赤は血の色罪の色、・・・純潔の色、欲望の色、・・・燃える宇宙の色、・・・・・・・・・そしてあの人の色。

























 「・・・カミーユが帰ってくる?!」

 ブライト・ノアは通信兵がたった今伝えたばかりの言葉をラー・カイラムのブリッジの艦長席の上で思わず復唱した。



 「はい。ロンデニオンに向かってるとのことです。」



 (こりゃぁ、荒れるな)



 ぎゅっと胃の辺りが痛くなるのを意識しながら、ブライトは思った。帰ってくるというなら、あのカミーユなら立派な戦力になるだろう。だが、荒れる、というのが率直な、その時のブライトの思いだった。

 アムロ・レイが相手の戦い、というだけで十分にキリキリしてるのに、そこへカミーユまで。広いようで狭い宇宙。人間が住めるのは地球を中心にわずか半径40万キロ程度の空間だ。なのに因果は溢れ、アムロだのカミーユだのが集ってくる。・・・荒れるだろうさ。

 自分はただアムロを止める為に戦うだけだ。地球には大切な家族がいる。妻のミライに、息子のハサウェイ、かわいいチェーミン。・・・だが、アムロを敵に回して勝算があるのか?・・・いや考えまい。自分はいつも通り、戦うだけだ。ロンド・ベルを率いる艦長として・・・・・・・・・。



 「・・・ふー。」

 ため息のひとつやふたつは出る。自分は本来、もっと端っこにいるべき人間なんだが、・・・気づくと真ん中に放り出されているというか。一年戦争の青臭い新米士官だった頃から、ずっとそんな感じだ。

 『だまし舟』を思い出す。手先の器用なミライがよくハサウェイとしていた遊び。紙を帆掛け舟の形に折り、ちょうど帆の部分をハサウェイに握らせて『目をつむって』と言う。ハサウェイがその目を閉じると、ミライは端を左右に分けるように動かす。するとハサウェイの指が掴んでいるのは帆から舳先に変わる。えー?と小さなハサウェイが不思議がる。そばで見ていた自分も見事だなぁとハサウェイ以上に感心してしまう。

 ちょうどあれと反対に、舳先の部分を掴んでいたはずが帆を握らされていた、みたいな。・・・一人前風にアムロに修正という名の鉄拳制裁を行なったのはもう随分と昔のことなんだよなあ・・・と、事態の真ん中に立つ義務を誰にも譲れないブライトは、そのアムロと戦いたくないという気持ちを常に否定しながら戦わねばならない。結果、胃の部分だけが素直に悲鳴をあげ続けているのだ。



 そう、アムロ・レイと戦う。・・・これまでは何とか生き延びてきたが、大勢の人間を、自分に繋がる人々を失いながらも、生き残ってこれたが、今回はそうならないかもしれない。



 (・・・・・・・・・ミライなら、大丈夫さ)



 ここで死んだとしても、子供たちはミライに安心して任せられる。もともと、それほど一緒の時間を過ごせたわけじゃない。ハサウェイはまだしも、チェーミンが生まれた時なんかは、あれーやることはやってんだ、そんな時間があったんだ、とわけ知り顔の友人たちに散々からかわれたりもした。ミライなら、父親がいない寂しさを実のあるものとして育てていってくれるだろう。それだけが慰めだ。



 若い頃のブライト・ノアには、明確な理想の女性像があったわけではない。・・・なんとなく、ベッドで一緒に寝ていて安眠できない女性は妻にはできないだろう、と思っていたぐらいだ。

 たとえばあのセイラ・マスだったら、・・・隣に寝ていて少しでも寝返りを打とうものなら、なんでかと気になってしまうだろう。丁寧に愛撫して、感じたかどうか気遣って、何度でも抱きたくなって。・・・それでは困る。

 ・・・もっともブライトは、一度もセイラをそういう相手として想像したことはない。エリートでいらっしゃるのね、とあの時言ったセイラ。・・・ブライトはけして度胸のない人間ではないが、そういう女を自慰や妄想の相手に選ぶことには発揮されない。



 「艦長!」

 「・・・ごほん。・・・・・・・・・なんだ?」

 突然の呼びかけに回想を破られ、ブライトは顔がほんのり赤くなっているかもしれないような気分を、咳払いで変えようとする。



 「追伸、『でっかいミヤゲを持っていきます』と。・・・なんのことでしょうね?」

 「さあな。」



 (会えばわかるさ、・・・・・・・・・それにしても、・・・荒れる、だろうなぁ。・・・はぁ)



 ブライトは、ナポレオンみたくその手を胃の辺りに置いた。















 「・・・カミーユが帰ってくる?!」

 「って、艦長が言ってたけど、・・・やっぱ、アストナージも知ってる人なんだ?」

 「ああ。・・・まぁな。」

 アストナージ・メドッソはラー・カイラムの格納庫で、(一応)恋人のケーラ・スゥからその話を聞いた。



 (帰ってくるってことは、・・・直ったんだよな?)



 ひい、ふぅ、みぃ・・・、えーっと・・・5年、・・・・・・・・・ほぼ5年ぶりになるのか。最後にアストナージが見たのは、ストレッチャーに寝かされ宙を見つめたまま、死んだ人間のように動かない、でも生きているカミーユの姿。・・・・・・・・・怖かった。時に宇宙は、こんな残酷なことをするのかと。自分もまた、いつかこんな風になるんじゃないかと。あのカミーユが元気になって帰ってくるんなら、いい。・・・万歳だ。冗談のひとつふたつも言える。・・・いい。・・・ああ、いいよ。



 「その人、パイロットなの?」

 「そうだ。・・・強かったんだぜ。・・・ちょっと生意気だったけどな。あのゼータの基幹設計をしたのもカミーユなんだ。俺のコンピュータを貸したりしてな。パイロットなのに、そっちもいいセンスをしてた。一緒にモビルスーツの話をしてたら、ついつい夢中になって徹夜になったりな。」

 「・・・・・・・・・かわいい子?」

 「え?・・・・・・・・・ぷっ。・・・わはははは。」

 なによ、そんなに笑わなくてもいいでしょう!と唇を尖らせるケーラに、カミーユは男だ、とアストナージは説明する。・・・そうだ。そんな冗談もまた言えるようになる。



 男性パイロット達に揉まれてきたケーラは、女性らしく、とか、女だから、と言われるのが苦手だ。自分と付き合ってるということもあからさまに話題にされるとすぐ赤くなる。自分には似合ってないように感じるらしい。・・・こんなに、いい女なのにな。

 アストナージはきょろきょろと辺りを見回して、誰も居ないのを確認してから、ケーラの唇にキスをした。ケーラも目を閉じてそれを受けとめた。















 「じゃぁ、行くよ。・・・ファ。」

 「元気で、カミーユ。」



 (私は、待ってる。ここで待ってる。ずっと待ってる)



 待っている自分、に酔っている、とは考えたくなかった。時々考えそうになっては別のイメージで心の中を埋めてきた。カミーユはいき、私は残る。カミーユがいくのは、あの人のため。私はカミーユのために、彼を待つ。待っている人間がいると少しでもわからせられたら、危ないことをしないかもしれない。生きていてくれるかもしれない。すべてを失っても、ここに帰ってくることを忘れないでいてくれるかもしれない。



 (カミーユのことをこれだけ思ってるのは、あの人じゃない。私だけ。絶対、私だけ)



 ・・・・・・・・・フォン・ブラウン市にある看護学校の寮にファ・ユイリィはいた。昨日まではカミーユもこの街にいた。結局カミーユが地球から月まで一緒に来てくれたのは、少しでもあの人に近づくためだったのかしら?・・・・・・・・・考えたくなかった。・・・早く早く!埋めなきゃ!!気づいてしまう。気づきたくない。


























回復する傷

























 (こりゃぁ、絶対、荒れるな)



 「・・・はぁ。」



 赤いノーマルスーツを着て黒いサングラスをかけたカミーユが、新型モビルスーツのコクピットから流れるように降りてくるのを、わざわざ艦長である自分が迎えにいって見てしまった時、ブライトは深いため息をついた。・・・ついてから、カミーユには聞こえなかったか、と少し心配になった。それからようやく、・・・ほんとにカミーユなのか?と思った。なにせ目の前にいるのは、どう見ても某クワトロ・バジーナ大尉と同じ格好で、おまけにカミーユにしては背が高いし、だが髪の色は同じだし、でもサングラスのせいで目が、あの特徴的なきつい光を浮かべた目が見えないし・・・。などと考えている間に、お久しぶりです。艦長。・・・と、おまけに声まで低くなってるし。



 「カミーユ、・・・なのか。」

 「そうですよ、いやだなぁ。もう忘れちゃったんですか。」

 「いや。・・・よく来てくれた。・・・・・・・・・元気だったか?」

 「・・・くす。」

 ブライトは、訊いてからなにをマヌケなことを訊いてるんだ、と自嘲した。元気だったわけがない。・・・笑うカミーユは、だが元気を取り戻しているように見えた。ぷっくりとした唇はあの頃のままに、生意気そうに笑って。肩にかかる優しいウェーブの髪は、少し伸びて。そうだな。10代の少年だったカミーユじゃないんだ。大人になったんだな。・・・顔が見たい。長年離れて暮らしていた子供に会う父親のようにブライトは思う。



 「そのサングラス・・・外してくれないか。5年ぶりの再会がこれじゃ味気ない。」

 「・・・悪いけど、外せないんです。・・・・・・・・・俺、自分の顔が怖くて。」

 「は?」



 (マズイぞ、マズイぞ)



 「ある日、自分がいっぺんに五つも歳を取ってたら、どんな気分になると思います?・・・そういうことです。」

 「・・・ある日って。カミーユ?!・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・だから・・・・・・・・・、」

 ブライトは、言葉が継げなくなる。気にしないでください、とはカミーユの弁。だが、そんなカミーユに気遣われたことで、よけにブライトは滅入る。目が覚めたら、そこに違う自分がいた。少年から青年へ移り変わる時の5年は5年以上に感じられるものだ。女の名前といくらからかわれようと、カミーユの印象的な瞳はけして女の子の持ち物ではなかった。少し丸めの頬もやわらかそうな唇も。よく言って中性的、だろう。だが今のカミーユはどこをとっても男だ。身体から受ける印象も。声も。骨格がたくましくなり、その上に硬い肉が付き、しぐさも笑みも、立派に。そしてそんな自分が怖いのだと。



 「・・・パイロットはできるのか?」

 ようやくブライトはそう訊いた。間が持つ話題がまだあった。ホッとする。ブライトは視線を上げてカミーユが乗ってきた白いモビルスーツを見、この機体のパイロットのことを言ってるのだとわからせた。



 「俺が設計したから、俺が運んできただけです。・・・これは、コウ・ウラキって人用ですよ。」

 「そ、そうか。」

 意外だった。パイロットをしないカミーユ。・・・ウラキ大尉が乗る方が安心ではあるが。・・・・・・・・・戦力を計算する自分がいやになる。だがやらねばならない。カミーユの5年は自分にも5年だ。色々とあった。色々と見てきた。大人としてできるだけのことを、・・・自分は。



 「ま、懐かしい顔もいるだろう。・・・休んでくれ。」

 「ありがとう、艦長。」

 カミーユは、勝手知ったる艦のように、格納庫と通路を分ける隔壁に向かって床を蹴った。ブライトは、その背中を見送ってから、自分の手がいつの間にか胃を押さえているのに気づいた。なんでこんな役回りなんだ、・・・イテテ。
















 「・・・あなたが、コウ・ウラキ?」

 「そうだが。」

 「ふーん。」


 カミーユが一番に会いにいったのは、アストナージやアーガマ時代からの見知った人間ではなくて、コウ・ウラキ大尉、自分が設計した新型モビルスーツに乗るはずのロンド・ベル隊のエースパイロット、その人だった。食堂で真空パック入りのコーヒーをストローで啜っているコウ・ウラキをカミーユは誰にもウラキ大尉はどこにいますか?と訊くことなく見つけた。カミーユにとってはどうということはない行為だった。椅子に座ったコウの前に見下げるように立ち、呼びかけてみる。



 (聞こえる?聞こえる?)



 「あの・・・何?」

 自分の前にだまって立ったままでいる赤いノーマルスーツ姿の男。なんだか観察されているようなのはわかるが、理由がわからない。・・・いいかげん、お尻の辺りがむず痒くなってきたので、ウラキ大尉は自分の方から声をかけた。



 「・・・なーんだ。やっぱり聞こえない人なんだね。」

 「???」

 わけがわからない。だが、そんなコウを嬉しがらせるようなことを、カミーユが言う。



 「あなたの為に新型モビルスーツを運んできたんだけど。」

 「?・・・そうか、君がカミーユ・ビダンっていう人か。・・・新型?!・・・へーぇ。軍も少しは考えていてくれたってことかな。・・・あ、そうそうアストナージさんが喜んでたよ。・・・ヨロシク。俺、コウ・ウラキ。・・・って、知ってるみたいだね。」

 邪気のない笑顔を浮かべて、初対面の自分にぺらぺらと喋るコウ・ウラキという男を、なんか馬鹿みたい。エース・パイロットだなんて、ほんとかよ。と思ってしまう。



 「とにかく、あなたに引き渡したんだから、ちゃんと使ってくれよ。」

 「ありがとう。じゃぁ、見てくる。」

 そう言って席を立つ。クリスマスプレゼントを開けにいく子供のようにワクワクした表情で。走って。



 (・・・こんな人に)



 食堂のドアの向こうにコウが消えかけた所で、カミーユは思った。こんな人にあの新型をまかせられるのか、・・・だが、

 「・・・大丈夫、アムロは絶対、俺が止めてみせるから。」

 カミーユを振り返って、うなずいて、そしてコウは駆けていった。ドキリとした。



 (・・・・・・・・・聞こえない人なんだろうけど)



 だけど自分が作ったのは、ニュータイプ用のマシンじゃない。ニュータイプとかオールドタイプとかそんなことが重要なんじゃない。だって自分ではダメだった。止められなかった。壊れてしまった。



 今のアムロさんも同じだ。どうしてわからないんだろう。俺にははっきりとわかる。宇宙いっぱいに満ちたあの人の影。きっと考えすぎて聞こえないんだね。・・・遠いから、離れてるから、俺にはわかる。あの愚かな愛しい人の声。まだ愛を見つけられなくて叫んでる。















 「・・・・・・・・・なんかさ、宇宙をゼータでぐるぐると駆けて戦う度に身体が振り回されてさ。それでだんだんと汚いものが身体の真ん中にぎゅーっと集ってきて、それが固まって重苦しくて、身動きがとれなくなって、・・・なのにやっとのことで、ぺって吐き出してみたら、それがきらきらした透明な塊で。それがまたすごくショックで。」

 カミーユのする話は、アストナージには半分もわからなかったが、とにかく元気そうな姿を見れただけで、なんだか感極まってしまった。一緒に幾許かの時間を過ごすということは、つまりはそういうことなのだ。知らない人が知った人になり、まったく繋がっていなかったのに、見えない絆ができていく。単純に嬉しい。カミーユがこうして戻ってきてくれて嬉しい。・・・そのサングラスは受けつけたくないが。



 「それで、・・・ゼータは恋しくないか?」

 「ゼータはもう俺の手から離れちゃったから。・・・役割を終えたしね。あの時。」

 バイオセンサーの付いたゼータでなくば、あの時、あれだけの、たくさんの、ごちゃごちゃした思いに巻き込まれることもなかっただろう。だがそれはあの宇宙(そら)に、絶対絶対必要なものだったのだろう。宇宙に血を流させるのは、宇宙じゃない。・・・人だ。このちっぽけな、たかだが6フィート前後しかない人間。だからこの手でキレイにしてあげなきゃいけなかった。















・・・赤は血の色罪の色、・・・純潔の色、欲望の色、・・・燃える宇宙の色、・・・・・・・・・そしてあの人が消せなかった色。















 「わー。すげぇ。インコムだ。・・・俺に扱えるか。・・・扱うしかないもんな。それにしても凄いな・・・・・・・・・。」

 29歳になるコウ・ウラキだが、ことモビルスーツに関しては少年のような心を持ったままでいる。新型を目の前に、単純に心が震える。同時に大人として、それでやらねばならないこと、もわかっている。



 真っ白なモビルスーツ。ポイントに使われている赤と青と黄の色が、伝統的で。・・・・・・・・・そしてどこか懐かしい。



 (・・・υガンダム、・・・・・・インコム装備型か)



 きっと、あのカミーユの、彼だけの、思いが詰まっているのだろう。人知れず、何かを込めて。ガンダムはそういう機体だ。だから一発逆転みたいな奇跡だって起こせるさ。予想外のことでかまわない。・・・止めなきゃ、終わりだ。うまく言えないが、アムロは世界を違う方向にもっていける人間なんだ。・・・悔しいよ。・・・・・・・・・だが、止めるしかない。















 ・・・・・・・・・宇宙を荒らすのは、いつも、・・・人だから。















END










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倉沢ヒロさんに捧げます。

今年お初です。思いきり書かせていただきました。

(2003.2.2)











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