そのテストを前にして、受ける本人よりも、ドクターJと呼ばれる男の方が緊張していた。



 テロリストに必要なあらゆる知識と技術を教え込まれ、その過程で起こったすべてのアクシデントとハプニングに、十(とお)に満たぬ頃から冷静に対処してきた少年に、唯一残された課題。



 (苦痛と快楽)



 「いいのか、ジェイ。・・・まだ間に合う。」

 「・・・なんじゃ?」

 「・・・・・・・・・あんたには、みっつの選択肢があると言ってるんだ。ひとつ、予定通り俺に抱かせること。ひとつ、あるいは俺を止めること。ひとつ、俺ではなく、あんた自身が抱くこと、だ。」

 「・・・・・・・・・。」

 「本当はみっつめがおすすめなんだがな。・・・なんのかんの言って、あの子はあんたを信頼している。・・・だからこそ。」

 「・・・いや、頼んだぞ、零(ゼロ)。」

 「ラジャー。」



 ドクターJは、椅子に深く腰掛けたまま、少年の個室に向かうゼロの背中を見送る。・・・ふー、と、知らずため息をつきながら。





 (わしが抱く?・・・それができるなら、)



 抱いただろうか?



 ドクターJは、ヒイロ・ユイ暗殺の年、混乱の逃亡の最中に負った傷により、男性としての機能を失っていた。















be Zero




















 「よお、こんにちは。」

 「・・・誰だ?」

 3メートル四方の個室。灰色のくすんだ壁。大人も寝れるサイズのベッド。壁に造りつけられたシンプルな机と椅子。その上の小さな本棚。それが少年に与えられた個室のすべてだった。不意の闖入者に椅子に座って本を読んでいたらしい少年が顔をあげ、開いたままの扉の縁に左手を重ね、寄りかかったゼロを見とがめる。ゼロは少年がここにドクターJの手によって連れてこられた時から知っていたが、少年の方はゼロを知らなかった。少年はまだここでの行動を制限されていたのだ。そのきつい瞳が知らぬ顔を射るように見る。額にぱらりとかかったうるさげな前髪が、少しだけその瞳の強さを緩和する。



 「俺か?俺は、ゼロ。・・・ゼロ様と呼びな。」

 「ふざけてるのか?」

 「いんや、俺はいつもマジメでね。」

 「な?!」

 扉の前から身を躍らせて、瞬時にゼロが近づく。少年は二重の意味で驚いた。不意を取られたことと。そして今、くちづけをされていることと。

 両肩を抑えられ、唇を重ねられ、その不思議とやわらかい唇の感触に、ずいぶん前に受けたキスの記憶が甦った。遠い昔、それは家族の一員の演技として必要だった時に与えられたキス。だがその記憶は、ほんの一瞬で凌駕される。唇が濡れる感触。ゼロと名乗った男の舌が、入り込んできたのだ。少年はこの事態にどう対処すべきか考える。この舌を噛み切ることもできる。だがそのあとに何が起こるのか?このキスは何のために行なわれているのか?子供を抱く大人がいることは知っている。セックスとやらも知識としては知っている。・・・今は様子を見るしかないか。

 少年は当たり障りの無い方法を選んだ。椅子を立ち身体を後ろに逸らすことでわずかに逃げる。その拍子に、がたん、と椅子が大きな音を立てたのは、冷静に見える少年の内にある動揺のせいだろう。立ちあがった少年とゼロでは体格が二回りは違う。力を体現しているかのようなそのがっしりとした体つきに、どんな目に合わされようと、それが必要ならば耐えてやる、と少年は思った。これまでに何度もそんな暴力に耐えてきた。事実、骨折の跡などは全身に200ヶ所近くあった。ゼロが与えようとしているもの。苦痛と・・・快楽。



 ・・・・・・・・・少年はまだ、快楽を知らない。





 「っつ!」

 「声をあげたきゃあげろ。・・・その方が、俺も燃える。」

 ゼロは、少年の身体を折るようにベッドに倒した。重い。圧し掛かられるとその重さだけで逃げることができない。東洋系なのだろうか、黄色を帯びた肌には無数の傷跡。だが美しい。芯の強さをもった張りのある肌が極めて美しい。



 「な?!」

 ゼロの右手がいきなり少年のモノを半ズボンの上から抑えつける。間違い無い。この男は、俺とセックスする気なのだ。・・・男と男でもセックスでいいのか。この非常時にそんなことを考えてしまう。本当に必要なことなのだろうか。ドクターJの言っていたテストがこれなのか。



 「・・・・・・・・・ん。」

 男の手が直に触れてくる。ただの一度も経験が無いきれいなモノが巧みな動きに翻弄されていく。こんな風に形が変わり、こんな風に熱を帯び、こんなにも恥ずかしく、そして心を奪う感覚。そして達する。初めて流れる体液。



 「・・・・・・・・・イイ子だ。」

 ゼロは、剥き身を少年に押しつける。唇をきつく結んで声をもらさないようにする。痛みなら知っている。ひどい痛みも知っている。だがこの行為には、痛み以上の何かがある。気が狂いそうなほど。イヤだ。



 「・・・っつ。・・・・・・・・・ああぁぁっ。」

 耐えていても声が出る。何度も貫かれ、何度も達かされる。・・・これでもまだ始まりに過ぎない。憎しみで彩られたようなゼロの行為は際限なく続いていく。



 「うわあああぁぁぁっ!!!」















 ドクターJは、隠しカメラの映像を見つめていた。そこにはゼロの大きな身体が、泣き叫ぶ少年を遠慮なく突き刺す姿が写し出されている。引き伸ばされたようにだらりとした手足。滂沱とする涙。何度も飛び散った白い飛沫。ぐしゃぐしゃのシーツ。少年のより白いゼロの臀部。筋肉の浮いた身体。光にきらめく金髪が乱れ、少年の顔を時に覆う。ずっと昔、ゼロを拾ったのは、自分だった。



 (・・・だが失敗した。)

 ゼロの心は壊れている。任務には向かない。だが捨てられない。



 あの子なら・・・、

 (耐えられるだろうか?)

 AC歴188年、どこかゼロに似た少年を見つけ、思わず声をかけた。ガンダムに乗らないか・・・と。



 (私のやり方は間違っとるかもしれん。)

 ・・・モニターの向こうの悲鳴は続いている。



 だが、ここであの子に優しくすることが、本当にあの子の為になるのか?





 テロリストにとって、優しさは命取りだ。少年が身の内に生来の優しさを秘めていることは、5年も一緒に暮らしていればよくわかる。





 何よりも強くなれ。



 ・・・・・・・・・そして生き延びてくれ。



 何を犠牲にしようとも、おまえだけは。



 幼き頃からこうやって生きていくしかない世界しか作れなかった、わしら大人の責任と罪は・・・、



 (わしが負う。)





 強くあれ。



 ・・・ゼロより。



 ・・・・・・・・・ヒイロ・ユイよりも・・・な。















 ドクターJが少年にヒイロ・ユイの名を授けるのは、・・・・・・・・・この二年後のことである。















END










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こんな話でよかったでしょうか?(汗)

(2003.12.30)











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