嵐の予感
僕は何のために、あの男を探していたのだろう。
その疑問は絶えずアムロ・レイの胸の内から離れなかった。
宇宙世紀0093年3月6日、SIDE1のコロニー・ロンデニオンの港口に向かう戦艦ラー・カイラムの中で、アムロは静かに入港作業が終わるのを待っていた。
ここへ彼が来たのには理由がある。2日前、ネオ・ジオン艦隊との戦闘宙域に運悪く紛れこんだシャトルを助けたからだ。そしてシャトルには、地球連邦宇宙軍参謀次官アデナウアー・パラヤが乗っていた。ネオ・ジオンとの交渉のために。
ロンデニオンへ向かうよう命令を受けた、ラー・カイラム艦長ブライト・ノアは、それが一切無駄になるだろうと思いながらも従わない訳にはいかなかった。
だが、その交渉の席にネオ・ジオンの側から誰が出席しているのかまでは、ブライトもアムロも思い至らなかった・・・
アムロが、地球連邦軍外郭新興部隊ロンド・ベルの一員となって2年余り、その間の主な仕事は宇宙に浮かぶコロニーを回ってその実情を調査することだった。中でも連邦に反旗を翻す恐れのあるジオン軍残党の行方を掴もうと躍起になった。しかし様々な噂や情報を元に、宇宙に浮かぶ全てのコロニーを巡った結果は、あのシャア・アズナブルが生きているという証拠の欠片すら得られない惨めなものだった。
アムロの直感は"シャアが生きている"ことを、どこかで雌伏の時を過ごしていることを訴えていたが、そんなものだけでは連邦政府に知らしめるのに何の役にも立たなかった。
そしてついにシャアが生きている証拠は、本人の出演したテレビ番組によって確認されたのだ。
それは先の戦争で傷ついた難民を主な住民とするコロニー・スウィート・ウォーターの占拠宣言を、いまやネオ・ジオン総帥となったシャア自身が行なうという大胆不敵とも傲慢とも取れる仕業でもあった。
ここに至って地球連邦政府は初めてシャアが生きていることを公式に認め、ロンド・ベル隊の増強を示唆したのである。
あれほど探していたシャアをテレビ画面を通して見た。それは実に5年ぶりに見るシャアの姿だった。
年をとったなというのが正直な感想だが、髪をオールバックにし、きらびやかなマントをまとったその姿は以前より近寄りがたい雰囲気を携えて、凛とした声だけがアムロの耳に懐かしく響いた・・・
14年前、敵として出会い、5年前は仲間として一緒に戦った男。
一人の女性を挟んで、憎んだことも憎みきれなかったこともある男。
そして、かつて体を重ねたことさえある男。
たった2回に過ぎなくても男に抱かれたのだという記憶。
それはアムロとシャア以外誰も知ることのない秘密だったが、決して忘れることのできない重たい秘密・・・だった。
いや、忘れるどころか、ある部分は月日とともにより鮮明にすらなっていた。
当時は、その衝撃と嫌悪感で忘れたいと思っていたはずの出来事が、こうも鮮やかに甦ってくるのはどういうことなのだろう。
そんな思いをずっと抱いたまま、シャアの捜索に従事していたアムロは、不純な動機で探しているのではないかという疑問に、時折さいなまれた。
そう、
(調査と言いながら、本当はただシャアに会いたいだけなのではないか)
(もし、シャア会ったら何を言いたいのか)
(何をしたいのか)
それらの答えはあまりにも曖昧で言葉にならないものだったが、それ故にアムロを混乱させた。
(何をしたいのか・・・)
口の中に苦々しいもの感じて、頭を横に振る。
あれから、そうシャアに最後に抱かれてから、他の男と寝たことなどもちろん無かったが、女となら相応にあった。
今も、メカニック担当のチェーン・アギという女性が誰が見てもわかるくらいの好意を表していて、それが決して嫌なものではない以上、答えてやろうと思える29歳の男にアムロは成長している。
だが、どんな女とどれほど寝ようともシャアとの間にあった"何か"を得られることなど無い・・・それが、時間と共にはっきりと判ってしまったが、どうしてもそれを認めたくはなかった。
ニュータイプ同士が触れ合うことで開かれた世界を知ってしまうと、普通の人間の高さには戻れないと考えるのはあまりにも不遜で、他の人々をバカにしている気がする。
けれども一度知ってしまった世界の深さは、底なし沼にも似て、アムロを捕らえて放さなかった。
シャアと会うことで、それらすべてにケリをつけたいという気持ちも、真の願いとしてアムロの中にあった。
しかし、逼迫する現状はそれを許さない。ようやく話が出来たのは、5thルナを地球に落とそうとするネオ・ジオン軍とそれを阻止しようとする連邦軍、その戦いの中でだった。
モビールスーツを駆って、ぶつかり合う二人。
「人が人に罰を与えるなんて、思い上がりだ!」
「この私、"シャア・アズナブル"が粛清しようというのだよ、アムロ!」
「貴様、何様のつもりだ!!」
「地球がもたん時がきているのだ!!」
互いの過去を振り返ることのない言葉。アムロには、吐き出したい言葉がたくさんあった。
だが、シャアは新型モビルスーツ・サザビーの真紅の機体に包まれ、決して手の届かないところにいたのだ。
(シャア・・・僕は・・・・・・)
ラー・カイラムの係留が終り、ようやく上陸許可が出ると、身仕度を終えたアムロは直通エレベーターで港口からコロニー内へと降りて行った。
扉が開き、人工の大地へと足を踏み出す。
「あ・・・」
何故かその時、暖かい風が一瞬、吹いたような気がした。
その頃、シャアは奇しくも、ロンデニオンにいた。連邦との講和に見せかけた交渉のため、ネオ・ジオンの代表として現れたのは、総帥シャア・アズナブルその人だったのだ。
「ここに我々がいるのをロンド・ベルの連中が知ったらタダではすまないな?」
と嘯きながら。
滞在しているホテルの外には一面の緑がひろがっている。
窓越しにそれを見つめるシャアの横顔には、少し疲れの表情が浮かんでいるように見えた。雑事を終えた今、その心の向かう先は一つしかない・・・
(アムロ、私はあこぎなことをしている。近くにいるのなら、この私を感じてみろ・・・・・・)
しばしの休息、それがアムロにとっての任務だった。戦闘でささくれ立った神経を休めるために。戦場で100%、いやそれ以上の力を発揮するためには、例え気が向かなくてもこういう時間が必要である。上に立つ人間であるほど、そのことを理解していなければならない。
アムロはバギーをレンタルすると、行き先も決めずにドライブする。幸い、ここは観光コロニーで風光明媚な景色が売り物である。辺りには湖や公園が点在していた。
(アムロ・・・)
10分ほど車を走らせた頃だろうか、ふと、誰かが呼んでいるような気がした。
アムロにとってそういう感は少しも珍しくない。ただし戦場と眠っている時に限り。
戦場では研ぎ澄まされた神経が他人には説明できない何かを捉え、一方眠っている時には、心の壁が薄くなっているとでもいうのか、夢というにはあまりにもリアルなものを運んでくる。
だが、今は?
「アムロ・・・」
自分で口に出してその声を再現してみる。それはとても優しく響いた。昔、聞いたことがある気がする。
「あ・・・」
(シャア、に似てる・・・)
突然、思い当たる。
それも戦闘中ではなく、ベッドの上で耳元に囁かれたシャアの声音に。
(カーッ)
とアムロは身体が火照るのがわかった。そう思ってしまった気恥ずかしさに。
「ばかなっ!!」
声をあげて振り払おうとする。
(アムロ・・・)
だが反対に、さらにはっきりと聞こえてくる気がした。
「シャア・・・」
道なりに進むバギーの運転席で、まるで小さな嵐に襲われたようにアムロの心は荒れた。
ここ何年もアムロの夜をかき乱し続けているシャアの優しい愛撫の感触。
(優しい?・・・いやあれは優しいものではなかった。強引で乱暴な・・・でも・・・)
初めて二人の身体が繋がったアウドムラでの一夜。確かに行為そのものは乱暴であったかもしれない。しかし二人の間に流れた感情は優しさにも、穏やかさにも似ていた。それでいて刺激的で未知の解放感に満たされた。
だが、男の腕枕で眠ってしまった自分を思うと、いつも自虐的に笑ってしまう、そういう記憶。
2度目は、雪深いキリマンジャロのテントの中だった。外の寒さとは裏腹に、熱い身体で抱き合ったひと時。
(あの時は、さらに乱暴に僕を蹂躙した。何かを消し去ろうとでもするように・・・)
初めての時を忘れられなかったアムロは、シャアの言葉に素直に身体を開いた。
男の前で、自ら四つん這いになって求めた恥辱の記憶。
「・・・・・・テテッ!」
それらを思い出すたびに、アムロの身体に起こる変化がまたもや起こった。何のことはない、下着の内側にあるモノが勢いよく頭をもたげているのだ。窮屈な場所で押さえつけられているせいで、このままドライブを続けるのが、苦痛になる。
(・・・くそっ!!)
アムロは情けなかった。女と寝た直後でさえ、こうなることがあるのだ。
身体がシャアを求めているというのなら、それでもまだ我慢はできる。だがもしも、心がシャアを求めているとしたら・・・
(・・・・・・・・・)
目線の先に湖が見えた。とりあえず車を止めようかと、ハンドルを切る。
「ああっ!!」
その時、湖面を優雅に舞う一羽の白鳥が目に入った。
アムロにとって白鳥はいつも、一人の少女と結びつく。
(ララァ・・・)
こんな時にララァを思い出したくなかった。いや、ララァに見られたくなかった、この様を。
だが、視線は自然とその白鳥を追った。湖の端まで。そこから先はうっそうと生い茂る木立に続いている。
その時、
ザザーッ!
と音を立てて、その茂みが割れた。何か大きくて黒っぽいものが飛び出してくる。
(???)
それは一頭の馬だった。艶々した茶色の毛並みで、しなやかに体を跳ねさせている。そして馬に跨っているのは、何故か乗馬には不似合いな背広姿の男・・・だ。
(シャア!!)
(アムロ!!)
まだ遠いその男を見た瞬間、アムロは心の中で叫んでいた。それがシャア・アズナブルであると。
それと同時にアムロにはシャアの呼び声が聞こえていた。男の口が少しも動いていないのが見てとれたが、確信していた。シャアが僕の名を叫んでいると。
そして、アムロにはわかっていた。自分がシャアを呼ぶ声も、間違いなくシャアに届いているのだと。少しの疑いもなく。
しかし、直後に二人がとった行動は、全く異なっていた。
シャアはアムロから逃げるように馬の腹を蹴り、アムロはバギーの速度を上げて必死で追いかける。
「!!!」
ようやく追いついたアムロは、乱暴にもバギーから飛び降りてシャアの身体を馬の上から振り落とした。
「シャア!何故、ここに!!」
わかっていながら、問うアムロ。
「私はお前と違って、パイロットだけをしている訳にはいかんのだっ!」
ありきたりの答えを吐くシャア。
だが、口から出る言葉に意味がないことなど、二人ともわかりきっていた。
目の前にあれほど望んだ身体がある。
そして、その身体の中には、心が詰まっている・・・・・・
ようやく向き合えた生身の男たちには予感があった。これから勢力を増すに違いない、大嵐の予感が。
+ END +
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これで終り?(かな/笑)シャアとアムロ第3弾です。
すべて同じシチュエーションなので他のシャアアムも読んで頂けると良いかも・・・
この話はこっそりタラさんに捧げておきます(笑)。
真面目に書いている(つもりの)分だけ、アムロ君(のアレ)が情けないですね(←29歳だろ。大人だろ/笑)。
この後は想像におまかせします。私には珍しくHナシ。いや、その方がいいでしょう。この場合。
ハサウェィ&クエスは無視(笑)だってさぁ・・・・・・
こーらぶさん、別バージョンは???(爆笑)。
管理人@がとーらぶ(2000.05.02)
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