満開の桜。





 突風に散る花びら。

 雲間の月。

 蒼い光。

 下生えの萌黄。

 夜の露。





 其は幽玄の世界。










 裏腹、桜色の靄に包まれた姿がひどく艶かしく、










 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は、欲情した。















桜風















 一体、何事かと思った。・・・・・・・・・私の通勤経路にはいくつか公園があり、直角に歩くよりも斜めの方が早いというわけで、よくそこを通り抜けていた。三月も終わりの頃、朝に青いビニールシートに座る背広姿の男やロープを張った中に陣取る制服姿の男を見かけた。夜にそこを通ると、こんどは大勢の人間がシートやゴザの上に座り込んで酒を飲み弁当を食べていた。立ったままポータブルカラオケのマイクを握る者や腰をかがめて盆踊りみたいな振りをしている者もいた。囃したてたり笑ったり怒ったり泣いたり、ひどい騒ぎ方だった。それから毎日、色んな人間が集って飲んで食べて騒いでいる姿を見た。公共の公園で酒を飲んで場所を占有するなど、最低のマナーだ。それを大の大人が行なっているのだ。信じられじられない醜態に見えた。

 朝、場所取りをする男を見かけるだけでひどく不快になってきたので、通勤ルートを変えた。そして同僚のウラキ・コウに会った。私は昨年の秋に日本支社開発部第ニ開発課にアメリカ本社から派遣されてきていた。ウラキ・コウは第一開発課の社員だった。通称二課と一課は似たような仕事をしながらも協力体制になく、要は業績を競い合うライバル同士だったので、浦木攻の名前は知っていたが、特に話をする間柄でもなかった。しかし通勤途上で顔を合わせた以上、挨拶は当然のマナーであろう。おはようとおはようございますの後で私はちょっと困ってしまった。会社まではまだ歩いて十分近くある。なのにもう話すことがない。ウラキはと見れば、やはり何を話そうか一考しているような表情を浮かべていた。・・・少なくとも私にはそう見えた。

 「最近、桂公園や海老山公園で人が大勢集っては、ばか騒ぎをしてるのだが、あれは何だ?」結局、それを話題にした。ウラキは一瞬きょとんとした。何を聞かれているのかわからないという風情だった。それからしばらくして「・・・花見?」と言った。語尾が間違いなく上がっていた。質問に質問で返すなぞ失礼なと思いながら、私も「花見?」と語尾を上げて言った。ウラキはまたしばらくして「・・・・・・・・・ああ、アメリカには花見って無いの?・・・みんなで桜を見ながら酒を飲むんだよ。」と言った。「なんだと?それのどこが花見なんだ?」「・・・昔から花見っていうのはそういうもんだし。」昔から、か。わけがわからん風習だ、と不機嫌な顔をしてしまった。来日後アメリカとの差異を色々と肌で感じてきたが、これが最たるものだった。なにせ気分を悪くさせる風習だからな。それなのに、「来週末、一課二課合同で花見があるはず。」「・・・なんだと?!!!」そうだ、来日後アメリカとの差異を色々と肌で感じてきたのだ。部長が今日は飲みに行くといえば、強制参加だった。部長が次の休みはゴルフといえば、強制参加だった。花見も、・・・・・・・・・強制参加なんだな、と不機嫌な顔だけでなく心底不機嫌になってしまった。後は黙して歩き続けた。ウラキを気にするどころではなかった。

 会社の正面玄関まで達したところで、不意にウラキが言った。「なんなら・・・、花見の予行演習する?」「予行演習?」「ガトーさん、日本の花見のルールを知っとかないと。」むむむ。このままでは、私の方がマナー知らずになってしまうのか、こんなことで。・・・・・・・・・短時間で熟考し、私はウラキの申し出を受けることにした。





 土曜の休み、ウラキと待ち合わせて遠出した。会社の近くにあの「花見」をやってる公園があるのに、なぜ別の場所で?と思ったが、あの公園は早朝から場所取りしないと無理だし、だいいちあそこで二人きりじゃ負けちゃうし、と言われた。何をもって負けなのかよくわからなかったが、確かにあの集団に混ざるのは我慢できん、それよりは少々遠くても静かな方が良かろうと納得した。

 ウラキに連れていかれた茶臼山は小さな山だった。そこの桜並木は、地元と近隣の人が見に来るだけで、そういうのは家族連れだから昼間はにぎわってるけど、夜はわりと人気がなくて、・・・でも一本だけ見事な枝垂桜がある、らしい。駅から歩く途中、5,6人とすれ違ったが、みな帰り道のようだった。果たして桜の咲く小さな開けた場所に着くと、他に人はいなかった。逢魔が時も過ぎ夜の気配が訪れていた。

 薄いピンクの花をたくさんつけた桜は、まぁ綺麗とえいば綺麗だった。・・・それを愛でるのならば、どんちゃん騒ぎは必要なかろうにと思った。「花見とは花を見るのではないのか?」とウラキに聞くと、「それもそうだけど、・・・うーん、何て言うのかな、・・・・・・・・・ほら、お祭りとかもさぁ、あれって非日常なんだよね。」「?」「だから、花見とかお祭りとかは口実というか建前というか、そういう場を借りてみんなで楽しんでストレス発散するんだよ。・・・例えば、会社だったら上司とか部下とか上下関係にうるさいだろ。でも花見だと、部長が率先して酒を注いだり、隠し芸をしたりするんだ。ふだんできない話をしたりとか。」「・・・・・・・・・ふぅ。」そういうことか。本音と建前の社会なんぞ全く理解できん。だがいかにも日本らしい。・・・少し肌寒くなってきた。

 「大昔なんて、男女が乱・・・、」「らん?」「あ、いや・・・その・・・エッチを・・・」「えっち?」「・・・っていうか、昔はおおっぴらに男と女がお付き合いなんてできなかったから、花見の夜にデートしたりとか、そいういう日でもあったんだよ。」「・・・・・・・・・ふむ。」面白い。だが私には関係ない。なにせここにいるのは、男二人だけだからな。昔見た西部劇で感謝祭の夜に教会の寄付集めのダンスパーティで若い男女が出会う話があった、とそんなことを思った。

 「ううー、寒い寒い。いっぱいやろうぜ。」とウラキが差し出したのは、なんと温め機能付きの日本酒だった。底についてる紐を引っ張ると熱燗になるらしい。・・・こんなものを開発するのは絶対日本人だけだろう。手の中に缶を握ったまま温かくなるのを待っているとじわじわ熱が手の平から伝わってくる。なかなか・・・、と思った。辺りは暗くますます寒くなっていた。

 「ほら、ちゃんと桜を見て。・・・せーの、かんぱーい!」「乾杯。」かちんと缶が合わさる音がした。一番目立つ枝垂桜を見ながら日本酒を口にした。もうだいぶ日本酒には慣れたが熱燗は少し苦手だった。冷酒より匂いがきつく感じるのである。それでも喉を通った酒は美味しかった。それ以上に温かだった。二人平等に三合ずつ空にしたところで、ウラキが急に枝垂桜に向かって走った。幹の前に立って両腕を広げて「どうだー、少しは桜の良さがわかったーーー?」と叫ぶ。「悪くはないな。」と言うと、「えー、けちんぼ!!!」だと。・・・何がだ。





 満月の夜だった。満開の桜だった。樹齢150年ほどらしい枝垂桜はいっぱいの花でその腕をしならせ香気をふりまいていた。・・・・・・・・・そして、










 突風に散る花びら。

 雲間の月。

 蒼い光。

 下生えの萌黄。

 夜の露。





 其は幽玄の世界。










 裏腹、桜色の靄に包まれた姿がひどく艶かしく、










 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は、欲情した。















 (ずきっ。)

 身体の中心に沸き上がった熱の正体を確かめようと、私はウラキの前に立った。少し上気した頬でこちらを見つめていた。手を伸ばしてその頬に触れた。



 (ずきっ。)

 触れた途端、熱がひどくなった。間違いなくウラキに対して私は欲情していた。なんということだ?!!!私に頬を触らせて私の欲情に気づくことなく立つウラキ。怒りと共にその唇を覆う。



 (ずきっ。)

 熱が下着の内で膨れ、ズボンの縫い目を押し上げていた。苦しかった。私のくちづけを受けながら、ウラキはまだわかっていないような顔をしていた。わからせたかった。私は唇を割って舌をさしこんだ。ウラキの両腕が私の胸を押した。「・・・何をっ!!!」やっと反応した。私は笑った。



 (ずきっ)。

 非日常、と言ったな。これが桜の持つ力なのか。・・・・・・・・・これでは魔力だ。ウラキの手首を掴み身体全体を押しつけて逃げられぬよう力を込めた。体格差は歴然としていた。もう一度唇を重ね舌で舌の自由を奪った。ウラキが懸命に身体を動かすとぴたりと合わさった私の身体にその感触が伝わる。たまらない。息さえもさせないほどに舌を絡め噛み唾液を流し込みまた吸った。長いくちづけの後ウラキの身体が弛緩するのがわかった。唇を離すと「・・・・・・・・・はーーーぁ。」と息を吸って「何だよこれっ?!」と言った。「わからない。」そうとしか答えられなかった。本当にわからない、がウラキが欲しい。ウラキが欲しい。欲しい、欲しい、欲しい。



 (ずきっ)。

 だめだ。・・・私はまたくちづけた。ウラキの身体に緊張が走る。それでも首筋を舐め、耳を噛み、瞼を唇でなぞった。「やめろぉっ!」「いやだっ!!!」ウラキが叫ぶが、その声はいっそう私を駆りたてた。ウラキのジャケットを引き剥がすと、シャツのボタンに手をかけた。時々風が吹き、その度にウラキの身体に花びらが舞った。綺麗だった。










 その胸の桜色の蕾に歯を立てると、食いしばったウラキの口から微かに吐息が漏れた。回りをぐるりと舐めて勃った乳首を吸いかりかりと噛む。「・・・ああっ。」耳に聞こる声が私を後押しする。なだらかな筋肉のついた胸を窪みにそって舐める。骨が浮いた部分の方が筋肉が少ない分、身体の内によく響くようだ。舌のたどった道筋に透明な跡がつく。ぬらぬらと。月光に濡れてひどくいやらしい。私が自分で付けたのに。ズボンのベルトに手をかけて外す。ファスナーを降ろす。さっきからウラキの男根が少しだけ反応していることを私は知っていた。硬く尖った私の物がそこに当たると、同じような感触が返ってきていた。・・・ふむ、普通っぽい白と紺と赤のチェックのトランクスだった。下にずらすと中身を取り出した。ためらわず私は口に含んだ。「うわっ?・・・やめろよっ。」ウラキの手が私の頭をつかむ。確かに押し離そうとしてはいるが、あまり力が入っていない。私はかまわず唇で強く挟んだ。硬くなっているのがよくわかる。口全体でそれを味わいながら、筋に舌を這わす。むき出しの先端を囲うように舐める。くるりと舌を回す。先端の窪みを舌先でつんと押してみる。ぎゅっと頭に置かれた手が反応する。頭を動かして全体を扱いた。ウラキの腰がそれに合わせて前後した。それでも「やめてくれ・・・いやだ・・・」とその口が言っていた。私は無視した。何度も吸い上げた後、ウラキの身体が震えた。口に苦い味が広がった。「はぁ・・・はぁ・・・・・・。」ウラキが出した液体を私は飲み込んだ。日本酒より私を熱くさせた。・・・痛い。私は自ら最も欲情した部分をさらけ出した。見事に反り返って腹につきそうなほどだった。根元の銀髪をかきわけて存在を誇示していた。先端はすでに欲望の一部を零して濡れていた。こんなこと久しぶりだった。早く埋めたかった。この感情の塊をウラキにわからせたかった。太ももでひっかかったウラキのズボンとトランクスを足先まで落とした。無防備な腰が私を誘っているように見えた。



 入るだろうか、入るだろうか、入れなければ、繋がらなければ、こんなにも私が感じているのに、わからせなければ。太ももの間に私の腰を押し込んだ。立ったまま背後を探るのは難しかった。つるりと向こう側へ抜けてしまいそうだった。まっすぐではなく上に向けて私は腰を動かした。少し収まりのいい場所があった。力を込めた。強い抵抗の中先端が壁を破るような感触があった。「うわあああっ!!!」ウラキが叫んだ。叫びながらもその腕が私の背中を抱きしめた。私は腰を突き上げ、一方で身体を上から押さえ込むようにして、そこに力を集中した。叫びを飲み込むために、唇を合わせた。ウラキの苦しい息を吸った。ぎゅっとつむった目元にほんの少し涙が滲んでいた。私はその涙を舌先で奪った。耳に熱い息を流し込んだ。意図的にではなかった。私も声を発していた。熱かった。たまらなかった。はぁはぁはぁ・・・ハァハァハァ。私の声もウラキの声ももう言葉にならなかった。

 ウラキの中は柔らかくそれでいてこちらが油断すると追い出されそうだった。何度も何度も熱い塊で突いた。その度にウラキが喘いだ。もっと聞きたかった。私の脳を溶かすほどに甘い声だった。血液が腰に集中する。もう十分に硬くこれ以上はないと思うのに、もっとだ、と何かが渦巻いた。心臓がどうにかなりそうだった。鼓動が腰にも手にも足にも頭にも響いていた。欲望が尽きない。出そうな、もうすぐな、達きそうな、・・・なのに、まだ止まらない。ウラキの手が何度も背中をかいた。爪が時々くいこんだ。血か滲んだ。ウラキの穴からも血が滲んでいた。先走りと混ざり合って太ももまで垂れていた。じっとりとなめらかになったそこに、さらに打ち込み続けた。お互いの腹の間に挟まれたウラキの男根が再び勃起していた。こすれて先端から悲鳴をあげていた。零れていた。片手で握り締めると、ウラキが跳ねた。瞳が潤んでいた。黒髪が乱れていた。半開きの唇がのぞく舌が溢れる唾液が艶やかで、魅入られて魅入られて、どうしようもなかった。

長い情交の後で、やっと沸点が来た。突然だった。ああ、と思った瞬間、私はウラキの中に欲望に汚れた白い液体を吐き出した。後から後から腰を動かして何度も発した。ぬるぬると湿った感触が広がった。私の手の中でウラキも達していた。どろりとした精液が指と男根の間を流れ落ちた。ほとんど同時だった。私はにやりとした。余韻を味わってから抜こうと思った。・・・・・・・・・全然衰えていなかった。ウラキの中で私は硬いままだった。欲情が身体全体を流れ、溢れ、零れ落ち、それでもどうしようもないほどに、私はウラキが欲しかった。ぐったりとしたウラキを支えるように抱きしめて、かまわず貫きはじめた。・・・・・・・・・桜が綺麗だった。ウラキが綺麗だった。月光が冷たく、ウラキが温かだった。















 突風に散る花びら。

 雲間の月。

 蒼い光。

 下生えの萌黄。

 夜の露。















 帰り仕度は散々だった。皺だらけの服を着なおし精液のしみついた下着を日本酒の空缶と一緒にビニール袋に入れた。匂いでごまかせそうだった。「こうなりたくて、花見にさそったのかも。」とウラキが言った。それは男に抱かれたことをごまかし無理矢理納得するための言葉に聞こえた。・・・が、本当みたいだった。なんと私たちはそれから付き合うようになったのだ。ウラキ・コウは元気のいい男だった。あの艶かしさは消えうせたようだった。たまにベットの中で感じた。ちなみに、ニ課と一課と合同で行なった花見では、別に誰にも欲情しなかったし、コウに対してすらそうだった。・・・・・・・・・当たり前だ。大勢の人間がいる前で、いくら恋人(コホン)だからと言って、欲情したりするものか。・・・・・・・・・飲み過ぎて吐くような奴に。まったく。

 満開だった枝垂桜はとっくに散っていた。だから来年、またコウと行こうと思う。私たちのセックスは、ごく普通だ。別に変わった趣味はないし、興味もない。・・・・・・・・・あの場所、あの時間が特別だったのだ。

 だから来年、またコウと行こうと思う。きっと何かが私を駆り立て、いつもよりもっともっともっとコウを愛したいと思うだろう。男同士で付き合うと制約も多い。つまらないことで大喧嘩になり、殴りあったりする。体格は確かに違うが手加減もない。痛い。でもコウがいい。





 満開の桜を愛で、





 突風に散る花びら。

 雲間の月。

 蒼い光。

 下生えの萌黄。

 夜の露。





 其は幽玄の世界。










 裏腹、桜色の靄に包まれたコウがひどく艶かしく、










 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私は、欲情するだろう。










 コウを抱いて、欲して欲して、愛して愛して愛するだろう。















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エロとエロスの境界線を模索してみました(・・・オイ)。

管理人@がとーらぶ(2002.03.28)











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