キス・キス・キス
 「ねえ、ファ、キスしよっか」
 「え、何?」
 全然ロマンティックさのない誘い方で、突然カミーユ・ビダンがファ・ユイリィに言った。
 戦艦アーガマの狭い通路で向かいあっている二人。
 「いいだろう、キスぐらい」
 「何が! ・・・んんっ!」
 ファが”いい”とも”いや”とも答える前に、カミーユはさっさと自分の唇を押しつけた。
 ・・・・・・バシッ!
 「イテッ!!」
 静かな通路にファの平手打ちの音が響く。
 「カミーユのバカ!!!」
 そう言うと、ファは床を蹴って、つきあたりのT字路を右に曲がっていく。叩かれた頬をさすっているカミーユを残したまま・・・
 (バカバカ、こんな風にすることないじゃない! ムードも何も無いんだから!!)
 ファーストキスだったのだ。別にカミーユが相手でいやだったのではない。ただファにも夢があった。それを見事に壊してくれたのだ。
 (もう、知らない!!)
 一方、取り残されたカミーユはファの思いとは裏腹に、そのキスになんの感情もなかった。いや、正確には”ない”のではなく、キスしても何にも感じないなと感じていたのである。
 (さっき、クワトロ大尉にキスされた時は・・・)
 こんなではなかった。今も思い出すと顔が赤らむ気がする。
 ちょっとしたモビルスーツ戦を終えたクワトロ・バジーナ大尉とカミーユがパイロットルームに隣接するロッカーで、ノーマルスーツから普段の制服に着替えていた。
 すると突然、クワトロが訊いたのだ。
 「カミーユ、ファとキスぐらいしたのか」
 「・・・してませんよ、どっちにしろ、あなたには関係ないでしょ!」
 出撃前のファとのちょっとした"レクリエーション"のことを耳にしたのだろう。クワトロなりに気を使った質問なのかもしれない。が、いきなりそう言われたカミーユはクワトロの内心を考える暇もない。
 「じゃあ、他の女とはあるのか」
 「ありません。悪かったですね」
 本当にキスの経験がないカミーユは、むくれたように答える。その時、大尉の眼が意地悪く笑ったような気がした。黒いサングラスに隠されて見えないはずなのに・・・そう思っていると、少し汗を浮かべた端正な顔が近づいてくる。
 さらに何か言う気なのかと苛立ちを感じている間に、大尉の顔は信じられないほど近寄ってきた。とうとう止まることなく、クワトロの唇がカミーユの唇に重なった。
 「え・・・」
 あまりのことに一瞬固まったカミーユだが、両手でクワトロの胸を押した。反動でカミーユの体は部屋の奥に、大尉の体はドアの方へ流れていく。
 「キスぐらい、しないから喧嘩になるんだぞ」
 「大尉!」
 クワトロ大尉はそう言うと、カミーユの声にも振り返らず、ドアの向こうへと消えた。
 一人、ロッカーに残されたカミーユはただ困惑するしかない。
 「なんで、俺のファーストキスが男なんだよ!!」
 (なんで)
 突然、
 「あ・・・」
 (ドクッ、ン)
 目の前に迫った大尉の美しい顔を、自分の唇を覆った大尉の唇の感触を思い出したカミーユの心臓が、大きく脈打った。
 (何、ドキドキしてんだよ俺は・・・)
 「いくら初めてキスしたからって・・・これじゃ、ガキだ!」
 (ドクン、ドクン)
 カミーユは着替え終わっても、その心臓の鼓動が収まるまで、ロッカールームで立ちつくしていた。
 「カミーユ」
 「何?」
 ようやく落ち着いたカミーユが、通路に姿を現すと、ファ・ユイリィがいた。出てくるのを待っていたのかもしれない。
 「あ、あの、さっきはごめんなさい。カミーユは疲れているのに、わたし・・・」
 出撃前の喧嘩のことを謝っている。だが、カミーユにはさっきのキス以上の事件はない。ファとのレクリエーションなんて、何が原因だったのかも忘れてしまった。珍しく、ファの方から謝っているのに・・・
 ふと、うつむきがちなファの唇が目に入った。
 キスぐらい、しないから喧嘩になるんだぞ
 クワトロ大尉の言葉が甦る。
 「ねえ、ファ、キスしよっか」
 ファにキスしたいという欲求からではない。
 (ファにキスすると、どんな気分なんだろう)
 ただそれを確かめたかった。
 (さっきみたいにドキドキするんだろうか)
 だが、カミーユの期待に反して、何の感情も起こらない。逃げたファを追うこともなく、クワトロと交わしたキスの記憶を呼び覚ましていた。
 (キスにドキドキしたんじゃなく、相手がクワトロ大尉だったから、ドキドキしたってこと?)
 そんなバカな−−−−−−としか思いようがなかった。
 (大尉にとっては、挨拶みたいなもんか? でも、普通は男とキスなんてしないよな・・・
 わからないよ、大人の考えることなんて!!)
 ファにキスすることで正解が得られると思っていた問題は、ますます解けなくなった。
 (クワトロ大尉、今、どこかな? 聞いてみようか、またバカにされるかな)
 ・・・・・・・・・もう一発ぐらい殴っておけば良かった・・・・・・・・・
 それぐらいしか考えられないカミーユは、とりあえず大尉を探してみようと床から体を浮かせるのだった。
+ END +
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危ないゾ、カミーユ。クワトロの策略にはまるな〜ってカンジですね。
いきなりカミーユとファのキスから始まってますが、それだけで受け付けない人がいたら、
ゴメンナサイ。
この話ではクワトロの方がいたいけなカミーユをたぶらかしています(笑)が、
普段私が書いてるスタンスとはちょっと違います。
他の作品を見ていただければ判ると思いますが、まあ、たまにはこうゆうのも・・・、
いいかな、っと。
・・・本当はフォウ・ムラサメとキスしたより後の時間なんですけど、どうしても
ファーストキスというシチュエーションが欲しかったので”無視”してます〜
ちなみに”キス”という言葉が登場すること20回、ハズカシ・・・。
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