その翌日
「・・・・・・・・・もぐっ」
その日、戦艦アーガマの食堂には、朝食を取るクワトロ・バジーナ大尉の姿があった。4人掛けのテーブルを彼一人で占領し、目の前の食事用プレートの上には、簡素だが栄養バランスの良い品が並んでいる。
だがよく見ると、その手元はあまり動いていないようだった。
「おはようございます」
「あ・・・おはよう」
クワトロと同じパイロット食を手に持ったカミーユ・ビダンが向かいの席に座ろうとしていた。プレートを置いてすっと腰を降ろす。
「・・・・・・・・・」
「何か?」
「え・・・いや」
クワトロは意識する前に、そのカミーユの姿をじっと見つめていた。その言葉に、慌てて皿の上に目を落とし、フォークでサラダをつつく。
カミーユはいつもと変わらぬ様子で静かにスクランブル・エッグを口に運んでいる。
(私が目の前にいるのに)
自分はカミーユを見て"昨日のこと"を考えずにはいられない。なのにカミーユは・・・
だが、そんなことを思う自分が急に情けなくなったクワトロは、食べかけの食事もそこそこに席を立った。逃げ出すというのもおかしな話だが、二人の間に流れる空気を避けたくなったのである。
いわゆる"初めての朝"を迎えたのはこれが初めてではなかったが、相手が男なのも、その上少年であることも初めてだったから。
そう、二人は昨日ベッドを共にしたのだ。それはただ一緒に寝たという意味ではなくて、二人が抱き合ったという意味である。
しかもクワトロの方が強引に襲った形で、男同士がするセックスを。
クワトロがカミーユの部屋を後にしたのは、起床時間前ギリギリの時間だった。つまりつい先ほどまで、二人は裸のまま一緒に眠っていたのだ。
(しかし、これで本当に良かったのか)
自分の方から抱いてしまった負い目もあるクワトロは、ブリッジへと向かう通路の途中で考えていた。
(良かったと思いたい)
相手はパイロットとして一人前に戦っているとしても、まだ少年である。女性との経験もないコドモに、こんなことをしてしまったという罪悪感も拭えない。
昨日までの昂ぶるモノを吐き出した感のあるクワトロはいくらか冷静さを取り戻していた。
(だが、あれは・・・)
二人で体験した世界は、既に特別なものになりつつあった。
ニュータイプ同士だからか、それとも本当に惹き合っているからなのか、不思議な満足感と暖かさに包まれた夜。
それを放棄することなど、とてもできそうにないと思えた。
クワトロ・バジーナは、いや、キャスバルもエドワウもシャアも、失ったものを諦めきれずに生きてきた。
失った父の代わりをザビ家に求め、
失ったエースパイロットのプライドをアムロに求め、
失ったララァ・スンを別の少女に求め、そうしてこそ生きてきたのだ。
(今カミーユを失ったら、私は)
そのことを考えるのは不愉快だった。恐らく、カミーユの代わりに何かを追い求めてしまうであろう自分の行く末に、薄々気付いていたからだ。
ただ一夜を二人で過ごしただけだというのに、こんなにもカミーユを手放せないものと思う自分を許しがたいクワトロは、考えるのをやめて誘導グリップを掴むと、ブリッジへと体を流した。
クワトロがモビルスーツ・デッキで百式の整備について、メカニックマンのアストナージとあれこれ話をしているところに、哨戒任務を終えたカミーユのZガンダムが戻って来た。
所定の位置に機体を納めると、コクピットをフルオープンにして、降りてくる。無重力にも慣れたものである、体をぴたりとクワトロの横につけた。
「異常ナシでした」
「ああ」
「敵さん、こっち方面には進出しないってことでしょうか」
「まだ、わからんな」
そっけない会話が続いた後、カミーユはノーマルスーツを着替えるために、パイロットルームへと移動しようとする。
「カミーユ!」
その瞬間、思ってもみないことにクワトロはその名を呼んでいた。
「何です?」
「い、いや何でもない。行ってくれ」
何か用事を見繕うとしたが、言葉が続かない。
ただカミーユが自分の側から離れていく瞬間、そう叫んでしまったのだ。クワトロはカミーユの後姿を見送りながら、ひどくそれを欲していることを心うちで認めるしかなかった。
・・・ようやく一日の任務を終えて終身時間になる。もちろん交代制だから、クワトロや彼と同じシフトの人間にとっての夜の時間ということだ。
非常態勢でない一日の時間というものは、意外とリズミカルに進んで行った。規則正しく過ごし、体調を万全に整えていてこそ、非常時の不眠不休の任務にも対応可能になる・・・
クワトロはすぐ、カミーユの部屋を訪ねようとしていた。
ミーティング、MSチェック、待機時間、そのどれもいい加減にこなしたつもりはないが、早くこの時になればいいと思っていたのも事実である。
とにかく実感したかった。そこにカミーユがいることを、カミーユが自分のものであるということを。
早くその身体を組み敷いて、自分の一部を押し込みたい。
「カミーユ・・・あ?」
だが、その勢いは肩透かしをくらった。カミーユの部屋はもぬけのからだった。
ここでクワトロがしたことは、普通の恋する男と同じである。艦内を探しまわったのだ。
MSデッキ、食堂、休憩室、パイロットルームもブリーフィングルームも探したが、どこにもカミーユの姿は見当たらなかった。
最後にもう一度だけカミーユの部屋をのぞいてみようと足を運んだが、やはりいないことを確認すると吐き出せない感情を抱いたまま、自分の部屋へと戻った。
すっと開いたドアの向こうには、ベッドに腰掛けてこちらを見るカミーユの姿があった。
「カミーユ!!」
クワトロは、内心ほっとしながらカミーユに近づくと、ひざまづいてその太股のあたりに顔を埋めた。その頭にカミーユの手が伸びて、ウェーブのかかった金髪をそっと撫でる。
だが、安堵感は気恥ずかしさから怒りになって燃え上がった。
立ち上がったクワトロは、すかさずカミーユを押し倒すとその唇を重ねる。舌を差し込んで乱暴にカミーユの口の中を蹂躙していく。
手順など何も無い。右手はカミーユの青い制服を下だけ脱がしにかかった。
「そんなに乱暴にしなくても、もう僕は逃げませんよ」
やっと自由になった口でカミーユが囁く。その顔には笑みさえ浮かんでいた。まるで全てをわかっていると言わんばかりに。
しかし、クワトロの勢いは止まらなかった。
カミーユをこの世界に留めておくには、一秒でも早くその身体を繋ぐしか、方法がないかのごとく・・・
「ああっー!!」
・・・痛いに決まっている。部屋の中にカミーユの叫びが響いた。水気の無いソコに大きな塊を刺し込まれたのだから。
だが、悲鳴のような声をあげたはずのその顔は、変わらぬ笑顔を見せていた。
二人は向かい合ったまま、身体を重ねていた。簡素なベッドを軋ませながら、クワトロの身体が前後に動き、それにつられてカミーユの身体も揺れている。
「あああ・・・」
「くっ・・・うぅ!」
朝、カミーユと別れてから溜まっていたものが氷解していくようだった。お互いに触れ合っている部分を起点に様々な感情が伝わってくる。
優しさ、愛おしさ、慈しみ、寂しさ、飢え、不安・・・
身体を愛する方法をクワトロは知っていた。それで充分だと思っていた。
だが、
(心は?心を愛する方法があるのか・・・)
痛みを堪えて彼を受け止めているこの少年に、何をしてやれるのか考えずにはいられない。
「・・・・・・はぁぁっ!!」
「ううう!!!」
充足感に包まれながら、クワトロは放出した。カミーユの中で。
カミーユを達かせるより前に、自分だけが達ってしまったことに気付いて、クワトロは苦笑いを浮べた。そんなにも焦っていたのかと思いながら、今度は少年を満足させてやらねばと、やや萎えたソレを抜かないまま、大きくなるのを待つ。
身体の下でこちらを見上げているカミーユの上気した肌が、ひどくエロティックに写った。
(・・・・・・・・・)
その時クワトロは、現実にカミーユはここにいるのに、こうして身体を繋げているのに、いつか消えてしまうのではという思いが少しも減らないことに気づいた。
一方で、今もカミーユから身体を、心を、満たし解き放つ何かを感じ取っている。
二つの噛み合わない感情の狭間で、クワトロは必死で落ちつける場所を探していた。
だが、この関係の行きつく先はクワトロにもカミーユにも、想像できそうになかった。
もし想像したとしても、それを上回ることが二人に訪れるに違いないと、恐らくそれだけが真実だろうとクワトロは思う。
今はただ、カミーユにできるだけものを返そうと、ゆっくりとキスの雨を降らせはじめた。
夜はまだ、これからだ・・・・・・
+ END +
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一応、『Sympathy』の続きです。だからその翌日(笑)。
ますます深みにはまっていくクワトロ、余裕のカミーユというスタンスで書いてみました。
二人の関係は特別なようでまだまだ表面的なものなんです。
しかし、そこへ到達する前にカミーユは・・・
ハッピーエンドがありえないと思わせるのはやはりクワトロのせいかも。・・・不幸が似合うでしょ(悲)。
管理人@がとーらぶ(2002.05.02)
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