帰還











 シャア・アズナブルが、ハマーン・カーンとの話を終えて、赤い絨毯の敷かれた前時代的な謁見の間から、対照的なほどシンプルな通路へと体を躍らせた時、そこに一人の男が立っているのを見た。



 だが、長い銀の髪を襟足できっちりと結び、少佐の軍服を皺ひとつ見つからないほどに着こなしているその男が、まさか自分を待っているとは思いもしなかった。

 これまでも、公式行事やパーティなどで、顔を合わせたことがあるし、ザビ家親衛隊の一員でもあったその男とは、同じくザビ家に近い立場にいたシャアと、何度か公邸ですれ違ったこともある。

 けれど、二人の間には、ただの挨拶か、困った時のお天気の話レベルの戦果についての話以上のものは、存在していない。



 だからこそ、

 「シャア大佐。」

 と呼びかけられた時、モウサの奥深く、静かな通路の上で、シャアは意外だという表情を隠すことができずに、男の方を見た。

 「・・・何か?ガトー少佐。」



 「その、実は・・・」

 アナベル・ガトーは何かを言い澱んでいた。個人的な付き合いは、確かになかったが、過去にこの男から受けてきた印象とは、その態度が一致しない。



 「地球に戻られると、聞きましたが。」

 ようやく、意を決したようにガトーが言った。



 「・・・極秘事項だが、誰から聞いた?」

 「・・・」

 「まあいい。ここは狭い世界だ。」

 ふっと、自嘲的に笑ってシャアが言う。



 地球から遥かに遠く、アステロイドベルトに構築された、要塞アクシズ。一年戦争で敗れたジオン残党が逃げ込んだ冷たく凍えた石の基地。ちょっとした噂が広まるのに、何の障害もないほど、小さな世界。彼らが居るのは、そういう場所だ。



 「私も、同行させて頂きたく、お願いに上がりました。」

 その言葉に、さらに意外な顔をしてシャアはガトーを見た。個人的にそんな申し出をするとは、ますます以前の印象とはかけ離れていく。



 「地球に残してきた女性でも?」

 シャアはやや意地悪く聞いた。本当にそんな理由で同行を頼むのなら、もう話を続けるに及ばないと思いながら。

 「?!・・・いえ。」

 ガトーが慌てたので、逆にそうではないな、と思う。



 この男は、何の軍務についていたか・・・

 「残される新兵はどうするのかね?」

 ガトー少佐が、実戦レベルの技術を教えられる士官として、そして数々の戦いを生き延びてきたエースパイロットとして、一年戦争時にMSに乗る機会もなかった元少年兵、当然今は20歳を超えようとしているのだが、その者たちに操縦技術を教えているのを思い起こして尋ねた。



 「それについては、任せられる者が居りますし・・・」

 ガトーは至極まじめな顔で言う。男の背は、シャアより軽く10cmは高い。重量感のある体つきとあいまって、こう上から見下ろされるのは、何だか不愉快だなと、話を聞きながらぼんやりとシャアは感じていた。



 「非礼は重々承知しておりますが、シャア大佐にお願いするのが、一番の早道だと思いまして。」

 「"星の屑"作戦の後始末の為、どうしても地球圏へ戻りたいのです。」

 「生き残った者で、私以上の階級の者は、居りません。」

 (だが、ウソだ。それは・・・)

 内心の葛藤が、相手に伝わらないように、苦々しげな顔で言うガトー。その脳裏に浮かんだものは、何だろう?

 ・・・恐らく本人にも明確に意識できてはいない。しかし、地球にはあるのだ。心を惹かれて止まないものが。



 シャアは心の内で、その瞬間、男の印象が、鋼の人形から、生きている人間に変化したような不思議な色を感じ取っていた。

 そして、自分でも驚いたことに、

 「では、来るがいい。」

 そう告げてしまっていたのだ。



 「ありがとうございます、シャア大佐。」

 男はシャアに向って深々と一礼した。その背は定規でも当てたように真っ直ぐに折れていた。



 ・・・こうしてアナベル・ガトー少佐は、シャア・アズナブル大佐の地球への帰還行に同行することとなる。















 少人数の艦内で、酒を一緒に飲める相手は限られている。尉官やそれ以下の者では、"赤い彗星"の前で緊張を解くことができず、どんなに高い酒を飲んでも不味いこと、この上ない。

 必然的に、大佐の自分に近い相手、ガトー少佐と一緒に、グラスを傾けることが多かった。長い地球への旅では、挨拶だけの関係に終わることの方が難しいだろう。もっとも二人が酒のついでに話す内容はといえば、挨拶にプラスαといった程度だったが。



 だが、何度目かの酒席で、珍しくガトー少佐の口がよく回ったことがあった。いつもより、お酒の量が過ぎてしまったのだろう。



 「・・・私には、この現状が理解しがたいのです。」

 それとも、ただ誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。その胸の内を。

 小じんまりとした談話室には、他にも兵がいたが、空いている隣のソファーに腰掛ける者は、いない。みんな遠慮しているのだ。辺りを気にせず二人で話し込んでしまう。



 「アースノイドどもは、昨年、我々と連邦の間に戦いがあったことすら、知らぬ者が多いと。」

 「連邦は、あの新型ガンダムの開発が、その計画すら、無かったことにしたそうだ。在りもしないMSで核弾頭を撃つことは、出来ないという訳だ。残念ながら、君の戦果がひとつ減ったことになるな。」

 低いソファーに向かいあって座る二人の間に、キレイな緑色のボトルが置かれている。どうやらこの30分あまりで、中身は1/3程になっていた。高いブランデーだが、アクシズ産のもので、最高級とはいえない。



 「いえっ、私自身のことは、構わないのです。ただ・・・」

 ガトーは手に持ったグラスを見つめたまま、話し続けていた。少しでも顔をあげれば、なぜだかシャアが楽しそうにしていることに気が付いたかもしれない。だが、視線はグラスとテーブルの上をさまよいながら、心情を吐露していた。



 「・・・ただ、私について来てくれた者たちの無念は、如何ばかりかと思うと。」

 「あまつさえ、あの戦いが、地球圏に残って抵抗を続ける同胞を取り締まる組織の結成理由に利用されたと聞いております。」

 「おめおめと生き延びた私が、死んでいった者に、どのように顔向けできようか・・・」

 一気に思いを晒し出す。



 「どうも君は考えすぎるようだ。ガトー少佐。」

 暫くの沈黙の後で、シャアが答えた。大佐の義務として、指導すべき立場の者として、そして自分とはどこか異なる、だが輝ける何かをかつて背負っていた同士として。



 「ただの人間に、そこまで責任が取れるかな?」

 (・・・責任は、取れまい。この言い方すら、無責任だ・・・)

 それでも、説教じみた物言いをしてしまうシャア。



 「大勢の部下を私の為に、死なせてしまったのです。」

 「それは、間違いだな。私の為というより、ジオンの為だろう。私の為にと思う方がおこがましい。死者を冒涜することにならないかね?」

 同じく、多くの部下を亡くしたはずなのに、その数に対しては、この男のような痛みを感じたことはなかった。

 あの、ただひとつの死をのぞいては。



 「しかし、少佐の階級と部下を与えられた私に責任がついて回るのは、当然のことと。」

 「私は大佐だよ。君の弁を借りれば、君以上に高潔なる義務と責任を負っていることになるな。」

 重みのない口調で話すシャアに、

 「・・・大佐に迷いはないのですか?」

 思わず、尋ねた。シャア・アズナブル"大佐"であり、エースパイロット"赤い彗星"であるはずのこの金髪の美青年は、どこか投げやりな感じがして、少しムッとしてしまったのだ。



 「・・・失言でした。どうかお忘れください。」

 一瞬で冷静に戻るガトー。酒の席とはいえ、軽口を叩き過ぎたと反省する。



 「いや・・・」

 怒った様子もなく、シャアは先ほどから空いたままのガトーのグラスに酒を注ぎ足した。



 「私も人間だ。人間である以上、迷いとは無縁でいられんさ。私は、私が取れる責任の範囲には迷わないだけだ。」

 (だからこそ、こうして地球へ向っているのだからな・・・)

 厳しい現実に、どれほど迷うことになるのか、今はまだシャアは知らない。



 「まず、動くことだよ。ガトー少佐。そうすれば、何か見えてくるだろう。アクシズにいたのでは、それもままならぬからな。」

 「はっ。」

 ガトーの迷いは、完全には拭い去れなかったが、ある指針は与えられたのだ。恐らく。



 「・・・そうだ、ガトー少佐。おせっかいだが、もうひとつだけ言わせて貰えれば、」

 「・・・?」

 「"アースノイド"という呼称は、使わない方がいい。我々がこれから行く処ではな。」

 「・・・改めます。」



 この夜の酒は、ガトーにはほろ苦く、シャアには清々しい、それぞれに忘れられぬものとなった。















 翌朝、ブリッジで艦長と談笑しているシャアの姿を見つけたガトーは、その話が終わるのを数歩離れて待っていた。



 「夕べは、いささか個人的な事を申し上げました。お耳汚しで申し訳ございません。」

 ようやくシャアがこちらを向いたのを機に、近づきながら謝る。



 「いや、楽しかったよ、私はね。」

 「・・・?」

 「それより少佐。」

 そう言って、シャアが指さした先では、メインスクリーンの倍率切り替えが行われていた。瞬間、一文字に走査線の光が伸び、そして新たな宇宙が写る。



 青い・・・・・・・・・星。



 水の・・・・・・・・惑星。



 ・・・・・・・・・地球だ。



 コロニーで生まれ育った者ですら、特別な感慨を抱かずにはいられない星、地球。

 宇宙に浮かぶ青い輝きを見ずに育つものは稀であり、その母なる星は、宇宙を駆けるスペースノイドのまさに精神的な母港であったから。





 (あそこに、いるのか、あの男は・・・)



 (会ってみたいものだ、彼に・・・)





 二人の男は、スクリーン越しの地球を見つめながら、静かに立っていた。



 何のために還ってきたのか、

 何をすべきなのか、

 何ができるのか、



 自分自身に問い直しながら。





 月での地下工作を終えて、二人が各々で地球へ降りるのは、いま少し先のことだ。















+ END +










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いやーん、シャア大佐に頭が上がらないのねぇ、ガトー様(><)。
まあ、軍隊ではしょうがないでしょうけど。
・・・いつもは「シャア=ヘンな奴」なので、自分で書いてて勿体無さすぎ。この話(笑)。

ちなみに、シャアはブランデーをガトーは冷酒を飲んでます・・・って、大ウソ!(爆)。

この話、ガトーファンにもシャアファンにもすっげー中途半端(--;)。
すみません(笑)。

管理人@がとーらぶ(2000.07.08)











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