オリーブ・ド・ラブ










 要塞アクシズの緑化地区にある公園で、男がひとりベンチに腰掛けていた。背もたれに寄りかかるではなく、軽く前かがみのうつむきかげんで目を閉じ、腕は力なく落ちるままのように太腿の上に投げ出されている。モスグリーンの軍服は特に飾られた部分もなく、男が特別な男ではない、ただの一般兵であると示していた。階級章に目をやりさえすれば、男が軍曹であるとわかるだろう。

 (・・・・・・・・・少佐。)

 まだ建設途上であるアクシズは、整然とした都市計画のもと、味気ない構造を持った宇宙要塞であったが、この狭い空間で人間がストレス少なく暮らしていけるよう、必要性にかられていくつかの緑化地区が設けられていた。そしてこのアクシズの中で、唯一この公園の中だけが、男にとって一息つける場所であった。樹木の種類は少なく、花卉類はほとんどなく、成長途上の木々の間にむき出しの地面の茶が目立つとしても、ここが唯一の安らぎの空間だった。

 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・少佐どの。)

 「何を熱心に祈っているのかね。」

 「は、ハスラー少将?!」

 男は両手を組み、目の前の緑の中に懐かしい顔を思い浮かべていた。その姿は傍目に祈りを捧げているように見えたのだろう。上官に声を掛けられて、慌てて立ちあがって敬礼する。

 「・・・休め。・・・・・・・・・ここでは、畏まらずともよい。」

 「はい。」

 ユーリ・ハスラー少将が男の座っていたベンチに腰掛け、男にも座るように目で合図したので、失礼ではないかと思いながらも、隣に並んで腰を下ろした。

 男が地球圏から遠くアクシズにたどり着いてから、一ヶ月ほどの時間が流れていた・・・・・・・・・。




















 カリウス軍曹が、デラーズ・フリートとしての戦いを終えて、アクシズに着いてから1週間は厳しい尋問が待ち構えていた。閉鎖空間に見ず知らずの人間を入れることを、人々は嫌うものだ。特に軍隊のような組織であれば。同じジオン兵という立場であっても、地球圏に残ったものとアクシズに逃れたものとでは、三年前、道は分れてしまっていた。

 生き残った軍人の中で図らずも一番上の階級となってしまったカリウス軍曹には、綿密な報告が求められると共に、異分子ではないかと恐れから、取り調べのように監察室での調書作成が行なわれた。できあがった戦闘報告書は、微細に渡ってデラーズ・フリートの蜂起が記されることとなったが、如何せんカリウスがデラーズ・フリートに合流したのは、作戦の中盤からである。事前計画やオーストラリアやアフリカでの戦いぶりは、人づてに聞いたものだけとなった。・・・カリウスにはそれが悔やまれた。

 (一緒に戦いたかった。最初から最後まで少佐のお側で。)

 何一つ見逃したくなかったのに。・・・・・・・・・それが悔やまれた。



 一週間後、ユーリ・ハスラー少将付きで、カリウスは(一応)自由の身となった。監視はついているかもしれないが、行動の自由が制限されるようなことはない。狭い監察室と寝室の往復から開放されて、カリウスはまずアクシズに慣れようと思った。軍人である以上、転属はつきものだ。ここを新天地として生きていくのがあたり前だと思っていた。

 モビルスーツ隊の詰所に顔を出すと、カリウスは意外に人気ものとなった。アクシズの人間にとって、カリウスには懐かしいサイド3の、そして地球の、なまの雰囲気があふれていたのだ。誰もがカリウスを捕まえて話を聞きたがった。最初はそれに色々と答えていたが、段々と違和感を感じるようになった。原因は、カリウスにとっての現実の戦闘であったあの戦いを、まるで胸が躍る物語のように聞いてくる男たちのせいだった。

 『戦闘報告書に書いてあることがすべてです。』

 そう言って、カリウスは話を断るようになった。同時に詰所にいる時間が辛くなった。



 アクシズの中はいくつかのブロックに分けられていた。大まかには居住空間と基地にあたる部分に分けられるのだが、その中にも奥の院と影で呼ばれる宮殿のようなところ(ミネバ様がいらっしゃるのだ)や、公共の商店街や、子供の学校や工場地区までバラエティに富んでいる。

 ブロックごとに建設が進み、その不思議な熱気に目眩すら覚える。どこかぎらぎらして、・・・茨の園の秘めた闘志とは異質なものだ。公主をいだくお膝元は、こうも違うものなのか。



 行き場のない思いを抱えてカリウスは、アクシズの中を歩いた。そしてこの小さな公園にたどり着いた。緑の優しさにわずかでも心が安らぐ。どこかほっとできる。

 『ガトー少佐。』

 なんどその名をつぶやいてしまっただろう。これから、もしかすると一生アクシズで暮らしていかねばならないかもしれないのに、ここには語るべき相手がいない。カリウスが話したいのは、ただ一人、尊敬するアナベル・ガトー少佐だけ。

 カリウスの務めには、あの戦いで亡くなった人々の弔いもあった。・・・生き残ったものの中で一番上の階級となってしまったカリウス軍曹には、そういう義務もあったのだ。しかし未だに、軍務局と話をつけられずにいる。弔うことは、少佐の死を認めることだ。・・・死んでしまったことはわかりきっていても、カリウスにはそれが辛かった。

 白い墓標の群れは嫌いだ。死を恐れているわけではない。現にアナベル・ガトーの元で戦ってきたということは、カリウスは歴戦のつわものであることの証でもあった。激戦区で戦い生き延びてきたのだ。

 大きな怪我もなく、死に晒されたことがない。だからこそ、実際に死にそうになった時に、どんな風に死と向き合っているだろうかとも思う。

 (あの方は、どのようにしてなくなったのか。死に様は見たが、ヘルメットの中の本当の顔はわからない・・・。)

 ぼろぼろの機体でサラミスに特攻して散った姿を見た。最後の声も聞いた。しかし顔はわからない。怒っていたのだろうか。それとも笑みを浮かべていたのだろうか。

 公園のベンチに座って、緑に囲まれ、考え続ける。



 アクシズにも白い墓標の群れがあった。建設されてから以降、小規模な戦闘も事故も謎の風土病もあり、死因には事欠かなかった。白い墓標は、もっとも具体的な死のイメージで、だからこそ少佐の墓としたくなかった。アクシズで亡くなったわけでもない、少佐の墓をここには作りたくない。

 (誰が少佐の死を悼んでくれるというのか。)

 しかし、このまま放っておくわけにもいかない。墓のある無しにこだわる人ではないが、生きている自分には何らかの『けじめ』が必要であった。少佐の理想を追っていくためにも。



 新兵としてガトー大尉の元で過ごした一年余りの時間。

 三年後、共に戦い抜いた仲間としてガトー少佐と生きた1週間足らずの時間。

 ・・・どちらもカリウスにとって大切な思い出だ。一年戦争の頃、戦いの日々であったようで、その実、合間にはゆったりとした時間もあった。普通の生活をするソロモンの悪夢の姿なぞ、誰が覚えているだろう。

 星の屑作戦の間、激しく短い時間の中で、少佐は色んな顔を見せてくれた。

 『私はこれでよかったのか?』

 ・・・・・・・・・その声を私はけして忘れまい。だからあなたはゆっくり休んでください。




















 「何を熱心に祈っていたのかね。・・・聞いてよければだが。」

 「・・・ガトー少佐のことを考えておりました。」

 「そうか。」

 と一言言ってハスラー少将も目を閉じた。・・・閉じたまま黙り込んでしまった。長い沈黙が続くと、下っ端のカリウスの方が先に音を上げてしまう。

 「少佐には墓標が相応しくない気がして、そこのオリーブの樹を代わりに見立てて、祈っていたのです。」

 ちょうど目前に立っていたオリーブの樹を見つめて、カリウスはそう言ってしまった。言ってから、いい考えかもしれないと思った。

 「・・・そうか。」

 そしてまた黙り込む。カリウスにとって5倍にも感じる緊張の時間が過ぎたあとで、ハスラーが言った。

 「私にも少し譲ってくれんかね。」

 カリウスは、一瞬意味を掴みそこねた。それから、

 (・・・ああ。)

 たしか、ユーリ・ハスラー少将とエギーユ・デラーズ中将は、同期で親友であったと聞く。先遣艦隊司令として自ら志願し友の元に駆けつけたと。動のオーラを持つデラーズと静の雰囲気を持ったハスラーは、正反対のようでいて、しかしどこか似ていた。

 一年戦争は、残酷にも同期の道を分かちてしまった。遠くアクシズと地球に。ギレン派やキシリア派やドズル派にも。同期であろうと勢力争いもあれば、なんとか水面下でうまくまとめようと努力していたものも。

 派閥など自分には関係のないことだと思っていたが、デラーズ・フリート出の自分は、今ここに居場所がないと感じている・・・。ハスラー少将も同じなのではないだろうか。同期の友の死を悼む場所が、ここには・・・・・・・・・。



 「どうぞ、閣下。」

 「うむ。」

 ハスラーは僅かにうなずいてから立ちあがった。つられてカリウスも立つ。

 「明日から正規クルー入りだ。頑張ってくれたまえ。」

 「はっ。」

 敬礼ではなく目礼をして、カリウスはここで生きていく決心を固めた。















 オーリブの樹が揺れている。循環のためにニセモノの風が吹いているのだ。・・・カリウスは祈る。



 (戦いは生き残ったものの務めです。だからだからあなたはゆっくり休んでください。)



 私は生きている限り、あなたを追いつづけます。










 あの日、窓の側で、『私はこれでよかったのか。』と問うた少佐。



 ( あなたのように生きたいと願うものがここにいます。)



 ・・・・・・・・・これでよかったと思ってはいただけませんか、少佐?





 オリーブに願う、カリウス軍曹の追悼の日々は、始まったばかりである。















+ END +










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2005年初のチャットで『星の屑月間』の名残小説をまずは書く!と宣言してから、
一年以上過ぎました(だめっぽい)。

・・・実は、2004年度のお祭りに考えてたものなのですが、
ちょうど某議長がお亡くなりになって
何度も議長とオリーブの映像が流れてたからです。

それから『オリーブ・ドラブ』という色があるんですが、
私の耳にはどうしても『愛のオリーブ』に聞こえてしまうので、
こんなタイトルにしてみました。
(ノーマルザクや戦車の腐った緑みたいなあの色のことです/笑)。

管理人@がとーらぶ(2006.02.05)











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