神さま。

僕もいつかアダム曹長のような男になりたいです。



(0080年1月1日のジャック・ベアード少尉の日記)

























 第一報が飛び込んできたのは、0093年3月11日午後6時13分のことだった。その時俺は、アナハイム・エレクトロニクス社リバモア工場内の管制室で、天井一面の強化ガラスの向こうにバーニアを吹かして星空をバックに動き回るテスト機のジェガンIIをボーっと眺めながら、右手に持ったスポーツドリンクのパックに差したストローを吸っていた。さっきまで俺もテスト機部隊を率いる隊長としてZゼロ(もちろんコードネームだ)に乗ってあそこにいたのだが、一足先に管制室に戻り予定が延びて7時間もコクピットに座っていたのでひどく疲労を覚えた手足を十分に伸ばしながら、喉を渇きをこうして解消していた。



 「なん・・・?!」

 モニター前の椅子に陣取った通信情報担当官のうちの一人があげた小さな叫び。それに釣られて俺は、ジェガンIIから背中側のモニターに視線を移す。Zゼロから降りた時に、さっさと鎖骨の辺りまでくつろげたノーマルスーツの首元から心地良い冷たさが肌に差して、平時といえどモビルスーツに乗った以上、必ず感じてしまう熱っぽさを徐々に和らげてくれる。



 「なに・・・?!」

 俺は通信情報担当官と同じに声をあげ途中で言葉を飲み込んだ。それぐらい信じられない映像が俺の目に入ってきたのだ。



 『モビルスーツの群れ・群れ・群れ。』



 それも連邦とジオンどっちもじゃねーか。それから背後に浮かぶ独特のシルエットは・・・、

 「アクシズ・・・か?」

 この映像は、どうやら月軌道を越えて遠くテストに出ていた部隊が、見逃せない事態に通信を送り、それをAE社の輸送船が拾い、次にこのリバモア工場を通って、最終的には本社の情報室へと届く途中のものらしい。レーザー通信回線の軸を同調するのに、たまたまこのリバモア工場がいい位置にあったのだ。・・・すごい偶然だった。後から考えると、その巡り合わせは、ほんとにすごい偶然だったと思う。だがこの時は、写りの悪い、しかし見間違いようのない映像に、俺は瞬時に心を奪われていた。18インチの小さなモニターだったが、こんなに宇宙を埋め尽くすモビルスーツを見たのは、あの一年戦争の終わりに、ア・バオア・クー宙域で、互いにぼろぼろになるまで戦いあったジムやザクIIの惨めな姿を見て以来だ。俺はこの光景を理解するために、記憶の中から相応しい事件を、戦いを探そうとしたが、一致するものがない。モニターの右上端っこに写る数字は、0093.3.11.18:13:33になっており、それが、・・・34・・・35・・・と進んでいくのが見えた。リアルタイムの映像。間違いない。これは今、現実に起こっていることなのだ。

 俺だってニュースぐらい見る。パイロットの端くれでもあるし、アクシズを見分けられないはずがない。・・・だからあのアクシズを連邦とジオンのモビルスーツが取り囲んで、時折バーニアの光がまぶしく、サーベルの滑らかな動きに添って黄色や緑の輝きが対戦相手の機体に刺さっているとしたら、その意味はひとつしかない。

 理由はわからないが、今、あの場所で、連邦とジオンが、戦っている!・・・アクシズは武装解除したネオ・ジオンに渡されるはずだった。・・・・・・・・・だが、現にこうして戦っている!!!



 「どういうことなんだ?」

 「わかりません。」

 俺がやっとそう問いかけた時には、この管制室にいた人間が全て小さなモニターの前に集ってきていた。なんだ?・・・戦争をやっているのか?そんな声がざわざわと池に落とされた石が作る波紋のように大きく広がっていく。



 「あっ?!」

 突然、映像が切れて、みんなが一斉に驚いた声を出す。通信情報担当官があれこれと操作盤を弄るが、映像は戻らない。どうやら完全にレーザー通信の範囲外に入ってしまったようだ。テスト機か輸送船かここリバモア工場のどれかが。



 「本社と連絡を取ってくれ!」

 「他に、軌道上に出てる機体はないのか?」

 「月の工場全てにシークレット扱いで情報を回すんだ。」

 ・・・見事なものだ。俺が何か手を打つ前に、それぞれが自分の席に戻り、通常の仕事のようにこの非常事態に対処している。・・・俺はといえば、なんだか役立たずな気がしてくる。もう10年以上ここにいるというのに、俺が一番の部外者なのだ。



 刻一刻と情報は集りつつあった。ルナツーがネオ・ジオンの艦隊に襲われたらしい。ギラ・ドーガやヤクト・ドーガがアクシズを囲っている。武装解除はウソだった。連邦はダマされた。ロンド・ベル隊が何とかジオンを止めようとしている・・・・・・・・・。



 「ベアード大尉。これでは今日のテストは打ち切りよ。もう休んでくれていいわ。」

 今更な風に、ポーラが言った。・・・ポーラは、俺が今メインで搭乗しているZゼロの設計者だ。



 「・・・俺だって、このままじゃ眠れませんよ。」

 「そう?」

 ポーラは少々気は強いが明るくてさっぱりしたいい女性である。・・・なので同い年なのに、俺はタメ口がきけない(とほほ)。



 「いったいジオンは・・・何を考えてるんだか。」

 「わからない?・・・アクシズを、地球に落とす気なのよ。」

 「・・・!」

 それはひどく確信に満ちたポーラの返答だった。ポーラは『地球に落とす』ことに少しだけ因縁があったらしく、彼女の中では、それはわかりきったことに感じられていたようだ。



 「アクシズが、地球に落ちたら・・・、」

 「もう地球には誰も住めなくなるわね。」

 「大変だ!・・・俺、行かなきゃ!」

 「何、言ってるの?!」

 ポーラの驚いた顔。俺にもう少し余裕があったら、あのポーラにそんな顔をさせたことに満足したかもしれない。



 「だって、止めないと!」

 「もう間に合わないわよ。ベース・ジャバーであそこまで飛ばしても、着いた頃にはアクシズは地球に落ちてるか、それとも連邦の手に無事戻っているか。どっちにしろ結果は出てるはずだわ。」

 ・・・・・・・・・参った。計算は苦手だ。片や相手は理数系がバリバリの美女。



 「・・・くそっ。」

 小さく悪態をついてあきらめる。こんな大変な時に、俺はここでただ待っているしかないのか。俺は・・・何もできない。



 『自信のない僕』が顔を出す。・・・だめだ。10年以上ここで頑張ってきたのに。・・・・・・・・・頑張って?・・・ほんとに頑張ってきたか?





 アダム曹長のような男になりたいと。





 アダム曹長に恥ずかしくないように。





 アダム曹長を越えたくて。





 一人前になるまではアダム曹長に会わないって、ここで頑張ってきたのに・・・・・・・・・。


























blossom

























 全身ズタボロのアダム・スティングレイ曹長をジムのコクピットから引っ張り出した時には、彼が助かったことに感激するばかりで、彼が身体に負った傷の痛みまでには目がいかなかったが、翌日運良く病院船に収容されて(早ければ早いほど適切な治療が受けられるのだ)、ベッドの上で四肢の全てに包帯を巻きつけられて、あげく右腕と胸部を固定されているその姿を見た時には、俺は不覚にも泣いてしまった。俺を・・・、俺と俺たちが守っていた民間人の乗った脱出用ランチを逃がす代わりに、彼が引き受けた痛み。本来、小隊長であるはずの俺が、当然受けるべき痛みだったのに。



 「アダム曹長〜っ・・・。」

 「・・・痛っ!」

 しかも俺は、うっかり胸の傷の上にとっ伏してしまった。・・・俺って!!!



 「ご、ごめん・・・。」

 「気にしなくていいんですよ。」

 低くて優しいアダム曹長の声。俺は泣き顔を彼の目から隠したくて、今度はゆっくりと傷に当たらないように顔をうつむけた。すると頭の後ろにふんわりと大きく包み込むような感触。アダム曹長の左手が俺の頭を撫でている。



 「・・・僕、全然、小隊長らしくなくて。今度はもっと頑張るから。・・・あっ!・・・そうだ。戦争は終わった・・・んだよな。・・・えっと、次があったら・・・えっと・・・その・・・。」

 「次は・・・ない方がいいでしょう?」

 「・・・ははっ。それもそうだね。」

 ああ、だめだめだ〜。アダム曹長の方がよっぽど小隊長に相応しい。士官学校を出たからって何にもならない。





 俺は、この時、決心したのだ。いつかアダム曹長のような男になると。アダム曹長のような強くて優しい男に。



 (一人前になるまではアダム曹長に会えない。これだけ迷惑をかけたんだし。頑張って男になって・・・そして再会するんだ!!!)





 ・・・・・・・・・俺も若かったよなー。・・・いや、本当に若かったんだが。新米の少尉で。宇宙(そら)に上がって四ヶ月ぽっちで。不測の事態に叫んでばっかりで。とにかくアダム曹長の立派な戦いぶりに、俺は参ってしまい、そんな決心をしてしまった。



 そして未だに再会は出来てない。・・・・・・・・・要は未だにアダム曹長を超えた・・・という実感も実績もない俺だった。










 俺に、アナハイム・エレクトロニクス社のテストパイロットとして出向しないかという話(半分は命令)が来たのは、一年戦争が終わって三ヶ月ほどたった頃だ。三ヶ月・・・そろそろアダム曹長が退院して原隊(つまりは俺の率いるジャック・ザ・ハロウィン隊)に復帰してくるはず。・・・ヤバイ。このままだと俺はアダム曹長と顔を合わせることになる。俺は、その提示に一も二もなく飛びついた。そうして回復したアダム曹長と顔を合わせることもなく、俺は月までやってきた。地球育ちの俺が初めて生活することになる宇宙(戦艦で過ごした時間はお世辞にも生活とはいえないからな)。それは1.6Gの小さな世界、だった。



 戦争が終われば、軍事費ほど無駄な金はない。それから軍人ほどの無駄な人員も。必要でない人間にタダ飯を食わせておくほど、軍は甘くない。戦時編成は解かれ、家族や恋人や故郷へ帰ることを勧められる。一方で一年戦争の前から軍にいたような人間や、士官学校を出た文官系の軍人を優先して軍に残れるよう配慮する。俺は中尉待遇(本来の階級は少尉)でアナハイム・エレクトロクス社のテスト・パイロットになった。・・・と言うと軍も太っ腹じゃないかと思うだろうが、俺の人件費はアナハイムが持つのだ。軍にとってはどうってことないわけ。俺の他にも何人か連邦からの出向組はいたし、そういう連邦とのコネやツテのために雇っているような人間と違って、一級品の腕前のジオン出身者もいた。正直、はじめは驚いた。この間まで、敵という名の元、倒すためだけにに、棺桶にも似たコクピットの中で俺は戦い続けてきたのに。・・・アダム曹長だって、あんなボロボロになるまで。



 家族の写真をそっと胸に忍ばす男。

 『妻と子はサイド3に居たんで、死なずに済んだんだ。』



 俺より年上で、俺よりモビルスーツの扱いが上手くて、俺より安い給料で働く。

 『・・・十分さ。家族を養っていければね。』



 俺が憎くないのか?

 『もう戦いは終ったのに?』



 ・・・・・・・・・ジオンの軍人もまた人間。・・・そんなあたり前のことに俺はこの場所でやっと気づいたのだった。










 忘れもしない0082年の12月4日。俺は、フォン・ブラウン市の郊外で、ガンダム試作0号機、コードネーム『ブロッサム』に乗っていた。・・・なんで忘れられないかというと、いやーな記憶だからだ。俺はその日、実験機をロールアウト後一時間と経たずにお釈迦にするという、リバモア工場始まって以来の珍記録を作ってしまった。・・・もちろん俺が悪い・・・だけじゃないと思うんだが。リバモア工場を狙ったジオン残党軍と哨戒中にばったり出会い・・・そして、ブロッサムはただの鉄屑と化してしまった。それまで、連邦の中尉さんにしては、なかなかのやり手、だった俺の評判は、すっかり地に落ちてしまった。別に俺は自分の評判なんかどうだっていいんだが、その評判のせいで(まぁ事実でもあるが)以降俺に与えられる機体は、ジム系ばっかりになってしまったのだ!!!これはイタイ。俺も男だ。ジムもいい機体だが、一度ガンダムクラスを任されたからには、ずっとガンダムに関わっていたいものなのだ。しかし現実は厳しく、ジムやネモやジェガンといった量産系がずっと俺の相棒だった。





 年月は意外に早く過ぎていく。ルーティンの任務は、時に退屈でも安全だ(大なり小なり事故はあったが)。戦場に身を晒し、いつ死ぬかわからない。それでもいかなきゃならない。そんなギリギリの日々とは違う。こんなところじゃ物足りない。早く戦いたい。ばーんと。・・・なんて言ってた同僚も、年を取り、結婚し、子供ができれば、もうこのまま一生アナハイム付きでもいいと思ったりする。宇宙で暮らすということは、ただ暮らすだけでも地球の何十倍もの危険に満ちている。空気は人工。水も人工。熱も人工。食べ物も人工。歯車がひとつ狂えば、コロニー一基分の人間、一千万単位の人間が瞬時に死んでいく。そんな中で安穏な生活を望んで何が悪いというのだろう。



 時々アダム曹長のことを耳にした。一年戦争最後の日、0079年12月31日の戦いぶりと負った傷に対して名誉戦傷勲章も授与されたらしい。復帰後は幹部候補生学校に推薦され、地球に降りたという。俺にこういった噂を運んでくれるのは、アダム曹長と同じくハロウィン隊の部下だったトダ軍曹かゴルルコビッチ軍曹だ。彼らは月に寄る機会があると、なんだかんだ理由を付けて俺の元を訪れてくれた。・・・なのにアダム曹長だけが来ない。俺のところに来ない。元気でやってるんだろうか。



 あれ・・・。俺は何を言ってるんだ?・・・・・・・・・一人前になるまで会わないって、そう決心したんだろう?!





 そんなアナハイムにも緊張が走った時代があった。87、88年の辺り(今ではネオ・ジオン抗争とかハマーン戦争とか呼ばれている)は、月やすぐそばの宙域で戦闘があったり、俺が開発に協力したネモがデータを取るためだけに、戦場からひどい姿で戻ってきたり。

 リバモア工場から目視できる距離でハイザックとネモが戦っていたこともあった。俺は、見てるだけじゃ我慢できなくて、出撃しようとしたんだ。ティターンズとエゥーゴ。どっちを守るとかどっちが悪いとかじゃなくて。倒れて砂にのめりこむネモが・・・。俺はただ、助けたくて。

 だが、

 「止めときな、中尉さんよ。」

 俺にそう言ったのは、少尉であるはずの俺の部下。



 「何を言ってるんだ!あれが見えないのか?!」

 「ハイザックの機影が消えてからでいいでしょう。・・・ここが攻撃されたら、どうするんです?」

 たしかにここには、モビルスーツはたくさんあるが、対空砲火などの防衛設備はない(アナハイムといえど民間の工場である)。ハイザックがその気になれば、一発で廃棄物の山と化すだろう。でも・・・だからといって・・・。



 「・・・ほっておけというのか!」

 「我が身が大切ならね。」

 ・・・・・・・・ああぁ。

 俺は・・・、俺じゃ説得できない。こんな時アダム曹長だったら、きっと黙って出撃するだけで部下がその背中に付いていくんだろうな。



 (俺はまだ・・・アダム曹長を超えられない)










 小さな喜びもあった。0093年になってやっと、俺はほぼ10年ぶりにガンダムタイプを操縦することになったのだ。時代に連れてモビルスーツは進化し、主力はZシリーズと呼ばれるマシンに変わっていた。一人の天才が設計の中心になったというそれを、・・・企業秘密だが、ニュータイプであるからこそ力を引き出せた初代ゼータを、まるで逆行するように、オールドタイプ・・・つまりごく普通の人々がその戦闘力を発揮できるレベルに仕上げるのが俺たちの任務だった。球形のコクピット。アームレイカー。Zプラスに代わる新しいゼータシリーズを生み出す。途中でZZというかなり重装タイプも編み出されたが、時代はマシンをふたつの流れに分けつつあった。小さなものは小さく。大きなものは大きく。モビルスーツはその機動性を最大限に活かせるサイズに。モビルアーマーはますます巨大化し重火砲の要塞としての存在意義を突き詰めて。

 Zゼロは、ブロッサムとはまったく設計概念が異なっている。俺はモノにしようと躍起になった。ガンダムに触れることを心底喜んでいた。今日もこんなに長い時間コクピットに押し込められて、口ではどんなに文句を言おうが、充実した時間を過ごしていたのに。



 ・・・・・・・・・この圧倒的な現実を前に俺は何ができるというのだ。





 「・・・で、あきらめるつもりなの?ベアード大尉。」

 「ポーラ?」

 「あなたが本気なら、Zプロンプトを貸すわよ。」

 「ポーラ!!!」

 俺は、嬉しさのあまりポーラを抱きしめて・・・それから慌てて身体を離した。ポーラはやるじゃない、とでもいう風に微笑んでいた。・・・マイッタ。一生ポーラには頭が上がらないかもしれない。










神さま。

僕もいつかアダム曹長のような男になりたいです。















 ブースター付きのベース・ジャバーにZプロンプトを載せるという、三段構えの違反ワザで俺は月を飛び出した。Zプロンプトは先週組みあがったばかりの次世代機だ。事が起こった時まっさきに戦場に駆けつけて一撃を加える、という運用思想の元、ウェーブライダーでの飛行可能時間を初代より遥かに伸ばしてある。その分、長時間の限界を超えるGにショックアブソーバーでは吸収しきれない痛みが身体をじわじわと襲う。だが、ここで止まるわけにはいかない。ずっとアナハイムでこんな仕事をしていた。そうだ、俺は逃げていた。アダム曹長から。現実から。たくさんの人が死んでしまうということから。戦場の怖さから。

 モビルスーツの操縦が上手くったって何になる?・・・そのモビルスーツで何ができるか。何をやれるか。そっちの方がよっぽど・・・。



 (間にあってくれーーーっ!!!)















 アクシズにたどり着いた俺が目にしたものは、モニターの中に群れるモビルスーツを見た時以上の衝撃だった。



 出力いっぱいにバーニアを吹かしてアクシズに向き合うモビルスーツたち。連邦もジオンも入り混じり、その数ときたら昨日の映像の比じゃない!まるで巣に転がり落ちそうな巨石を蟻の集団が押し返そうとしてるみたいだ。・・・どんなに蟻が集ろうと到底返せそうにないぐらいの迫力。

 いったいこれほどのモビルスーツが、どうして?!



 (わかりきってるじゃないかー!)



 ただひとつの青い星。そこに生きる人々。このまま壊れて死んでいいわけがない。だから13年前だって戦ったんだろう!守りたかったんだろう!!!



 俺は変形を解くと、その群れの中に突っ込んでいった。目の前では、摩擦熱に耐えきれず振り落とされ一瞬の輝きを残して消えていくモビルスーツもいたが、かまわずアクシズに取り付いた。筋肉疲労で腕が震える。だがスロットルは全開から戻さない。戻すわけにはいかない。

 ゴーっという音がコクピット中を反響する。冷却機構が追いつかなくて機体温度が急上昇する。生体維持装置を兼ねているノーマルスーツに身を包んでいても身体が熱くなる。・・・負けられない。



 「うわあああーーーっ!」

 叫びを残して、真隣のジェガンが吹っ飛んだ。俺も死ぬかもしれない。アダム曹長に会えないままに。・・・だけどやるしかないだろっ!!!















 時間の感覚がない。ずいぶんと経ったのか?・・・それとも一瞬。頭がぼーっとしてくる。不意にガツンッ!と機体に衝撃が走る。背後に何か大きなものがぶつかったような。・・・もう・・・ダメか・・・と思ったその時、



 『見つけた。』

 ・・・・・・・・・?・・・・・・・・・あれ?・・・なんだかアダム曹長の声が聞こえたみたいな。



 『13年ぶりに会うのがこんな所だなんて、神様も意地悪ですな。』

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・また聞こえた。・・・通信?・・・・・・・・・いやこのコクピットを満たす声は、



 (お肌の触れ合い回線ーーーっ?)



 最初にその呼び名を知った時は何かの冗談かと思ったが、音が伝わらない真空でモビルスーツ同士がどこか一部でも接触すると通信が可能になる。その通信のやり方を『お肌の触れ合い回線』というのだ。・・・・・・・・・ってことは、

 「アダム曹長っ!」

 「・・・お久しぶりです。」

 俺は、コクピットの中でつい後ろを振り返る。当然内壁が見えるだけで、アダム曹長はいない。それからモニター画面で俺のプロンプトの背中を取るように(抱きついてるといった方がわかりやすい・・・だろう)、だがバーニアの発射口に当たらないよう斜めに重なっている一機のジェガンを確認する。



 「いったいどうして?」

 「そんな話はあとあと。今はやるしかありませんや。」



 非常時のどこか気の抜けた会話。・・・懐かしいこの感覚。















神さま。

僕もいつかアダム曹長のような男になりたいです。















 やるしかない。・・・だが、さっきからアラート音が鳴りっぱなしだ。そして限界は最新型の俺よりジェガンに乗ってるアダム曹長の方に先にくる。



 『ビービービービービービ・・・・・・・・・ビービービービービービ・・・・・・・・・、』

 ジェガンのアラート音まで触れ合い回線から伝わってくる。・・・やばい、このままじゃ、



 「アダム曹長、そっちはもう限界だろう!離脱するんだ!!!」

 「まだやれますよ!」

 プロンプトには変形機構があるぶん鎧が一枚多いようなもの。しかしアダム曹長のジェガンはいく。・・・確実に俺より先にいってしまう。



 「やめろー!もうやめるんだ!!!アダム曹長!!!」

 (君が死ぬとこなんて、見たくない!)










 ああ、わかった。










 やっとわかった。










 アダム曹長もこんな気持ちだったんだ。



 アダム曹長が死ぬなんて耐えられない。










 0079年12月31日のア・バオア・クー。

 要塞内は誘爆が続き、ランチを守りながら、必死で逃げて、ギリギリで、本当にギリギリで、俺は未熟で、今にもやられそうで。



 『少尉殿!あとは頼みます!』

 『アダム曹長ーーーーーーっ!!!』



 俺を支えてくれた強い手。



 きっと同じ気持ちだったんだな。少尉とは名ばかりの、経験では遥かにアダム曹長に及ばないこの俺が、先にやられてしまうところを・・・



 (見たくなかっただけなんだ)



 そうだろう?










 アダム曹長もまた弱い人間で。なのに俺は何もわからなくて、一人でしゃっちょこばって。・・・くそっ。長い長い周り道だった。でも無駄な寄り道じゃない。そんなことにはしない。弱い人間だから、ただ一人のために、こんなにも強くなれる。



 「アダム・・・がんばってくれ。もう一踏ん張り!」

 「・・・はい、隊長!!!」

 俺は13年も経って初めて部下っぽくアダムと呼び、俺を少尉殿と呼んでいたアダムが初めて隊長と呼んでくれた。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんなことに、こんな非常事態に、幸せを感じる俺は、どこかヘンなんだろうか。















 神さま。

 アダム曹長のような男になれなくてもいいです。



 でもずっとアダムと一緒に戦わせてください。















 ・・・・・・・・・アクシズとモビルスーツの、巨大な力と人間たちの、感情と時代の対決は、まだ続いていた。

















END










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こーらぶさんに捧げます。

強引にリクエストさせてしまったかもしれませんけど(笑)。

(2003.3.9)











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