ナイメーヘンの八月は涼しく、トリンントンの八月は寒かった。八月が暑いと決めつけるのは、北半球の温帯地方を中心に世界が回っていると考えている人間の誤りだろう。だが、ここ、オークリーの八月は、まぎれもなく暑かった。・・・いやになるほど。


 
エア・コンディションが完璧に整備されているはずのコクピットで、暑さを感じてしまうのは、この狭く閉鎖された空間で、ベルトにきっちりと体を固定されて、MSを操縦するために必要な動作の範囲でしか、自由に動けない故の錯覚かもしれない。



 「暑・・・ッ。」

 それでも、コウ・ウラキ少尉が、のどの渇きを覚えて、足元の備品セットの一部である金属のボトルに手を伸ばすと、500mlのミネラル・ウォーターは、ほとんど空に近かった。当然だろう、今日の模擬戦は10時間にも及んでいる。あきらかに過当労働だ。だからと言って、抗議のひとつも言えない。彼は連邦軍に所属する軍人で、これは任務なのだから。



 「ふー・・・」

 コウは、ジム改の操縦席で、わずかに残った水を飲みきってしまうと、大きく息を吐いた。身体の中の熱が少しだけ排出されて、ホッとする。



 ・・・『抗議』はできないけど、終わったら『愚痴』はたっぷり聞かされそうだ。キースから。



 連邦軍・オークリー基地のMS実験小隊に配属されて約4ヶ月。同僚で親友のチャック・キース少尉も、この平原のどこかで歩き回らせれているはずだった。ジム・キャノンIIに乗って。今日のメインは新型バズーカの出力テストで、それと同時にジムが受ける反動、どの部分に負担がかかるかのデータも取られている。平原でバズーカを撃ち、データを取り、弾を補充、移動して、川の中で、バズーカを撃ち、データを取り、弾を補充、そして移動して山岳で・・・こうして飽きるほど繰り返された。延々10時間も。

 様々な地形で様々な態勢であらゆるデータを取る。それが、テストパイロットの仕事。

 でも決して実戦ではない。それが、テストパイロットの仕事・・・



 『よーし、引き上げた。・・・ウラキ少尉、キース少尉、いい数字が出とらんぞ。』

 小隊長の声が、ヘルメットに内臓された通信システムから響く。・・・新しい上官は、相手が望む結果が出るまで、部下をこき使うタイプの男だった。この場合の相手とは、試作品を持ち込んでくる先、主には『アナハイム・エレクトロニクス』であり、よって、そちらへのウケは良く、部下に慕われること少なしで、

 『月曜日は、予定を変更して、もう一度模擬戦を行うか。』

 (・・・また。)

 コウは今更ながら、故サウス・バニング大尉との違いを思わずにはいられなかった。










〇〇八四年八月一五日











 コウ・ウラキが、北半球ナイメーヘンの連邦士官学校を卒業し、初めて配属されたのは、南半球のオーストラリア・トリントン基地だった。

 当然、軍隊というものに対する考えの雛型は、そこで培われたのだが、こうして新しい基地と新しい上官のもとで任務についてから、カラーの違いを実感していたのだ。



 『あー、やっと帰れる〜』

 「キース・・・怒られるぞ。」

 機体は、モニターに写る光点でしか確認できないが、キースの声が電波に乗って流れてきた。今度の小隊長は、厳格で冗談のひとつも言えない雰囲気だ。が、任務を終えて基地へ帰還中ともなれば、軽口を叩きたくなる。こちらの音声がすべてカットされずに、小隊長の乗った情報収集用のコマンド・ビークル内のディスクに記録されているとしても。



 「・・・確かに疲れたけど。」

 ジム改のショック・アブソーバーはまだまだ未完成だ。大地を一歩踏むたびに、コウの座った操縦席も揺れる。・・・ズンッズンッと下から突き上げてくる音。今では当たり前のように、平気な顔で座っているが、お尻の感覚が麻痺した頃もあったのだ。それ以上にMSに乗れた喜びの方が勝ってはいたけれど。

 『ガンダム』という名の機体に乗ったことのあるコウにとって、ジムの機動性にも、いらいらさせられたが、それにも慣れた。慣れざるを得なかった。たとえ、ボールに乗せられたって、テストパイロットとしては、黙々と任務に励むべきだ。



 『今日、金曜日だぜー。外に飲みにいく?』

 どんなに疲れていても、口で言うほどは、それを見せないキース。単に元気なだけと思っていたこともあったが、キースの明るさに何度も救われた。おまえはイイ奴だよ、ほんと。



 「・・・モーラさんは、いいのか。」

 『ん・・・はは、たぶんこの機体の整備で、時間ないんじゃないの。』

 「・・・うーん、どうしよう。」

 キースなりの気の使い方。ニナ・パープルトンと別れて一月足らずのコウをちょこまかとかまってくれる。





 最初、この基地に赴任してニナの存在を知った時、コウは塞がりかけた心の傷が再びえぐられるような痛みを感じた。好きだった。・・・それには間違いがない。今も好きだ。・・・それもたぶん当っている。だが、好きとか嫌いとかのレベルではなく、コウの心の中で何かが壊れていた。

 ・・・その空隙は、ニナに癒してもらうべきものでなく、コウ自身で埋めなければならないのだ。そう思えるほどには、大人になっていた。あの『戦い』の後では。



 基地内で顔を会わす度に、ぎくしゃくした会話を続けていた二人だったが、3ヶ月近くもの長い時間をかけて、ようやく言葉としてはっきりと伝えた。

 『一緒にいたいと思わない人と一緒にはいられない。・・・ごめん、ニナ。』



 ニナ・パープルトンは、『納得した顔』で、月へ戻った。ほとんどそれが唯一の選択肢だった。そこから先は知らない。



 ・・・・・・・・・時が経てば、もう一度、めぐり合うこともあるだろうか。









 ざわわっ・・・

 基地の食堂には活気があった。大勢の男たちとわずかな女性たちの群れ。あまり上品とは言えない食べ方を披露している無骨な軍人の集団。コウとキースも格納庫にMSを収めた後、シャワーを済ませて、ここに現れた。メニューは、単純だが栄養価が高く、味に文句はつけても、昼に操縦席で食べた軍用簡易食に比べれば、何倍もイケる。



 非常時でない限り、任務はほぼカレンダー通りに充てられている。金曜の夜は、独身者や単身者の群れが基地周辺にどっと繰り出した。また翌週からのつらい任務に耐える栄養を補給するために。



 (・・・軍隊なんだから、こっちの方が『正しい』のかもな。)

 プレートの上のきゅうりとハムのサラダをフォークでつつきながら、コウは『上官』に思いを馳せていた。



 士官学校の卒業前にぼんやりと想像していた上官といえば、下に厳しく上にへつらうような官僚型だった。小隊長は、そのイメージ通り。・・・でも、彼のもとで実験部隊としては、アナハイムが手放しで喜ぶほどの成果を上げている。

 バニング大尉が、懐かしい。隊長としてもすばらしい人だったと思う。でも、それは部下である俺から見た一面で、他から見ればまた違う評価があるのかもしれない。

 軍とは・・・軍隊とは・・・



 「コーウ、なに深刻な顔してんだよ。」

 「え・・・ゴメン、ゴメン。・・・そう?」

 「そうだよ。きゅうりを見つめたまんま。おまえが嫌いなのはニンジンだろ!」

 「ははは・・・」

 向かい側に座ったキースは、すでに半分以上を平らげている。・・・ああ、食べなきゃ。



 新たな配属先が、地球上の実験部隊であったことで、コウはどこか自分を卑怯に感じながらも、安堵していた。あの『デラーズ・フリートの戦い』で生じた混乱は、収まっているように見えたが、「外」に出れば、どんなきっかけで、「実戦」に遭遇するかわからない。



 俺は、戦いたくないんじゃない。戦うべき相手がわからないんだ・・・



 これまで単に『敵』だと思っていた、ジオン軍。

 だか、ケリィー・レズナーもアナベル・ガトーもコウに何かを与え、奪ったのはむしろ、連邦軍の方だった。





 民間と違い、軍刑務所では極端に与える情報が制限されている。

 そうしてコウは、罪状自体が消滅したという下らぬ理由で途中で打ち切られた懲役刑の後、ここに配属されてから、アルビオンのシナプス艦長が極刑、・・・つまり死刑になったことを聞いたのだ。



 深い後悔。



 軍事法廷で、コウは一言も弁明しなかった。自分のしたことに責任は取るつもりだったから、それで十分だと思っていた。言わないことで、上層部に対する反骨を示したつもりでもあった。だがそのせいで、シナプス艦長が命まで奪われたのだとしたら・・・



 (・・・あの時、わかっていれば、自分のためではなく艦長のために、必死で抗弁したのに。)



 軍隊という組織からすれば、コウのしたことに対する責任は、確かにそれを認めたエイパー・シナプスにもあるのだ。だが、心情が、それで納得できうるはずもない。『極刑』まで想像できなかった自分の甘さに、コウは少なからず慙愧の念で震えたのだった。・・・そう今でも。



 「ああー食った食った。」

 「・・・」

 「・・・おまえ、遅いぞ。」

 「待てよ、あとパンひとつ。」

 いつもより、時間をかけてしまった夕食の最後のパンを牛乳で流し込むようにして、コウを待たずにわざと席を立とうとするキースに付き合って、コウは無理やり食事を終えた。


 プレートを所定の位置に片して、兵舎の方へ戻ろうとする。

 「わっ!!!」

 キースがいきなりコウと肩を組んだ。耳元に顔を寄せる。

 「コウ君。ぜーったい、今日は飲みにいかないとダメ!」

 「キース・・・」

 「なっ!」

 食事の間、コウの様子を気にしていたのだろう、キースは強引に、だがイヤミなく、コウを外へと誘った。

 「・・・わかったよ。」

 「そう、こないと。」



 ・・・だが、並んで戻る途中、談話室の前に差し掛かった時、ちょうどひとつのニュースがテレビから流れてきた。



 「次のニュースです。今日八月一五日はジオン国慶節にあたるため、各地でのテロや暴動が警戒されていましたが、今のところ、目立った動きはない模様です。連邦軍のバスク・オム大佐は、次のように話しています。

 『ジオンの残党が糾合して我々に対抗するなど、もはや幻想に過ぎん。ティターンズがある限り・・・・・・・・・』



 コウは、なぜか耳を塞ぎたい衝動に駆られた。敵・・・敵とは・・・



 その後でゆっくりとアナウンサーの言葉が頭の中を揺り返し、

 (・・・ああ、今日は八月一五日だったのか。)

 ひとつの懐かしい光景が、コウの心に浮かぶ。



 「キース!やっぱり止めた!!」

 「えっ???」

 「ちょっと待ってて。」

 呆気にとられたキースを残して、コウは踵を返すと、食堂に向かって駆けっていった。数分後戻ってきたコウの手には一本の『きゅうり』が握られていた。



 「コウ・・・・・・・・・それ、何だよ。」

 「きゅうり。」

 「そりゃあ、見ればわかるよ。だから、何だ?」

 「食堂で、分けてもらった。」

 「ああ・・・もう!!!だから、何できゅうりなんかもらったのかって訊いてんの?!」

 要領を得ないコウにキースはふざけるようにして大声を出す。だが、

 「キース、『迎え馬』って知ってる?」
 
 「へっ?」

 コウの答えは、さらにわからないものだった。



 「・・・いや、知らない。」

 「だよな。・・・まあ、気になるんなら、見てて。」





 コウは、自分用の宿舎に戻ると備え付けの机の引き出しから官給品の軍用ナイフを取り出した。そしてきゅうりとナイフを握ったまま、裏庭へと歩いていく。後を行くキースは少し不安げだ。



 「この辺りでいいか・・・」

 宿舎の喧騒から離れて、影になった場所を選ぶと、落ちた木片を拾って、ナイフで加工しはじめた。・・・細く削っていく。



 「・・・コウ、それで結局何やってんの?」

 「子供の頃さあ、祖母の家に遊びに行くと、この季節にいつも縁側で『これ』を作ってたんだよね。」

 木切れは、10cmほどの長さの四本に分けられた。それをどういうわけか、きゅうりに刺していく。前の方に二本、後ろにも二本。角度を付けて。



 「・・・ほら!馬。」

 「うまぁ?」

 きゅうりが胴体、四本の木を足に見立てるんだと、コウが説明する。

 「み・・・見えなくもない、けど。」

 「うちの方の風習で、この季節を『御盆』って言って、あの世から、魂が還ってくるんだ。それで少しでも還りやすいように、足の速い乗り物を用意して待ってるってワケ。」

 「・・・・・・・・・タマシイって『幽霊』だろ・・・やめろよー。」

 そんな風習にはまったく縁のないキースは、そんなことを言われても、戸惑うばかりだ。

 「大丈夫だって!はは。」



 (・・・今年は、還ってきて欲しい人が、たくさん、いるんだ。)



 コウは、ロウソクのかわりに懐中電灯を立てて、その『馬』の前で静かに手を合わせた。





 できることなら、もう一度会いたい。



 でも今更、何もできない。・・・わかっている。だからこそ。



 だからこそ、コウは祈った。無心に。彼らのために。その魂が安からんことを。



 コウは特別ロマンチストというわけではない。彼らの死を悼むのも軍人の前にまず人間であることを考えれば、当たり前かもしれない。だが、その当たり前のことが軍隊では少なからず、正論でなかったりする。





 もう一度・・・カークス少尉、アレン中尉、バニング大尉、そしてシナプス艦長。



 ・・・ルセットさんにも謝りたい。ああ、俺が、この手で倒したケリィさんにも。



 ・・・そして・・・そして・・・



 そう、コウは特別ロマンチストというわけではない。だからソーラ・レイの光が味方をも焼こうとするのを見た瞬間、信じていたものが崩れていく『ガラガラ』という音を聞いたとは、思っていない。

 その前から、少しづつヒビ割れていた。アルビオンに対するジャブロー首脳部の扱い。ラビアン・ローズでのナカト少佐の横暴。そして、ニナが突きつけた現実と、・・・ソーラ・レイの裏切りの光。





 あの時、自分は『叫んで』いた。・・・でも何に?



 連邦は勝った。



 だが、自分は負けたのだ。コロニーは落ち、ニナは失い、ガトーとの決着はつかないまま・・・・・・・・・



 (俺は・・・敗者だ。まぎれもなく。)





 「わっ???」

 静寂は、キースの声で破られた。コウのやってることは理解できないが、コウが誰かのために祈っているのは、わかる。そしてコウが深く傷ついたままなのだということも。だが、急に懐中電灯の明かりが消えたのだ。ちょっと怖いじゃないか。

 さっぱりわからぬ祈りを捧げる姿と急に辺りが暗くなったことを合わせれば、思わずキースが叫んだのも仕方ないだろう。単に懐中電灯の電池が切れただけでも。



 コウはまだ、しゃがんだままだ。どうしようもないので、キースが懐中電灯を手にとって、蓋を回して中から電池を取り出した。『マニュアル』非常時に電池が切れた場合は、まず擦れ・・・を実践する。それから元通りに収めると点灯スイッチを押した。すうーっとオレンジ色の光が付く。

 ・・・そして、その明かりの下でキースは見た。





 「コウ、おまえ・・・」

 「・・・え。」

 「おまえ、なに泣いてんの?」





 コウはまるでスローモーションの映像のように、だんだんと、自分の頬が濡れているのに気づき、それが涙であることに気づき、あごの下に伝わってポタポタと地面に落ちるほど滂沱していることに気づいた。





 「は・・・はは・・・ほんとだ。・・・・・・・・・なんで泣いてるんだろ。俺。」

 力のない、コウの声。



 ・・・くっそ!・・・らしくない、らしくないよ、コウ。頼むから、

 「泣くなよ〜〜〜!!!」



 どうしようもなくなったキースは、コウにヘッド・ロックをかけた。それが無意識の行動にすぎなくても、どれほどコウにとってありがたいものだったろう。泣きながら、コウは笑った。



 「ははは、ごめん、キース。ごめん・・・」





 涙は時に、人の心を軽くする。



 ・・・だが、時には、いっそうの重さを増すこともある。



 コウの心がほんの少しでも軽くなったとしたら、それはキースのおかげかもしれない。















+ END +










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+-+ ウラの話 +-+



は・・・八月中に載せられてよかったです(笑)。あやうくネタが腐るところでした。

超私的ウラ話ですが・・・(笑)。
最初、ガンダムサイトを開いた時、「女」がやってる「ファースト」でも「W」でもないサイト、
しかも「やおい」なし(笑)・・・ってやっぱり少数派でした。
ガトーファン、0083ファンの人に会えるといいなぁ・・・そんでもって「0083」な話がちゃんと
できるといいなぁ・・・って願ってたのですが、神様と仏様が見てたんでしょうね(笑)。
来てくれたんですよ(T∇T)ノ

たぶんこっちからは探せなかったと思うので(笑)、感謝しています<?(笑)。
さらに、「0083」サイトまでオープン!!
・・・その時の私の喜びようは、言葉では表せないくらいでした(><)!

そんな訳で、本当は八月一五日にUPする予定だったこの話ですが、パソコントラブルで
妙に時間が経ってしまったので、ワンシーンを付け加えてみました。
最後の「叫び」に対する私なりの解答というか・・・これが全部ではないんですけど、
この物語で私が考えているコウの性格の場合ということで(^^;)。

妹へ、本当にありがとうです(←ちょっとテレ/笑)。

管理人@がとーらぶ(2000.08.26)











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