ガトーの最後の声
ガトーの最後の姿
ガトーの最後の望み
・・・・・・・・・消えない記憶が俺を苛む。
片恋心中、未遂
浄めの炎と対極にある、悪意に満ちたソーラ・レイIIの照射熱がガンダム試作3号機デンドロビウムを焼いた。通常の25%の力しか出なかったことを幸い・・・と言って良いのだろうか。とかく不足のエネルギーはオーキスと呼ばれる巨大な武器庫部分に遮られ、本来のガンダムである人型のステイメンを壊すことなく、また光度を薄めていった。コウ・ウラキ中尉の意識が朦朧としたのは、なにも強烈な光の為だけではない。機体を焼いた熱がカットし切れずコクピットに回りに届き、沸騰する血液が心臓から頭の天辺まで一気に駆け上がり、激しい頭痛と目眩に襲われたせいだ。徐々に消えてゆく光の速さに連れて、回復していく視界と意識の先に見えたものは、薄緑色の機体をオレンジに染めたノイエ・ジールの姿だった。数分前まで死闘を交わしていた敵とは思えないその惨めな姿に、コウは一瞬憐れみを覚えた。それから本能が闘志を甦らせる。心沸き立つあの感覚に身を委ね、スロットルを押し上げる。・・・反応がない。まだ生きている機能を確認しようと、モニターに目を走らせる。警告ランプ表示が1ヶ所や2ヶ所では済まない。・・・オーキスはもう駄目だ。コウはテールバインダーのアタッチメントを切り離した。オーキスを捨てステイメンだけになったガンダムが姿を現す。滞りのない流れるような作業だが、それでも30秒ほどは掛かっただろうか。しかしノイエ・ジールを意味するモニターの中の小さな光点も、全周囲モニターに写るノイエ・ジールそのものにも全く動きはない。戸惑っているコウの目の前で、ノイエ・ジールの熱が冷めて元の色を取り戻していったが、半分以上がきれいな薄緑ではなく焦げついた色に変わっていた。
突然、その脚部から白煙が広がる。廃熱機構をもつ部分なのだが、そこまではコウは知らない。ただ自分の3号機より内部のダメージが大きかったのか・・・と思う。表面上の落ち着きとは裏腹にノイエ・ジールはもう限界を越えていたのだ。
「・・・そうだ!ガトーは!?」
あの男はこれで終わりなのか。バニング大尉のように消えてしまうのか。・・・ノイエ・ジールの腹部から伸びたアームに背後から押さえ込まれ、負けてしまうかと思った矢先に、突き刺さった光。勝負は・・・・・・・・・たぶんガトーの勝ちだった。が、死ぬのは、ガトーだ。
「あぁっ?」
不意に、ノイエ・ジールの胸の辺りが動いた。集音マイクがコクピットの開閉音を拾う。転がり出てきた紫の物体。エアと一緒に吐き出されたせいで音が伝わったのだ。紫のジオン軍仕様のノーマルスーツ。転がった、と感じられたのは、何ら意志を持った動きが見られなかったからだ、と後になってコウは思った。機体の脱出用メカニズムに合わせて、シートの上の身体が放り出されただけで、ランドムーバーも装備していない。手足を振って進行方向を変える動作もない。元々向かい合っていたステイメンの方に自然と流れてくる。次の瞬間、コウは自分でも思ってもみない行動に出た。ステイメンのハッチを開けて宇宙空間に飛び出したのだ。バックパックのパワーを調整しガトーに近づく。胸の部分でガトーの身体を受け止め、それから両手で脇を抱え込み、ガトーごと半回転して、またステイメンに戻る。無事コクピットに着きシートに座ってハッチを閉めると、ふーと大きく息を吐いた。
(・・・狭い)
どうにか席に座ったものの、二人分の身体が収まるスペースはない。自分の膝の上に、自分と同じ格好で座らせるのが一番しっくりくるのだろうが、それではガトーの顔が見えない。結局コウはガトーを横抱きにして左腕をガトーの首の下に回した。ガトーの足はシート右側のアームの上で折れるように垂れ下がる。ヘルメットのバイザー越しに見たガトーの瞳は閉じている。コウはそのジオン製のヘルメットを調べるように触ってバイザーを上げた。顔がはっきりと見えた。緑色のバイザーのせいでわからなかった顔色も。・・・血の気が完全に引いている。左手はガトーの身体の下敷きになったままだ。コウは右の手袋の先を歯で噛んで脱いだ。指をガトーの鼻と口の前に近づけると、温かく湿っぽい息がかかる。・・・・・・安心する。
(安心?)
なにを、考えているんだ、俺は。・・・敵だぞ。・・・ガトーだぞ。
「・・・あつ・・・い・・・。」
不覚にも驚いてしまう。唐突なガトーの声だった。かすれたさな声だが、紛れもなくガトーの声だった。
「熱いのか?」
おうむ返しに聞いて、コウはヘルメットを脱がそうとした。適当にボタンを押してみる。パチンと弾けるような音を聞いてから、コウはそっとヘルメットを持ち上げた。・・・さらっと、銀の髪が流れ落ちる。ああ、そうだ、こんな髪の色をしていたっけ。・・・およそ一ヶ月ぶりに見たガトーの素顔。今にも力の抜けそうな頭を支え、目に付いた左脇腹の包帯の上に右手を置く。・・・たぷん、というイヤな感触がした。かなりの量の血液がパッチに吸い込まれている。・・・温かくて重苦しくて気持ちが悪い。・・・・・・・・・俺が撃った跡。激しい怒りにまかせて俺が蹂躙した跡。ガトーと戦っている間、都合よく忘れていたのに、くっきりと残る痕跡。・・・こんな身体で戦っていたのか。・・・・・・・・・戦わせていたのか。
「み・・・ず・・・。」
「み、水?・・・喉が乾くのか?・・・・・・・・・ちょっと待てよ。」
ガトーを抱いたまま、といっても、無重量なので圧迫感はあるが重さそのものはほとんど感じない。コウは上半身をひねって右腕をシートの下に伸ばし、救急用キットを取り出した。水はないがゼリー状の栄養飲料ならある。ストローの部分をすぐに吸えるようにして、ガトーの口元にもっていく。
「・・・・・・・・っ。」
だがガトーはストローを唇で咥えることができない。当然吸うことも。
「しっかしりろよ!」
コウは少しだけ考えてから、自分のメットを外し、そしてストローを吸った。ちゅるりと冷たいゼリーが口に入る。暖まらないうちにと、おもむろにガトーと唇を合わせる。舌でゼリーを押し出す。その舌の力でガトーの唇を半開きにさせ、ゼリーを押し込む。喉の上に落ちる。・・・飲んでくれ、と唇を離す。・・・・・・・・・震えるように、ガトーの舌と喉が動く。・・・よし。コウはもう一度ストローを吸い、また唇を重ねる。こぼれたゼリーのせいでさっきより冷たい唇。死人にように。・・・いやだ。コウは自分の唇で挟みこむようにして、胸いっぱいの息ごとゼリーを流し込む。ガトーの口中で僅かに・・・ほんの僅かに舌と舌がぶつかる。はっと、まるで正気に返るように、コウは顔を離してガトーを見る。
「大丈夫か・・・?」
なにやってんだ、俺は!・・・と思う心。だが、自分の腕の中で死んでいく人間をただ黙って死なせることが、こんなにも絶え難いことなのだと、・・・コウは初めて知った。
大きなガトーはどこへいったんだ?この弱々しい人間がガトーだと!?俺が必死に追いかけていた男だと!!!信じられるかっ!!!
「・・・・・・・・・さ・・・むい。」
「こんどは寒いのか?・・・おい、ガトー?」
絶対零度の宇宙空間で動けるようノーマルスーツには保温機能もある。だが、ガトーは寒がっている。・・・それはガトーの命が今まさに失われようとしているということ。
コウは、横抱きしたままガトーの上半身を引き寄せるようにして両腕で抱いた。これほど間近でガトーの顔を見たのは、この死にゆく時が初めてだった。閉じた目蓋の先の睫毛も銀色をしている。会う度、眉間に寄っていた皺がない。・・・安らかなのか・・・そんなガトーは知らない。・・・頼む。逝かないでくれ。
「まだ終わってないじゃないか。・・・決着が。・・・俺とあんたとで。・・・・・・・・・まだ。」
びびっとまるで電流を受けたように、ガトーの身体が震えた。コウにも伝わった。その時、ガトーのずっと閉じていた目蓋が開いた。薄い紫の瞳が、まずまっすぐ宙を、それからコウを見る。ああ・・・きれいな目だ。自分とまったく似ても似つかない色。比ぶべくもない、異端の瞳。
ぱくぱくと魚が息をするように何度か口が動き、・・・最後にやっと声が出た。
「・・・は・・・な・・・せ・・・。」
それからガトーの目が閉じた。それだけでなく、微かに力の張っていた手足がだらんと伸びた。
「おいっ!ガトー!・・・しっかりしろ!・・・ガトー!!!・・・目を開けろよ!!!!!!!!!」
その身体を揺すれども揺すれども、何の反応もない。
「死んだ・・・のか?」
(どくん)
ただの、物、のように、腕の中にあるガトー。ついさっきまで、温かい息を吐いていたのに。重ねた唇だって生きていたのに。震える睫毛はこの男の強さから信じられぬほどたおやかで、大きな身体は動かなくてもその存在感を示していたのに。
「死ぬんじゃない。死ぬんじゃない。こんなところで、俺なんかの腕の中で!あんたはそういう人間じゃないだろ!!!」
コウの思いとは裏腹に、ガトーはこれっぽちも生きた反応を示さない。紫の瞳は間違いなく俺を見た。・・・俺が誰だかわかったんだな。だから離せって言ったんだな。・・・俺だって、こんな風に敵の腕の中で死ぬぐらいなら、敵艦の一つにでも特攻した方がましだ。・・・・・・・・・だけど、
「離せ、ってなんだ。馬鹿野郎ーーーーッ!」
それがあんたの最後の言葉かよ。・・・心の底からコウは叫んだ。
ガトーの最後の声
ガトーの最後の姿
ガトーの最後の望み
・・・・・・・・・決して消えない記憶が俺を苛む。
母艦のアルビオンが回収に来るまで、コウはガトーを抱いていた。何時間と時が過ぎようとも、ガトーの身体が冷えることはなかった。ノーマルスーツに包まれた身体はいつまでも温かだった。・・・温かいのに死んでいる。残酷だ。残酷だ。残酷だ。こんな残酷なことがあるかよ。
「・・・コウ、・・・おいコウ、聞こえてるのか?」
(はっ?!)
声だ。ずっとコウの吐息の音だけがしていたコクピットにキースの声が。通信回線をオフにしていたコウのためにチャック・キース少尉の乗ったジムキャノンIIが接触通信を試みてきたのだった。まるで夢の中にいたみたいで。・・・だが、今も腕の中にガトーがいる。疑えない現実。ガトーは死んだ。俺はそのガトーを抱いている。・・・コウは一瞬で決断した。外したままだったヘルメットを再び被ると、コクピットハッチを開ける。広がる宇宙。無数の星とノイエ・ジールと地球。コウはそこにガトーの身体を押し出す。
(あんたは連邦の船に送られちゃならないよな。・・・これでいいだろ?)
コウの腕から離されたガトーが、遠く遠く小さくなっていく。・・・・・・・・・その姿が見えなくなってから、コウはステイメンをアルビオンに着艦させた。大丈夫だった?よかった無事で。こいつ、心配させやがって。がんばったな。仲間たちが次々と声をかける。・・・が、コウの耳に届いても頭には入ってこない。
・・・・・・・・・ガトーの最後の感触が俺の腕から消えない。
END
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樹さんに捧げます。
やっぱり短いって言われそう(笑)。
らぶらぶでもないしエッチもないですが、ものすごく女性向けだと思いました。<私的には。
(2002.12.08)
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