微熱。




















抱きついて、キスしたい、その腕に。




















「・・・何か、言ったか?」

「べつに。」










「いらっしゃいませ、ようおいでなさいました。」

旅館に到着した二人は、女将の出迎えを受けていた。

抹茶で一服し喉を潤しながら、宿帳に名を記す。



・・・Anavel Gato他一名。





「ちょっとお着きが遅いので、心配致しました。このお時間ですけど、お風呂を先になさいますか?」



時刻は夜の7時半を回ったところだ。

この直前に立ち寄った厳島で、コウがあれも見たい、ここにも行きたいとはしゃいだおかげで、

予定を遅れての到着となった訳である。



「汗かいてる?」

「私は、それほどでも無いが。」

「じゃあ、ご飯を先にしてください!」

「・・・はい。そうしましょうね。」

コウの返事のよさに、女将が笑いながら答える。




















抱きついて、キスしたい、その胸に。




















「何か、言ったか?」

「いや。」

「・・・そうか。」










食前酒に梅酒。

先付は、車海老、生雲丹、おくらのゼリー寄せ。

帆立貝としめじ茸の熱々小鉢。

前菜に、鯛と枝豆水晶、姫栄螺の雲丹焼き、太刀魚の南蛮焼き、ほおづき玉子。

吸物には、鱧、青瓜、柚子。

お造りは、新鮮さが命の瀬戸の小鰯。

穴子の飛竜頭、芝海老の艶煮、蓮根の白煮、隠元豆と彩りも綺麗な焚合。

・・・お凌ぎ、進肴、酢物、止め椀、御飯、香物、水菓子。





離れ「肱山」で、二人は、舌鼓を打っていた。

露天風呂に、美味しい和食という、うたい文句でこの旅館を選んだ。

もちろん、ガトーに日本的なものを見せたいと思った、コウの思惑もある。



昨今の食糧事情からして、輸入物が混ざっているのは、間違いないだろうが、舌も胃も充分満足していた。



・・・体つきは、ガトーの方が遥かに大きかったが、二人が食べる量は同じくらいである。

ガトーが小食なのではなく、コウが大食なのだ。

それでいて太らない。



一体、どこで消費してるのか。

と、ガトーは思う。そういえば、コウはいつも暖かい、な。





「ごちそうさま。」

片付けに現れた仲居に、ガトーが丁寧に言う。



「どうそ、お風呂にいらしてください。その間に、お床を整えておきますから。」




















抱きついて、キスしたい、その髪に。




















「何か、言ったか?」

「何も。」

「・・・変だな。」










露天風呂に浸かった二人は、月が見える方を向いて、仲良く並んで座っていた。

残念ながら、満月ではなく、下弦の月であったが。



「どうも、外で風呂というのは、慣れん。」

「こういうのが、フウリュウなんだけどなぁ。」

「ふむ・・・」

コウに教えられた通り、搾った手ぬぐいを頭の上に載せて、ガトーは湯の熱さを堪えていた。



「さらに、ここで盆を湯に浮べて、冷酒を一杯、とくれば、言うことナシなんだけど。」

「暖かい湯に浸かったまま、酒を飲むのは、身体に良くない。」

「それは、そうだけど、・・・はぁ。」





ここから、眺める庭には無数の灯篭が並び、数棟の離れと露天風呂との間に、光の道を形作っていた。

揺らぐ炎が月明かりに、とても映えている。



「ガイドビーコンみたいだ。」

「その言い方は、全然、風流ではないぞ。」






「・・・100数えた。出る。」

やはり、欧米人種に、熱い風呂は、厳しいらしい。

頭の手ぬぐいを手に取ると、腹部を隠して、脱衣所に向おうとする。



「待って。」

「?」



コウは、ガトーが腹部を隠す理由を知っていた。

彼なりに気を使っているのだ。

そこには、昔、コウが撃った銃の傷痕が消えずに残っていた。

・・・憎しみという衝動に駆られた、あの時の名残が。



家でも、外でも、例え、ベッドに全裸で居ようとも、バスローブやシーツで隠して、決してコウの目に触れないように。



コウは、そんなことをされたくなかった。何かが隠されてはならなかった。



「痛む?」

風呂桶と洗い場の境目に足を掛けたガトーの腰から、無理やり手ぬぐいをもぎ取って、訊いた。

「いや、もう痛まんさ。」

それで充分だろうと言いたげに、ガトーは少し笑うと、それ以上引き止められないように、さっさと出て行く。



「・・・痛む?」

何故だか、コウはそこに居なくなった相手に、もう一度だけ小さな声で訊いてみた。




















抱きついて、キスしたい、その瞼に。




















「何か、言ったか?」

「言わないって。」

「・・・」










「・・・男同士だから、ヤキモチも焼くまい。」

二組の布団が敷かれた部屋で、壁際のテレビで放映されている夜のニュースを見ていたガトーが突然言った。



そのガトーの側で、ゴロリと横になっていたコウは、一瞬、何を言っているのかわからなかったが、はたと思い出した。

昼間、弥山に登りながら、何の気なしに、告げた言葉。



「この山の神さまは、女性だから、カップルがここに来るとヤキモチを焼いて別れさせるんだって。」

「・・・バカな話だ。」

「・・・まあ、そうだろうけど。」



コウだって、深い意味があって、言ったのではない。

会話のついで、といった程度だったが、こうあからさまに「バカな話」で片付けられてしまうと、

何だか、少しだけ、悲しい気分になってくる。



・・・ああ、気にしてくれてたんだ。



笑っちゃいけないと思いながら、どうしも口の端が緩むのを我慢できずに、ガトーを見た。

彼の方も、柄にもないことを言ってしまったと、途惑いと気恥ずかしさが混ざったような顔をしていた。



こんな彼を発見するのは・・・・・・・・・とても、楽しい。




















抱きついて、キスしたい、その唇に。




















「今度こそ、何か言ったろう?」

「言ってないよ。」










「・・・・・・・・・そろそろ、休むか。」

「・・・うん。」



テレビを消して、コウがすでに占領している布団ではなく、残った一組の方へ移動しようとした。



その時、

「まだ、赤いな。」

「あれ、長風呂しすぎたかな。」

上気したコウの頬に、すっと手を伸ばす。



「おまえ・・・熱いぞ。」

「え・・・そう?」



頬にある手を、額へ当て直した。



「少し熱が有りはせんか?」

「・・・微熱だよ。」

「知ってたのか!」

こうなると、ガトーは持ち前の鋭い視線で、コウを睨む。



「だから、ただの微熱だって。」

「何事も最初の手当てが肝心なのだ。何故、黙っていた?」

そう訊きながら、訊き終わる前に、コウの答えがわかるような気がした。



「・・・だって、せっかくの旅行だし。台無しにしたくなくて。」



そうだろう、おまえという奴は、

「・・・全く。」



ガトーは、呆れながらも、微熱以上ではないことを確認して、少しだけ安心する。



「寝ろ。」

「そんな、大した事じゃないって。」

「だいたい、おまえの体温は高すぎる。子供みたいだ。」

「・・・そんなこと言われても。」



ガトーが真面目に言うほど、コウは可笑しくなってくる。





これも熱のせいかな。



それに何だか、ガトーが、かわいい・・・・・・・・・かも。





「ガトー。」

「ん?」



コウは黙って、ガトーの首に抱きついた。

その手に力を込めて、ゆっくりと目を閉じる。



どう見ても、キスをせがんでいるとしか思えない。



一瞬の躊躇の後、ガトーの顔が動いた。もちろん、コウの方へ。

わずかに触れる、唇。いつもより、ほんのり熱い。

だが、すぐ離れる。





「もっと。」

もう一度顔を近づけて、唇を重ねた。

少しだけ、長いキス。





「もっと。」

唇を離した途端、そう言うコウの顔を、ガトーは見つめ直して、さらに長く唇を吸った。





「・・・もっと!」

今度は・・・すぐには離れなかった。

代わりに、ガトーの舌がコウの唇を割って侵入してくる。





ガトーだって、熱い。こんなに。



コウを求めて動き回るその舌の熱さに、頭のどこかで、そう思う。





どさり、と二人の重たい身体が布団の上に倒れ込んだ。

その唇は、まだ重なったままだ。










・・・その夜のセックスは、力と力がぶつかり合うような、これまでのものと、どこか少しだけ違っていたかもしれない。





ほんの少し、優しくて、切なくて。




















・・・抱きついて、キスしたい、そのすべてに・・・




















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・・・オチは無いです(大笑い)。
単なるラブラブ話でした。

厳島デート編から書き始めたら、だらだらと長くなって、
すっぱり切って旅館の場面からにしてしまいました(苦笑)。

かるーく、オマケとして上げるつもりだったのになぁ。
すみません(・・・またもや/爆)。

管理人@がとーらぶ(2000.07.23)

・・・そしてなぜか一部修正(2000.07.24)











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