わせて建造された極めて不安定なものである!』



 何とはなしに、演説の草稿を思い出した。ブレーンもナナイもGoサインを出した最終稿だ。数日後、ネオ・ジオンの艦艇を前にして、それを読み上げる予定になっている。



 ・・・・・・・・・だが、この演説を本当に聞かせたい相手は、その中にいないのだ。





 『・・・そして私は、父ジオンのもとに召されるであろう!!』



 (私は、真実を話しているのだよ、アムロ。)





 彼が、宇宙とシャアから逃げたあの日から、ずっとシャアは誰かを必要とし、求めては身体を重ねてきた。



 そして骨の髄までわからされた。



 ただひとり以外誰も必要でないと。



 彼の代わりには誰もなれないのだと。





 ララア・スンが死に、アムロ・レイだけが生きている以上、この世でただひとつ欲するものは、



 『アムロ・レイ』



 だけであると。










 さすがに喉が熱い。呑みきれないかと、グラスを手の中で回す。琥珀色の液体がゆらゆらゆらゆら・・・あと、1/3ほど。



 『ピー、ピピー、ピピピー』



 またどこからか囀りが聞こえてきた。逃げてはいなかったのだな、とシャアが再び立ち上がって、薄灯りの漏れる窓辺に寄る。





 (・・・・・・・・・そういえば、アムロのコンドミニアムも森の中にあった。)



 あの窓辺にも、ナイチンゲールは訪れるのだろうか。



 君がひっそりと佇むその場所へ、私の死を告げる鳥が飛んでいくのだろうか。





 死してなお飛べない私の代わりに、ナイチンゲールが、君の元へと・・・・・・・・・





 (・・・いや!!!)



 私の死を鳥なんぞに告げられるのは、否だ。





 『隕石落しによる地球の寒冷化。』



 この戦いの果てに待つものは、たぶん死しかないだろう。シャアが死ぬかアムロが死ぬかそれとも二人ともか。



 だが自分の死もアムロの死も、自分の手でアムロにわからせてやろう。・・・絶対に絶対に。





 グラスの残りを一気に呑み干して、シャアは寝室に向かった。ナナイ・ミゲルの待つその場所へ。










ナイチンゲール【Nightgale(英)、Nachtigall(独)、小夜鳴鳥(日)】



・・・愛を囁き、

・・・・・・・・・死を告げる鳥。











 宇宙世紀0093年3月。



 「大佐、お時間です。」

 「うむ、・・・・・・・・・見ていてくれ、ナナイ。」

 「はい。」





 『このコロニー、スウィートウォーターは密閉型とオープン型をつなぎ合わせて建造された極めて不安定なものである!・・・・・・・・・』



 君と一緒に未来を待ちたかった。



 『・・・・・・・・・私の父、ジオン・ダイクンが宇宙移民者すなわちスペースノイドの自治権を地球に要求したとき、父ジオンはザビ家に暗殺された。・・・・・・・・・』



 君と一緒なら何処までも行ける気がした。



 『・・・・・・・・・それがアクシズを地球に落とす作戦の真の目的である。・・・・・・・・・』



 君と一緒だからこそできそこないの私が全きものになれると思った。



 『・・・・・・・・・諸君、自らの道を開くため、難民のための政治を手に入れるために後一息、諸君らの力を私に貸していただきたい!・・・・・・・・・』



 君と一緒でありさえすれば他には何も・・・何ひとつ・・・





 『そして私は、父ジオンのもとに召されるであろう!!』





 ・・・・・・・・・私は、真実を話しているのだよ、アムロ。父のもとへ、君と一緒に。



 (君に届くといいが。)










 ネオ・ジオン艦隊の帰艦レウルーラに搭載されたシャア専用MSは、赤い機体でナイチンゲールと名付けられた。





 戦闘ブリッジからアクシズが押し返される瞬間を見ていたナナイ・ミゲルは、大佐がまるでアムロ・レイと心中したように思えたという。

 ・・・・・・・・・思ってからその不快さに吐き気がしたという。





 死を告げる鳥ナイチンゲールが、恋人のいない無粋をその美声で慰めてくれる愛の鳥とも呼ばれることを、シャア・アズナブルは知っていたのだろうか。










 ・・・・・・・・・ただ君に届け、と・・・。















+ END +










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・・・・・・・・・シャアもので「小説」ってすっげー久しぶりなのでは(逝)。

ナイチンゲールはもちろん小説版サザビーからでっす(笑)。
・・・でも、メスタ・メスアは、愉快な語感なので、ナナイのまんまです(笑)。

実は忘年会ネタに最初に思いついたのは、こっちなんですー(笑)。
とてもお祭り向きではないので、やめました(^^;)。

管理人@がとーらぶ(2000.12.09)











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