「・・・で君はどうしてここにいるのかな?」
「言ったでしょう。ミネバの為ですよ。」
それは、ミネバ・ザビを探して木星を訪れたアムロ・レイとそのミネバに付き添って地球圏に戻ってきたジュドー・アーシタとの間で、時折思い出したように交わされる会話だった。
「そろそろはっきりさせた方がいいと思うけどね。」
「・・・・・・・・・・何をですか?」
そうして会話はいつもここで唐突に終わるのだった。
遅れてきた少年
ミネバ・ザビが生まれたのは0079年の9月2日である。奇しくもザビ家の人間が次々と命を落としていった年に、彼女はこの世に誕生したのだ。地球から遠く離れた木星圏に匿われていたにもかかわらず、こうしてまた表舞台に引き戻そうとする力が働く。そう彼女はただ一人きりの血の象徴。ザビ家の威光を借りようとする者も、純粋にザビ家への忠誠心をもつ者にも、ミネバという存在は宝物に等しかった。
ネオ・ジオンの総帥としてハマーン・カーンの手にあった時はわずか8歳。・・・今年やっと14歳になる。
「ジュドー!」
「・・・ほら、姫様がやってきた。」
「なんだかトゲを感じるなぁ。」
赤いネオ・ジオンの軍服を細い身体に纏い、柔らかく肩まで届く髪を無重力の空間に泳がせて、ミネバ・ザビがレウルーラの展望室に入ってくる。彼女は在りもしない国の公王。総帥や摂政に囲まれて自由のかけらもない国の若き女王。
「ここにいたのか。」
ばたりと当たる勢いで流れてくるミネバの身体をジュドーは左手一本で受けとめて、傍らに立たせた。ミネバの瞳が最初ジュドーを見、それから50cmばかり離れたアムロをちらりと上目使いに見る。
「・・・邪魔者は退散するよ。」
この展望室でアムロはよく宇宙(うみ)を眺めていた。時間が空くとここから宇宙の深淵を。・・・その意識の果てを。アムロが本当は何を見ていたのか、・・・それはアムロにしかわからない。総帥に許された膝裏まで届くマントを翻してアムロはドアに向かって歩き出す。床を蹴らずにカツカツと踵の音をさせながら数十歩進んでドアを出ていった。
「ジュドー、・・・頼みがある。」
「なんだい?」
「私も戦いたい。・・・ううん、戦う。アルパで。」
アムロの姿が消えた所で、ミネバは今日こそ口にしようと、ジュドーの優しい声に挫けてしまわないよう、朝から練習してきた言葉を告げる。初めて出会った日、30cmは上にあったジュドーの顔が今は近い。
「何を言ってるんだ。・・・絶対ダメだよ。君は戦いの怖さをわかっちゃいない。」
「そんなことない!私だって大勢人が死ぬのを見てきた。・・・もう飾り物でいるのはイヤだ。」
「・・・ミネバ。」
身体に添うように降ろされた両腕。その手はぎゅっと握られて、ミネバの決意のほどを表している。ずっとミネバを見てきたジュドーにはそれがわかる。だからどうやって説得しようかといい言葉を探すが、口より先に手が出るようなジュドーには容易ではない。
「ジュドーの・・・あなたの・・・役に立ってみせる。」
「そんな理由ならお断りだな。」
ミネバがそう言ってくれたおかげで、ジュドーは心からその言葉が出た。
「俺こそが君を守る為に、一緒にここへ来たんだ。この・・・この戦いは・・・、はっきり言っておくが、君やジオンの為にあるんじゃない。アムロさんの私怨だよ。こんな馬鹿げた戦いに君が巻き込まれることはないんだ。・・・だけど俺には君をいかせない力は無くて。せめて守りたいから、一緒にいるべきだと思ったからここへ帰ってきた。・・・そうさ馬鹿げた戦いだ。でも終わって無かったんだよ。一年戦争も、ハマーンが戦った意味も。だから俺は全力で戦って全力で君を守る。・・・・・・・・・すべてが消えたとしても、君だけは生き残ってなくちゃいけない。」
(年端もいかぬ頃から利用されるためだけに生きてきた君が、今度こそ君らしく生きるために)
「ジュドー・・・。」
こうまで言われてしまっては、ミネバも声が出ない。・・・だからその感情の全てをぶつけるようにして、
「私・・・私、いつまでも、あなたの妹でいたくない!!!」
潤みかけた瞳で叫ぶと、くるりと後ろを向いて、床を蹴って逃げた。華奢な手足と揺れる栗色の髪がジュドーの目に印象的だった。
「・・・・・・・・・いもうと。」
「そらみろ。早く言わないからだ。」
「・・・・・・・・・何のことです?」
ミネバの言ったことを義務と憂いからジュドーはアムロに告げた。自分の目の届かないうちに、アルパに乗って出撃されてはたまらない。あれでミネバはなかなか自説を曲げないところがあるのだ。アムロなら手際よく見張るなりなんなりしてくれるだろう。
過去、ジオンのトップたる者は、前線に立つことを厭わなかった。兵もそれなりの役割を期待している。ましてミネバはドズル・ザビの子である。ミネバ・ザビの専用機として、α・アジールという巨大モビルアーマーが製作された。初めて乗ったそのマシンを自分の手足のように扱う様は、どれほど兵たちに勇気を与えたことか。宇宙に生きる人間に、宇宙で生きるべきなのは我々であると示し導く。それこそがミネバに求められたジオンの血。平時ならばジュドーにもそれが許せた。だが、今は違う。戦場になど出させたくない。
「君が思ってる以上に、あの子の方が大人だってことさ。・・・もう誰かの代わりはしたくないんだろう。」
ジュドーが木星圏での仕事を選んだのも、ミネバが木星の作業用コロニー・オリュンポスにジオン残党の手によって匿われていたのも、宇宙に吹く風が運んだような偶然だったが、アムロがネオ・ジオンの総帥たるべき身の重要性と時間を割いてまで木星に来たのは必然であった。ハマーン戦争の混乱の中とはいえ、ミネバを遠く木星にまで連れ去ったモノの正体にシャア・アズナブルの匂いを感じ取ったからである。シャアが生きているのではないか?・・・だがはるばるやってきた木星でアムロは落胆するしかなかった。小さくなかった期待は、すがるように持っていた期待は、叶わなかったのだ。シャア・アズナブルの影はどこにも見つからなかった。
「代わり。・・・そんなこと思っちゃいませんよ。」
「そうかな?いい加減素直になったらどうだ。・・・時間は永遠にあるもんじゃない。」
「・・・アムロさん???」
偽装艦隊はまもなくルナツーに向かって出港する。アムロ・レイは総帥としての役割を果たすために、ジュドーを残して自室を出た。
(妹か)
コロニー・シャングリラで暮らしていた頃、ジュドーには守るべき人間がいた。リィナ・アーシタ。ただ一人の妹。モビルスーツを盗むためにアーガマに忍び込んだのをきっかけに、ジュドーの生活は180度変わってしまった。軍隊に馴染むことはなく、ブライト艦長には怒鳴られっぱなしだったが、それまでの日々に比べたらほんとに別世界だった。だがその為にリィナとは離れ離れになってしまった。
ジュドーにとって、ミネバ・ザビは妹の代わりに過ぎないのだろうか。
(・・・そうえいえば・・・・・・・・・プルにも昔そんなことを言われたな)
リィナの変わりがプルで、・・・プルの変わりがプルツーで、・・・プルツーの変わりがミネバだと?
「違う!・・・そんなはずはない!!!」
(人が誰かの代わりであっていいわけない!)
そんな風に思っていたつもりはない。だがミネバがそのことに傷ついていたとしたら?・・・ジュドーがオリュンポスでミネバに会った時、ミネバはハマーンがきっと迎えにきてくれると信じているような幼い子供だった。だからその死を見たと、それどころかその死を選ばせてしまった人間であると、ジュドーにはどうしても言えなかった。せめてハマーンの代わりに、ミネバの傍にいることが、当然の義務だと思った。
「あ・・・・・・・・・。」
そう、人が誰かの代わりであっていいわけがないんだ。自分はいったい何をやってるんだろうか。ハマーンの代わりにと。勝手に思って。勝手に守ってる気になって。
(ミネバに言おう。嫌われても憎まれても)
「俺は君に庇ってもらうような人間じゃないんだ。」
「ジュドー?」
思い立ったが吉日・・・ではないが、ジュドーは即、ミネバの元に足を運んだ。レウルーラの最深部に仕付けられたミネバの部屋は、豪奢な応接室と対照的に女の子らしいファブリックで囲まれた寝室から成っている。もちろん今ジュドーとミネバがいるのは応接室の方だ。
(どくん)
とミネバの心臓が高鳴る。空気が緊張する。ジュドーにはそれがわかる。・・・まさかミネバは、
「ハマーンを殺したのは俺だ。・・・今まで隠していてすまなかった。・・・・・・・・・うわっ?!」
(どすん)
ミネバがジュドーに飛びついてきた。両手でジュドーの胸を掴む。軍服のその部分に皺ができる。
「知ってた。・・・そんなことはとっくに知ってた。だからジュドーが時々辛そうな目で私を見るのが耐えられなかった。・・・・・・・・・同情でジュドーが私を大切にしてくれてると思うことが。・・・・・・・・・私、ジュドーが・・・あなたが好きです。」
「・・・ミネバ。」
鼻腔をくすぐるミネバの柔らかい髪。動く度に流れる甘い香り。胸に重なる感触は、間違いなく女の子のもの。昔、ルーを抱いたのは・・・いつだっけ?ミネバが現れて、結局ルーとは別れてしまった。その胸に顔を埋め、幸福だと思っていたのに。・・・いやルーにも言われた。ジュドー、いったい何を考えているの?・・・裸でベッドで抱き合ってて。・・・・・・・・・いったい何を。・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは・・・、
「ダメだ。」
「きゃっ!」
引き離すジュドーの腕の強さに痛みからミネバが小さく悲鳴をあげる。絶望を浮かべた瞳。涙も見える。その目を前にして、俺はいったい何を考えている?
「俺は、・・・俺だって君のことは好きだよ。・・・妹の代わりなんかじゃなくて。だけどその好きっていうのは・・・ただ好きってことで・・・こういう・・・その抱いたりとか・・・ああ、もうっ・・・。」
自分の身体とは違うふんわり優しい感触にどうして思い出してしまうのだろう。遠い昔、身のうちに総毛立つような震えを起こさせた人。ぞくりと背筋が感じてしまうような。
(・・・カミーユ)
「俺は・・・俺は・・・」
(何で考えてしまうんだよっ!)
「ジュドー・・・ジュドー・・・泣かないで。・・・ジュドー。」
「え?」
泣いていたのはミネバのはずだった。だが心が、ジュドーの心が叫んでいた。それはミネバにとって泣いているように感じられたのかもしれない。
「ジュドー。」
さっきのミネバの激情と打って変わって、慈母のごとくミネバがその胸にジュドーを抱いた。ジュドーはその背を屈めて、唇を噛んだ。人は誰も誰かの代わりにはなれない。でも優しさは罪じゃない。癒せることもある。きっとある。
「ありがとう・・・。」
それがジュドーの精一杯の言葉だった。
『みずからの道を開くため、難民のための政治を手に入れるために、あとひと息、諸君らの力を貸していただきたい!・・・そして私は殉教者となろう!ミネバ様が我々の光となってくれるのだ!!!』
『うわーーーーーーっ!!!!!!』
こだまする歓声。アムロの傍にはミネバが。そしてその後ろにはジュドーが。時は来たれり。宇宙は決着の瞬間を待っている。
演説を終えたアムロがジュドーに聞く。
「・・・で君はどうしてここにいるのかな?」
「・・・・・・・・・カミーユの為ですよ。ここに来ればきっと会えると思ったから。」
それは、ミネバ・ザビを探して木星を訪れたアムロ・レイとそのミネバに付き添って地球圏に戻ってきたジュドー・アーシタとの間で、時折思い出したように交わされる会話だったが、初めて『ミネバの為』以外の答えをジュドーが述べたのだった。
「いい子だ。」
「・・・アムロさん、俺今年でハタチですよ。・・・・・・・・・ちなみに童貞でもないっす。」
「誰もそんなこと聞いてないがね。・・・・・・・・・くくっ。」
アムロが心底面白がって笑う。
「ところで君はやっぱりヤクト・ドーガに乗る気がないのか?」
「ええ。俺の友は生涯コイツって決めてあるんですから。」
ジュドーが親指を立てて示した先には、ZZガンダムの無骨な顔があった。
・・・・・・・・・カミーユが見せてくれた宇宙をもう一度。
END
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うわー。カミーユの出ないジュドカミだよー(爆笑)。
ミネバネタがわからない方は、ぜひ『Vガンダム外伝』を読んでください(笑)。
(2003.3.3)
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