つきのしずく
月の雫















 三月の三日月の夜でした。

雲ひとつない夜でした。





頭上からさすやわらかな月光がとても綺麗で、
コウは上を見ながらて歩いていると、どんっと何かにぶつかりました。

とたんに何かがぴしゃりと頬に落ちてきました。

冷たい雫でした。

あれっと思っい、
どんっとぶつかったものを見ると、そこには人が立っていました。

どうやら大きな男の人のようでした。

やわらかな月光に、銀の色した肩にとどく髪が輝いていました。

やわらかな月光に、白い体が夜の闇から浮きあがっていました。

やわらかな月光に、紫の瞳がくるくると猫の目のように煌いていました。

 その瞳が潤んでいました。

コウは驚きました。

頬を濡らした雫はその銀の髪した男が紫の瞳から流した涙だったのです。

大きな男の人でした。

こんなに大きな男が泣いているのを見るのは初めてでした。

驚きました。

大きな男が泣くなんて思ってもみませんでした。



 痛いの?と男に問いました。

コウは転んで膝を打って、泣いたことがあるからです。

 大きな男は首を横にふりました。



 怖いの?と男に問いました。

コウはきもだめしで、泣いたことがあるからです。

 大きな男は首を横にふりました。



 悲しいの?と男に問いました。

コウは飼犬を亡くして、泣いたことがあるからです。

 大きな男は首を横にふりました。



 コウは他に思いつくことがなかったので、なんで泣いてるの?と男に問いました。

 大きな男は、道に迷ってると言いました。



 コウはびっくりしました。

こんなに大きな男が迷子なって泣いているのを見るのは初めてでした。

びっくりしました。

大きな男が迷子になって泣くなんて思ってもみませんでした。



 どこに行きたいの?と男に問うと、
家に帰りたい、と言いました。

家はどこなの?と男に問うと、
わからない、と言いました。

どうしてわからないの?と男に問うと、
忘れた、と言いました。

 なまえはなんていうの?と男に問うと、
悪夢、と言いました。

へんななまえだなと思いました。

そういう顔をしてしまいました。

それがわかったのか、
男は、本当のなまえは別にあったのに、みんなが私をそう呼ぶので、
本当のなまえを忘れてしまったと言いました。



 コウは哀しくなりました。

こんなに大きな男がなまえを忘れてしまうだなんて初めて知りました。

哀しくなりました。

大きな男がなまえを忘れてしまうなんで思ってもみませんでした。



 男は、みんなが私を悪夢と呼ぶ、
何度も何度も何度も、いつもいつもいつも、悪夢悪夢悪夢、と呼ぶので、
本当のなまえを忘れてしまったと言いました。



 そのなまえが好きなの?と男に問いました。

男は首を横にふりました。

そうして、ひとしずくの涙を流しました。

大きな男の涙がコウの頬に落ちてきました。

冷たい雫でした。

 コウはあせって、
ぼくが他のなまえをつけてあげるから、と言いました。

男は首を横にふりました。



他のなまえはいらない、本当のなまえが知りたい、
本当のなまえを見つけて家に帰りたい、と言いました。

そうして、ひとしずくの涙を流しました。

大きな男の涙がコウの頬に落ちてきました。

冷たい雫でした。

 コウはもう本当にあせって、
ぼくが本当のなまえを見つけてあげるから、と言いました。

男は首を横にふりました。



なまえは自分一人の力で見つけなければならない、と言いました。

なんで?と問うと、どうしても、と言いました。

そうして、ひとしずくの涙を流しました。

大きな男の涙がコウの頬に落ちてきました。

冷たい雫でした。

男は歩き出しました。

コウはその背中をどうしようもなく見つめるだけでした。










 三月の三日月の夜でした。

雲ひとつない夜でした。





頭上からさすやわらかな月光がとても綺麗で、
コウはそらを見ました。

雲ひとつないのでくびれた三日月の形がはっきりと目にうつります。

なのに急に輪郭がぼやけました。

あれよという間にゆらゆらと歪みました。

月のせいでも雲のせいでも夜のせいでもありませんでした。

コウの瞳に浮かんだ涙のせいでした。

コウの涙がコウの頬に落ちてきました。

冷たい雫でした。



・・・・・・・・・コウはどうしようもなくて家に向かって歩き出しました。















+ END +










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・・・ガトコウ、なのかしら(笑)。

管理人@がとーらぶ(2002.03.30)











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