御衣黄















 「俺、絶対、この桜の樹の下には、死体が埋まってると思うんだよね。」

 と、コウが言った。



 「何、言ってんだよ!・・・それパターン過ぎて全然面白くないぞぉ!!!」

 と、キースが言った。





 ・・・・・・・・・なんだか、いつもより春が早いらしい三月の終わり。そうはいってもまだ肌寒い夜の十時過ぎ。あと一週間で大学二年生になる二人は、通っている大学の裏手にある山すその桜並木でお花見を決行していた。実は、前日・・・というか今日の朝方まで場所までおんなじここで、花見と称して飲めや歌えの大騒ぎをしていたのだが、それはコウとキースが所属しているサバゲー同好会のお花見で、しかも一年生な二人は、先輩たちを楽しませるために、飲み物食い物の手配から余興まで準備と実行に忙しく、花見らしい味わいとは無縁だった。毎年、『新歓花見』は四月に行なうのが恒例で、コウとキースは先輩として新入りの一年生をこき使い、左ウチワかお大臣なはずだったのに。今年は少々季節が狂ったせいで、見事にとばっちりをくらったのだ。

 せっかくのサクラなのに、と、二人はこっそりと一升瓶(賀茂泉)二本を持ち寄って、花見のやり直しをしていたのである。



 「だってさぁ、この樹、どう見ても桜なのに、花びらが黄緑だなんて、変だ!・・・ほら、よく死体から出る養分で土が酸性だかアルカリ性だかに変わって、花の色が変わるって推理小説なんかに出てくるだろう?!・・・ヒック。」
 「あれは、アジサイとかじゃなかったか。・・・ヒック。」

 どうやらコウは前夜から気になっていたらしい。普通なら『そんなはずないじゃん!』で、笑って終わりだっただろう。・・・が、なにせ、持ってきた一升瓶はほぼ空になっていた。・・・そうすでにかなりの酒が身体に回っていたのだ。



 「くっそー、掘ってやる!!!死体が出るまで掘ってやるぞ!!!!!!!!!」

 と、コウが叫んだ。



 「おー、掘れ掘れ!・・・ここ掘れワンワン。・・・なんつって。」

 と、キースが叫んだ。





 俺、スコップ取ってくる!、とコウが駆け出した、・・・と本人は思っているが、実際はヨタヨタと歩き出し、わずか100メートルぐらい離れたクラブハウスの中にあるサバゲー同好会の部室まで、五分ぐらいかかってスコップを手に戻ってきた。



 「なぜに俺は掘ってるの〜そこに死体があるからよ〜♪」
 「そこに死体があったなら〜塩かけて食っちまうぞ〜♪っと。」

 しごくいいかげんな節でいいかげんに歌いながら、コウがスコップでがしがしと桜の樹の根元を掘り、キースはござの上に腕枕で寝転がってスルメをかじりながらそれを眺めている。突然、全然、掘れねぇっ!!!、とコウがまだ駆け出した。・・・いや、あくまでコウが駆け出した、と思ってるだけで、さっき以上におぼつかない足取りで、またクラブハウスの方に歩いていくと、今度はシャベルを手にして戻ってきた。さっきのスコップは子供が公園の砂場で使うようなミニサイズ。こんどは道路工事にでも使えそうな立派なヤツである。



 「・・・どっから取ってきたんだ?」
 「山岳部〜。」

 とりゃあああぁぁぁっ!と掛け声だけは勇ましく、コウが掘り続ける。シャベルの縁に足を乗せて自分の体重で深く掘ろうとするが、うまく足が乗っからない。ニ回に一回は外して地面を蹴る。それでも掘り続けるのだから、お酒の力とはスゴイ。しばらくすると、死体を見つけるため、という本来の(ばかばかしい)目的を忘れたみたいで、コウはただ掘ることだけに熱中しだした。・・・がしがしっ・・・がしがしっ・・・と。

 『カタン』と何か固いものに当たったような音がして、急に掘りが悪くなる。とうとう穴は50cm四方に広がり、落とし穴っぽい雰囲気になっていた。



 「何をしているっ!」
 「うわあああぁぁぁっ?!」

 不意の大声に、穴に屈みぎみだったコウが慌てて背を伸ばし、声の聞こえた方を見た。・・・キースはいつの間にか酔いつぶれてイビキをかいている。黄緑の桜の幹の向こうに、軍服に身を包んだ外人が立っていた。アメリカ海軍版かぁ、とコウはぼっーっと思ったがあまり深く考えない。



 (見たことないなぁ。・・・どこのチームの人だろう。)

 「何をしているのだっ!」

 コウがぼんやりしてる間に、重ねて聞かれた。



 「えっと、・・・穴を掘ってるんだけど。」
 「・・・・・・・・・。」

 酔ったコウの目にも、その男の眉間にひどくシワが寄るのが見えたので、キースに言ったのと同じように、この桜の樹の下には死体が埋まってるに違いない、と説明した。すると、

 「・・・はははっ。・・・それでここを掘っていたのか。」

 馬鹿馬鹿しい、という男の声音。そりゃそうだろう。そんな理由でこんな時間に穴をせっせと掘ってるなど。



 「・・・・・・・・・この樹は、ギョイコウ、といって、黄緑の花をつけるが、間違いなく桜だ。」
 「えー?!桜はピンクに決まってるだろう!・・・桜色っていうじゃん。」
 「残念だろうが、死体があろうがなかろうが、この桜は黄緑色なのだ。八重の花びらが優雅で綺麗だろう。・・・私は好きだ。」
 「俺は嫌いだーっ!!!せっかく掘ったのに。・・・うううっ。・・・・・・・・・ヒクヒック。」
 「・・・なんだ、酔っぱらいか。・・・この季節、本当に騒々しいな。」

 またも馬鹿にしたような声だ。コウはどうやらここに死体なんかなさそうで、それはこんなに掘った苦労(勝手にだが)が無駄になるということで、・・・途端に腹が立ってきた。フラフラとござまで戻ると、ぺたんと座り込んで、一升瓶の底に少しだけ残っている酒を紙コップに移して、がばっと飲んだ。

 「・・・ふぅ。」

 溜息をひとつつくと、まだ目の前に男が立っている。・・・こうなると、一言いっておかないと、あとで立場が悪そうだ。この外人を同好会メンバーの誰かの知り合いだろうと思ったコウは、いっぱいやりますか?と、今更、敬語で聞いた。

 「・・・いいな。」

 と、男は、コウの側に座った。コウが足をあぐらに組んでいるのを見て、真似しようと長い足を折ったり伸ばしたりしていたが、どうもうまく収まらない。結局、足を伸ばしたまま、ござの上を広く陣取る。・・・片隅ではキースが眠ったままだ。眼鏡が半分顔から落ちかけている。



 「・・・・・・・・・匂いがきつい、安酒だな。」
 「ぜいたくだなぁ。・・・貧乏学生なんだから、飲ませてやっただけで十分だろう?・・・っと、十分でしょう?」
 「・・・これは、失礼した。」

 妙に日本語が上手い外人さんだぁと思う。・・・そういえば名前も聞いてなかった。



 「ところで、俺は浦木攻っていうんだけど、お名前は・・・?」
 「アナベル・ガトー。・・・少佐だ。」
 「どこのチームの人?」
 「チーム?・・・面白い言い方をする。・・・・・・・・・アメリカ海軍太平洋艦隊所属の爆撃部隊。・・・これ以上は言えぬ。」
 「ははっ。本格的〜。かっこいいよっ!!!」

 パチパチと拍手までして喜ぶコウを横目に、ガトーは苦虫を噛み潰したような顔だ。・・・それでも紙コップに残った酒を舐めるように、実際舐めるぐらいしかもう残ってなかった酒を喉に下す。



 「先輩に用事?・・・今日はもう誰も顔を見せないと思うけど。」
 「・・・とくに用があったわけでは。・・・・・・・・・いや、そうだな、会いたい奴がいたのだが・・・、」
 「明日、また来れば?・・・・・・・・・あんたの格好を見たら、先輩たちヨダレものだろうなぁ。・・・どこで買われたんですか。・・・・・・・・・ヒクヒクヒック。」
 「これは支給品だ。」
 「おおっ、すっげー、お金持ちのチームなんだっ!」

 もう真っ赤以外の何色にも見えない顔色のコウがひとりはしゃぎながら、ガトーの軍服の袖の飾りを触ったりしている。かっちょいいーだの、ホンモノっぽいだの、眼下から聞こえる声には、ガトーも苦笑するしかない。





 「今日は何月何日だ?」

 唐突に、ガトーが聞いた。



 「ぶぶぶぶぶ、そんなに酔っ払ってー。今日は3月26日だよ。俺って頭いいなー。」

 コウが答えた。



 (そうか、そういうことか。・・・・・・・・・とかくこの世は面白い、というが、こっちもまた・・・)



 「あーーーっ!酒がもうないーーーっ!!!・・・俺ちょっと部室を探してくるっ!!!」

 キースの側に転がっていた一升瓶も逆さに振り、ひとしずくも残ってないことを確かめると、コウが立ちあがって叫んだ。・・・もうほとんど歩いてるともいえないような足取りでコウがふらふらと遠ざかる。



 「安酒だが・・・・・・・・・うまかったぞ。」

 コウの背中に、そのつぶやきは届かなかった。










 「・・・・・・・・・あれれっ?」

 コウが部室から戻ってくると、ガトーのでっかい体がない。黙って帰ったのだろうか?桜並木をぐるっと見る。どこにも姿はない。・・・せっかく、缶ビールがあったのに。・・・・・・・・・見渡したついでに、眠ったままのキースが気にかかった。



 「おい、キース。そんなとこで寝ると風邪ひくぞーーーっ!」
 「(むにゃむにゃ)・・・あと10分〜。」
 「・・・ばっか、朝じゃないって。・・・・・・・・・起きろよっ!」

 キースを揺さぶると、なぜかこっちの頭が回って気分が悪い。



 「わかった、起きる、起きるって、・・・おえーーーっ!」

 どうやら、キースもかなりキテるらしい。跳ね起きると口を抑えて、桜の樹の下に向かう。・・・・・・・・・だって、ここに穴らしき物があるぞ、吐けとばかりに。



 「・・・うっ。」

 だが、吐き気だけで出ない。・・・・・・・・・と、そこに何かが見えた。キースは、ずれた眼鏡を掛け直してしょぼしょぼする目でじっと見る。白い?黄色い?・・・骨っぽい?・・・・・・・・・すっと長くて、次にぽちぽちして・・・なんだかまるで手みたいな。・・・・・・・・・・げげげっ?!!!



 「コ〜〜〜ウ〜〜〜ッ!」

 泣きそうな声でキースが呼ぶ。



 「なんだよ・・・自分で始末しろよ。・・・・・・・うぅっ。」

 言ってるそばから、コウも気分が悪い。



 「コウ・・・・・・・・・おまえ、そういえば、この樹の下に死体があるとか言ってなかったっけ?(ゴクッ)」
 「言ってたよー。だけどあれは間違いだったんだよー。・・・そうそう、さっきさぁ・・・、」
 「いいから、こっち来いって!」
 「・・・キースぅ。」

 これ、見ろよっ!とキースが指さした先には、土の中から何かが露出、していた。それはとてもとても骨っぽくて、コウはただ、



 「うわあああぁぁぁっ!!!」



 と叫ぶしかなかった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・二人とも酔いはどこかに吹っ飛んでしまった。










 後日談。



 警察やらなにやらで忙しかったが、しばらくすると新聞の地元欄に、お年寄りの談話が載った。コウの祖父よりもっと年をとった老人だった。

 なんでも前の大戦の時、この大学がある場所はただの田舎村で、あの桜咲く山の頂上付近にアメリカ軍の飛行機が墜落したらしい。飛行機には二人のアメリカ人が乗っていて、一人は即死、一人は重傷で助けられたが、憲兵が来てどこかに連れていかれた、ということだった。死んだアメリカ人を不憫に思ったのか、ちゃんと埋葬された。もっとも墓石を用意するにはもったいないし、十字架らしきものを立てるわけにもいかない、ということで、誰かが墓碑の代わりに桜を植えたらしい。ギョイコウ、とは御衣黄、と書くことも、新聞を見て知った。その老人は、飛行機が落ちた時、まだ子供だったから、面白がって残骸を拾い集めたそうだ。みんなが競って集めたということだが、憲兵隊が村人の家を一軒ずつ検めてそれらを没収していった。それでも老人は、懐中時計を隠し持っていた。そしてそのことを忘れていた。・・・白骨遺体発見の話を聞いて、そういえば・・・と仏壇の奥からこのアメリカ人の遺品を取り出した。新聞には、その懐中時計の蓋の裏側に貼られていた一枚の白黒写真、年月を経てセピア色になった写真が老人と一緒に掲載されていた。

 そこには、三人の外人が写っていた。海軍の正装に身を包んだ三人の男のうちの一人に、コウは見覚えがあった。



 (これ・・・・・・・・・あの時の、ガトーって奴じゃ。)



 「・・・えええええええええっっっ?!」



 もうこれから先、白骨を見つけた時以上に驚くことなんてないと思っていたのに、・・・・・・・・・驚いた。懐中時計には、『ANAVEL GATO』と彫られていたとの記事もあり、どうしたらいいんだか、どう伝えたらいいんだか、困惑するしかない。一応、先輩たちにガトーの名とガトーの容姿を説明してみたが、やはり誰も知らなかった。・・・ますます困惑しただけで、どうしようもなかった。



 警察が張った立ち入り禁止のテープもようやく剥がされていたので、コウは久々に桜の側に行ってみた。ガトーの命日が3月26日だったことも、新聞に書いてあった。あの桜はすっかり葉桜になっていて、おまけに両隣に連なるソメイヨシノも葉桜になっていて、あれだけ目に付いた黄緑の桜が少しも目立たなくなっている。



 ちょっと怖かったが、ほんとにどうしようもないので、

 『なむあみだぶつ・・・なむあみだぶつ・・・なむあみだぶつ・・・ぶつぶつぶつ。』

 と両手を合わせてから、・・・あ、外人さんだった。アーメン、と付け加えた。他の祈りの言葉も言っといた方がいいかと思ったが、考えても思いつかなかったので、もう一度、なむあみだぶつで済ませた。



 あの白骨は許可地区外に埋めるわけにいかないということで、無縁墓地にきちんと葬られた。御衣黄桜の下には、代わりに懐中時計が埋められ、しばらくして小さな石碑も立った。





 ・・・・・・・・・翌年の桜のシーズン、大胆なことに、花見をする人が増えた。・・・みんな何を期待しているのだろうか。コウはキースにだけ、幽霊らしきものに会った話をした。・・・が、いつのまにかキャンパス中にその話は知れ渡っていた。コウもサバゲー同好会の花見で夜桜を見たが、・・・ガトーには会えなかった。










 翌々年の桜のシーズンも、そして卒業してからも、銀髪の幽霊が出た、・・・という話は聞かない。





 もしも幽霊が出たら?





 ・・・・・・・・・コウはもう一人前の社会人だ。安酒なんて言わせてないでちゃんとしたヤツを提げていくのもいいな、と思った。



 そして最後まで付き合ってやるのだ。きっと何か伝えたいことがあったに違いないから。















+ END +










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去年の桜のシーズンに、このタイトルでお話を書こうと思い・・・、
もう、その話がどんなだったか忘れました(大笑い)。

管理人@鳥頭がとーらぶ(2002.03.26)











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