黄色い砂が風の吹くままに舞っている。
雲のない空に昇る太陽は、恐ろしいくらいにその存在を主張する。
砂漠。
水の無い土地。
ラクダが、陽炎立つ砂の上をゆっくりと進んでいる。
その背には行商人が座っていた。
(・・・水筒をひっくり返すなんて、くそっ。)
このままでは、旅を続けるのは難しい。
だが、運悪く、出発した町と目指す先のちょうど中間辺りにいた男は、
行くか引き返すか、悩んでいた。
くそ・・・くそ・・・どっちにしても丸1日はかかる。
どこかにオアシスはないのか・・・
カポッ・・・カポッ・・・カポッ・・・
「・・・なんだ、あれは?」
男の視線の先に白い塊が見えた。
(・・・遊牧民のテント?)
近づくにつれ、その形が三角形のテントだとはっきりわかってくる。
「・・・助かった。あそこで水を恵んでもらおう。」
「すみません・・・」
テントの入り口に掛かるアラベスク模様の布をはねのけて、行商人は中へ向けて声を出した。
「何だね?」
白いイスラム服に、ヴェールを被った人間が、奥からこちらを見ている。
・・・奥といっても、3メートル四方しかないが。
(顔、がよく見えないな。男・・・の声だと思うが。)
「その・・・水を一杯分けて貰えませんか?」
「・・・ああ、入りなさい。」
甘い水
ゴク・・・ゴク・・・ゴク・・・
「ぷぁー!生き返る!!!」
男は、コップ一杯分の水を味わって飲んだ。
味はなくても、最高においしく思える。
だが、一杯とはいったものの、
すべて飲み終えると、まだ足りない気がしてくる。
「あの・・・もう一杯飲ませてもらえませんか?」
「・・・ここは、砂漠だよ。その一杯をどうやって手に入れてると思うんだい。」
「すみません・・・ですが、どうしても喉が乾いて。」
「雨季まではまだ長い。私も毎日決まった量しか使わないのだ。」
行商人はテントの中をぐるりと見渡した。
絨毯にわずかな家財。
水の入った皮袋。
そして・・・
「あれは?」
片隅にこのテントには不釣合いなクリスタルの壷。
中には、何やら、透明な液体が入っている。
「・・・あれは、特別な水、だ。」
特別な、水???
(アルコールという奴か?)
そしらぬ風で訊く。
「では、それを飲ませてもらえませんか?」
「いや、だめだ。」
そう言われると、どうしても飲んでみたくなる。
「ほんのちょっとでいいから。」
「絶対、ダメだね。」
最後には、飲みたい、より、意地でも・・・という気分で、
「客には、『もてなしの心』を尽くすべきだ。」
立場も忘れて、男は主張した。
「・・・・・・・・・どうしても、というなら、私の話を聞いてからにしなさい。」
ヴェールの男は、淡々とそう言った・・・
「あああ・・・熱い。」
ザザザ・・・
「もう、足が重くて・・・」
ザザザザザザ・・・・・・
「スウィーティーのジュースが飲みたい。」
ザザザザザザザザザ・・・・・・・・・
「・・・いや、だたの水、でもいいから。」
倒れそう、だ。
・・・・・・・・・???
「テント?」
こんなところに。
熱い砂漠の上を、ヨロヨロした足取りで辛うじて進んでいた、白いイスラム服を着た男は、
砂の上にポツンと立っている、三角のテントを見つけると、
残りの力を振り絞って、身体を進ませた。
水もなく砂漠を行くなんて、まさに自殺行為だが、男が望んだワケじゃない。
数時間前、ラクダに乗せて連れてこられた後、無情にも太陽の真下に放り出されたのだ。
「み・・・水。」
テントまで何とかたどり着くと、入り口の布を身体に引っ掛けて、どさっと中へ倒れこんだ。
ピチャ・・・ピチャ・・・ピチャ・・・
「・・・うーん??」
冷たい感触に、気を失っていた男が目を開けると、
赤茶色の髪をした少年の顔が眼前にあった。
「わっ???」
どうやら、少年は口移しで水を飲ませてくれたらしいのだ。
(・・・またか。)
単なる好意であるはずの少年のやり方に、男は一瞬、嫌悪感を抱いた。
だが、上半身を起こした男の方へ向けて、少年の手が伸び、
ゆっくりとした動作で、顔をそっと撫でた時、はたと思い当たる。
「目が見えないのか?」
男の問いかけに、少年はコクリとうなずいた。
(そうか・・・ははは。)
男は、ホッとしていた。
・・・では、この少年は、私の顔が見えないのだ。
「君、一人なのか?」
「そう。」
「・・・こんな所で?」
「はい。」
・・・ずいぶん、無口だな。
「名前は?」
「・・・わからない。」
「いったい、いつからここで一人で暮らしているのだ?名前もないのか?」
「・・・わからない。」
男は、少年との会話に実りのないものを感じた。
かなり小さい頃に、ここへ置いていかれたのだろうか?食料は?水は?
だが、一方で好都合だと思っていた。
うまくすれば、ここへ転がり込めるかも、と。
男は、生まれた時から暮らしてきた町を追い出されたばかりだったのだ。
「私は、シャア、というんだ。よろしく。」
シャアの生業は、男娼、だった。
・・・ずっと、身体を売って暮らしてきたのだ。
小さいときは、もっぱら、男を相手に。
10代になってからは、その時々で、男にも女にも買われてきた。
だが、偶然、ある夫婦の両方ともに身体を売ったのが、バレて、
夫の方が、簡単にシャアを死なすかわりに、砂漠へ放り出した。
順調にいけば、一日足らずで、干からびて死ぬはずだった。.
産まれてすぐに道端に捨てられた自分が、
こんな運命をたどったのは、
誰のせいでもない、
自らの「美しさ」のせいだと
シャアは思っていた。
物心をついた時には、泥棒や詐欺を生業にした「親方」の所で養われていた。
他にも似たような境遇の子供がたくさんいた。
小さい頃から、ワザを仕込んで、自分の手下にするのだ。
本来ならシャアも、その道へ進むはずだった。
だが、小さい頃から際立っていた「美しい容姿」は、
もっと楽に稼げる「方法」を、シャアに無理やり教えた。
最初に身体を売ったのは何歳だったか、もう覚えてない。
泣き叫んだ自分と痛みが、かすかに思い起こせるだけだ。
そんなシャアとって、「美しさ」は生活の糧である共に、
もっとも忌み嫌うものとなったのだ。
・・・矛盾に満ちていようとも。
(目が見えない、見えない・・・)
・・・自分を外見で判断できないのだ。この少年は。
シャアは心が軽くなるような気がした。
今まで生きてきた中で、初めての気分だった。
シャアは当然のように、少年のテントに居ついた。
テントでの暮らしは、不思議に満ちていた。
水の入った皮袋は、飲み干した後、一晩眠れば、元に戻っている。
かまどの上のたった一つの鍋も、きれいに平らげて蓋をすれば、
次の食事までに、また煮立っている。
シャアには理解できなかったが、少年との暮らしは心地よいものだったので、
深く追求しなかった。
どうせ、街には戻れないのだ。
少年の名前はわからないままだが、二人きりでは、そう不自由もしない。
おまけに少年のふわふわの赤茶の巻き毛も、
見えないはずの柔らかい瞳も、
一緒に寝る時の、セックス抜きの温かみも、
シャアにとっては、かけがえの無いものになっていた。
そんな、ある日、
「・・・前から、気になってたんだが、あの壷はなんだ?」
片隅にこのテントには不釣合いなクリスタルの壷。
中には、何やら、透明な液体が入っている。
「・・・あれは、特別な水。」
特別な、水???
(アルコールかな?)
それなら、
「では、飲んでみよう」
「だめ。」
「なぜだ?」
「あれを飲むと、遠い世界へ行って、二度と戻ってこれない・・・・んだ。」
遠い世界?
このテントは不思議に満ちている。
それも本当だろうか・・・
「では、やめておこう。」
だが、しばらくたつと、シャアは『水』が、気になってくる。
「ほんのちょっとだけだ。」
「だめ。・・・お願い。」
「・・・ふむ。」
気になる、気になる、『遠い世界』か・・・
ここに何がある?一生テントの中でこの少年と暮らすのか?
どうせ、大した人生じゃない。シャアよ。それくらいなら、いっそ・・・・・・・・・
「飲むぞ!」
「だめ、だめ、だめ!!!」
ゴクッ。
少年の懇願を無視して、シャアは水を一口飲んだ。
あ・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・
「私は、」
そうして、シャアは、思い出した。
私は・・・
『シャア・アズナブル』だ。
何だ?
シャアが二つの記憶の間で、もやに包まれていると、
悲しそうにこちらを見ている少年がいた。
「・・・アムロ???」
ダメダヨ、モウ水ヲ飲ンダカラ・・・
「あっ?!」
シャアの目の前で、アムロ・レイがまるで蜃気楼のように揺れて消えていった。
思い出したぞ。
あれは、アムロだ。
私の、アムロだ。
・・・だから?
もう、アムロはいない。
いないのに思い出して、どうだというんだ?
「おまえは・・・知っていたのか?」
・・・・・・・・・アムロ。
何年もひとりぼっちだと語った少年。
私と暮らせて嬉しかったか?
今度は、まっさらなおまえが、いつの日か訪ねてくるのを、
私が待つのか?
そうしてもし会えたとしても、この思いを語ることはできないのだ。
何も知らない私に、おまえがそうしたように。
「シャアはずーっと、彼が水を求めて来るのを待ってるんだ」
「・・・ふーん。」
行商人はそっけなくうなずいた。長い話がやっと終わったと。
「それでもこの『水』を飲むかね?」
ヴェールの男は訊いた。
「飲ませてくれ。・・・私は『アムロ』じゃない。」
「・・・」
「だから、私は、『アムロ』なんて名前じゃない。」
は・・・ははは・・・はははははっ・・・
「そうだ、君はアムロじゃない。・・・アムロじゃないんだ。
・・・どうぞ、好きなだけ飲みたまえ。」
男の声は、泣いてる風にも聞こえた・・・
行商人は壷を取ると、中身をコップに注いだ。
最初の一口は恐る恐る、あとはゴクゴクと飲んだ。
「ああ、おいしいじゃないか。・・・何の水だろう。」
「助かりました。」
お礼を言うと、行商人は、商売先の町へラクダに乗って出発していく。
テントの外までヴェールの男が出てきて、それを見送った。
一瞬、風が吹いて、男のヴェールがめくれた。
「・・・・・・・・・???」
そこには、太陽を受けて輝く金色の髪と、
オアシスを宿したような目と、
白磁のような肌をした若い男の顔があった。
だが、何よりも行商人が心を奪われたのは、
その顔のたぐいまれな美しさだった。
ありきたりの言葉では表現できない。
・・・天使ジブライルが人となったような。
(シャアとは、たぶん・・・・・・・・・)
だが、静かに、男もラクダも砂漠の果てへ消えていった。
「・・・・・・・・・水を、一杯。」
+ END +
戻る
+-+ ウラの話 +-+
我が家の水道が壊れた日に思いついた話でして(大笑い)。
シャアとアムロは運命の相手だと思うんです。
だけど、「不毛な関係」。
シャアはそれが許せなくて『特別な意味』を、必死で探してたんじゃないんですかねぇ(^^;)。
寓話のようにまとめたかったのですが・・・・・・・・・限界です。この辺が。ええ(号泣)。
管理人@がとーらぶ(2000.08.29)
Copyright (C) 1999-2002 Gatolove all rights reserved.