残 照

−アムロとシャア−




















 狂っているのは俺か。それともこの世界か。




















(誰か教えてくれ)






























 アムロ・レイがアウドムラから忽然と姿を消した日、・・・出港時間までに帰らず、それでも捜索の為にまる一日滞在を伸ばし、やはり帰ってはこなかった日、アムロ出奔の理由を勝手に推測する者、心配する者、憤慨する者、ただ訝しがる者、艦の仲間の態度はそれぞれだったが、コウ・ウラキだけが「納得」していた。納得した所以が当たっているかどうかは別として、アムロが消えてしまったことを、いつかそうなるだろうと、ただその時が来ただけだ、と思っていたのはコウ一人だった。

 コウは空いた時間に街をぶらついていて、たまたまアムロがサンドブラウンのロングヘアのきれいな女性と話しているのを見かけたことがあった。女の方はにっこり笑って、たしか・・・ナナイと名乗った。凛とした、でも艶のある声で。そのスマートな立ち振る舞いと対象的に、まるで不倫の現場でも目撃されたように、後ろでアムロはうつむいていた。コウと違ってアムロは独身なのだから、デートを、・・・それもちゃんとした自由時間に行なっている以上、そんな顔をする必要はないだろうに。コウも失礼がないように名乗ってから、早々にその場を離れた。

 その後のアムロはいつも沈んで見えた。・・・いや、沈むというか考え込むことが多くなった。あの時の居たたまれないようなアムロの表情と悠然としたナナイの笑みが、くり返し頭の中を流れ、コウは失踪事件にあの女が「絡んで」いるに違いないと思った。



 コウだけ納得できたのは、アムロに数年前の自分の姿を重ねていたからだ。デラーズ紛争の後、オークリー基地に転属となったものの、そこで日々を過ごすうち、仕事に身が入らなくなっていく自分。懲役刑まで受けながら軍を辞めるという選択肢を選ばず、もう一度軍人としての人生をやり直すことを決めたはずなのに、嫌気がさす毎日。心に抱えていたものを現すのに適当な言葉はないが、「飢え」に似た感情だったと思う。何かに飢え、飢えを満たす何かを求め、何かは見つからず荒れていた。ニナ・パープルトンとチャック・キースがそばに居なかったら、今でも自分はオークリーで腐ったままだったと思う。曲がりなりにもこうしてカラバの一員となり、Zプラスを駆り、エースパイロットと(・・・この俺が!)呼ばれるようになれたのは、彼らの支えのおかげだと。



 あの頃の自分と今のアムロはとてもよく似ているような気がしていた。そしてアムロには、ニナとキースのような人間はいない。一緒に仕事をして、・・・それは寝食を共にする長い時間、ずっと一緒に過ごすということだが、アムロが女の話をするのも友達の話をするのも聞いたことがなかった。カラバの構成員の一人、ベルトーチカ・イルマとは一時期付き合っていたらしいが、その頃のことをコウは知らない。ただ乗員が噂するのを聞いただけだ。ベルトーチカがかなり熱心だった。アムロもまんざらじゃなかった。でも長続きしなかった。アムロは誰とも続かないんだぜ。・・・最後の噂だけは、コウにも思い当たる節がある。名の知れたエースパイロットで独身。年の割に若く見え、どこかすねたようなで寂しげな。ハンサム、というよりキュートな男らしさがあって。・・・これでもてないはずが無い。アムロさんを紹介して、と何度コウが言われたことか。そういう女性たちをアムロは適当にいなしていたが、時には二人きりでいい雰囲気な所を見かけたことも。・・・だが「付き合ってる」状態まではいってない。決していっていない。



 (だからあの女と消えたのか。・・・それでやっと満たされるのか)



 「・・・なら、いいよ。・・・・・・・・・アムロ」



 コウはアウドムラ左舷の窓際に立ち、艦が遠ざかるにつれ小さくなっていくアムロの消えた地を、いつまでもいつまでも見つめていた。






























 狂っているのは俺か。それともこの世界か。




















(誰か教えてくれ)






























 アムロ・レイが正式にカラバの一員となる。・・・ハヤト・コバヤシもそれを聞いたブライト・ノアも、やっとアムロが立ち直ってくれたのだと思ったが、それはただの始まりに過ぎなかった。

 オレンジと白のカラーリングが鮮やかなZプラスA1。専用機まで与えられ活躍を望まれたアムロだが、戦績はごく普通のエースパイロットよりちょっと上といった程度だった。だからこそコウと並んで「ダブルエース」などどもて囃されたのだが、それはアムロが自分の力を出しきっていないということだ。

 もちろんシャイアンを出て初めて戦った時はもっと必死だった。むかし、一年戦争の頃はもっともっと必死だった。日々生き延びることに必死で、必死さ故にニュータイプと決めつけられるほどの戦技を自分のものとした。だが今の空に怖さはない。かつて知っていた戦いの場との違和感。この空はなんと平凡でおとなしいのだろう。敵はみな弱く、もろく感じた。一瞬で殺せそうだったし、実際そうだった。相手が弱過ぎるのか、自分が強過ぎるのか。こんな自分がここにいてもいいのか。いけないのではないだろうか。・・・人としてあるべき部分をとっくに飛び越しているのではないか。なぜ自分だけがこんな風にこんな力を持たねばならないのだろう。シャイアンで軟禁されている間、見えない敵を呪ってぶつぶつと文句を言ったりしていたが、・・・言うだけで殺すべき実体に会わずに済んだ。空に上がり敵と立ち向かい遠距離からビームライフル一発でコクピットを撃ち抜く自分の力を数年ぶりに実感した時、アムロは戦慄した。殺される相手にとって自分がどれほどの恐怖を抱かせる存在となったのか。アムロ・レイであるというだけで、ただのアムロではいられない。・・・この戦いが終わったら、また自分は不要なものとして軟禁されるのではないか。いや軟禁ならまだしも命を絶たれるか実験台にされて死んだも同然、だってありうる。オーガスタやムラサメといったニュータイプ研究所が実在し、そこで行なわれていた人間の尊厳を奪う数々の実験を知っている以上、アムロの妄想に過ぎないと笑うことはできないだろう。嫌だ。籠の鳥とはなりなくない。もう二度と。・・・アムロの恐れ。「普通の」エースパイロットを演じよう。ばかばかしいが、地上に押し込められ「この」感覚を忘れたくなかった。「この」力がすべての起こりなのだとしても、もう無くしたくはない。



 (だってララァに会えたよね。・・・また会えるよね)



 アウドムラでの再会の日にクワトロ・バジーナと名乗った、・・・アムロにとってはどこまでいってもシャア・アズナブルでしかない男の行方が知れない。アーガマ艦長ブライト・ノアの話では、0088年2月22日まで生きていたことは確かだ。今ならシャアとじっくり話せる。そういう風に年を取った。だがシャアはいない。ララァもいないのに、シャアがいない。・・・誰が俺をわかってくれるのか。・・・・・・・・・俺はひとりぼっちだ。

 任務の合間、シャアの思考をたどるように、たくさんの本を読んだ。宇宙移民の歴史。地球連邦制度。対話対立対抗対峙。ジオン・ダイクンが著したエレズムに関する本も。・・・なぜクワトロとして連邦内部に入りこまなければならなかったのか。いや、シャアはキャスバル・ダイクンで、セイラさんの兄で、仮面で顔を隠さなければならなくて、ララァが身を挺して守った。宇宙で自分が手にした「力」。それが故に追われた。なぜ?・・・・・・・・・回答がどこかにある。・・・シャアと話したい。今こそ話したいのに。










 ナナイ・ミゲルという女と会った夜、アムロは数年ぶりにララァ・スンの夢を見た。ベッドの上で半身を起こし、褐色の肌をさらして、両足の膝を立て、股の間を挑発的に見せるララァ。黒い茂みとのぞく赤い割れ目。私の女はここよ。ふふっ。いいのよ、アムロ。・・・来て。



 「はっ?!・・・・・・・・・・はぁ・・・はぁ・・・ぁ」



 汗ばんで目覚めて夢と知る。むかし16の頃、夢に見たララァはこんなではなく。黒髪を肩にほどき、身体のラインに合ったクリーム色のワンピースを風になびかせ、小さめの肉感的な唇を半開きにして、すっと伸びた足のエキゾチックな色。・・・素足。それだけで夢精した。



 だが今のはなんだ?・・・ララァのものなんて知らない。きっと今までに寝た女のか、寝た女と寝た女の混ざったものか、形がはっきり見えて。・・・・・・・・・これもまた年を取ったということか。



 「ちぃっ」



 シャワー室で冷水を浴びる。べたつく身体を洗う。ララァの夢も流す。・・・だが聞こえる、声が。・・・・・・・・・ララァの声が。










(意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ)





(私は永遠にあなたたちの間にいたいの)





(シャアは純粋よ)










「・・・ぅうわあああぁぁぁっ!!!」





なぜだ。なぜだ。なぜなんだ。

君はあの時、俺よりシャアを選んだくせに。

現れるなら、俺を抱け。

抱きしめて愛してると言え。

シャアなんかより俺が良かったと言え。

言えよ!










 なのにアムロはララァを探してるのだ。ララァか。ララァのような人か。神のように崇め、触れられもしないくせに、ララァを。










 (シャア。・・・ララァと会えて幸福だった?)






























 狂っているのは俺か。それともこの世界の方か。




















(誰も教えてくれないなら)






























 ジオンを率いて欲しいのです。・・・あまりにも意外な申し出に、アムロは女が本気で言っていると思えなかった。



 「シャアがいない今、ニュータイプが生きられる世界を築くのはあなたしかいません。ハマーン・カーンの暴走のせいで一年戦争を戦った兵も少なくなりました。あなたに恨みを持つ者も減り、むしろあなたを時代の英雄と思っている若者がどれほど多いことか。もちろんあなたでは求心力が足らない部分もあります。表向き、ミネバ・ザビを立てれば良いのです。あなたは総帥として三軍を率いてくだされば。思う存分あなたの力で。新しい世界を。未来を」










意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ。

私は永遠にあなたたちの間にいたいの。

シャアは純粋よ。





意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ。

私は永遠にあなたたちの間にいたいの。

シャアは純粋よ。





意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ。

私は永遠にあなたたちの間にいたいの。

シャアは純粋よ。





意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ。

私は永遠にあなたたちの間にいたいの。

シャアは純粋よ。





意識が永遠に生き続けたら拷問よ。私はあなたたちを見たいだけ。

私は永遠にあなたたちの間にいたいの。

シャアは純粋よ。










「・・・ぅぅうううわああああああぁぁぁーーーっ!!!」





シャアはいない、いないのに。

だが結局、シャアと戦うしかないのか。

俺とララァ。ララァとシャア。シャアと俺。

三人では駄目だ。

駄目。駄目。駄目だ。





 シャアの代わりにシャア以上のことを。・・・ついでに世界を壊してみれば、狂っているのは俺か。それとも世界の方か。わかるかな。






























 宇宙世紀0093年2月27日、ジオンの煌びやかな軍服を身にまとい、地球連邦に宣戦布告するアムロ・レイの姿を見た時、コウはもちろんのこと、ホワイトベースやアウドムラで共に戦った経験がある者は、それほど驚かなかった。地球圏、・・・ひとつの太陽と母なる地球と寄り添う月と数多のコロニーを抱えるこの宇宙は小さく狭く、誰かを憎んだり、誰かを嫌ったり、誰かを貶めたり、そうしないと安心して生きていけない。そんな世界は正しのか。もうずっと間違ったまま世界は動いてるんじゃないか。










 (答えはもうすぐアクシズが出してくれる)










 ・・・・・・・・・俺か。世界か。















END










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久しぶりにアムロのことを考えてみた気がします。
とうぶん、お腹いっぱいです(笑)。

(2002.12.17)











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